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14話 まばたきするな!


 消防署の敷地にて、不審に動く人影アリ。

 駐車場で視線を遮るように周囲を窺い……消失。

 次に姿が見えた屋上からも……消失。

 ウロウロと、あちこち歩き回るその少女は身体にピッタリと密着するライトグレーのコスチュームを身に纏い、ゴーグルを着けてブラウンの髪を揺らす。

 グルグル、ウロウロ、無駄に動きながら手には防火ジャケット。


「よし、よし……このジャケット返さなきゃ、でも良いのかなあ……!僕なんかがまるでヒーローみたいな格好して、消防士さんに会うなんて……」


 如何にヒーロースーツを着ようとも、結局は内気なレイモンドから遠く離れられはしない。

 背中は丸め、防火ジャケットを胸に抱いている。

 そうして悩んだ末に、ジャケットに紙を一枚貼り付け玄関前に置いておく。

 短く『ありがとう』とだけ書いて。


「うわー!緊張した!というかこのスーツ着てると何しても緊張する!」


 こうしてブリンクのヒーロースーツを着ての初仕事は完了した。

 大袈裟にひとり言を口にしながらテレポートするその様を、誰が見ている訳でもないのにブリンクは焦り、恥じらい、緊張するのだ。


「なんか落ち着かない……パーカーはまだ日常の延長だけど、これはもうヒーローじゃん!」


 ヒーロー、という言葉にひとりでに舞い上がり、ブリンクは瞬く間にテレポートを数度。

 いつも通りのパトロールも、スーツを着ていれば一段と特別なものだった。

 なにせそれはよく目立つ。

 地上から見上げれば、コマ送りのように移動する姿を見つけ、声を上げる者も。


「あれってブリンクじゃない?頑張ってー!」

「おお!応援してるよ!」


 声援に対して恥ずかしげに手を振って、ブリンクは跳んでゆく。


「何がブリンクだ……あんなのゴロツキと変わらないだろ」

「ヒーローみたいな格好と名前をしたって、何の許可も得ずに人を殴って周っているんでしょう?怖いわ……」


 非難の眼差しや言葉は慣れたもの。


「僕は正しい事をするんだ……そうすればみんな分かってくれる」


 ただ盲目的に信じる正しさへと突き進み、その過程は気にしない。

 テレポートとはそのような能力だ。

 辿り着く先に何があるのか、近付けば分かるディテールを見落として、気が付いたら深みに嵌る。

 今日のテレポートで辿り着いた先には、まさしく嵌まり込んだ者が居た。

 

「なんかクラクションうるさいな。この道ってそんなに渋滞してたっけ──ってうぉあ!?」


 交差点の上へ出現したブリンクを覆う影。

 飛来したトラックが落とすもの。

 何処からか、高速で迫る危険。

 とはいえ身を竦ませると同時にテレポートし、危険からは逃れたのだが。


「ほんと何があった──ってまた来た!?」


 道路の向こうから、次々と飛来するファミリーカー、バン、ピックアップ、トラック……果ては街灯に消火栓に看板まで。

 盗難アラームと共に、ごうごうと風を切って飛んできたそれらは、ブリンクを狙って、というよりも無差別に吹き飛んでいるだけだった。

 それでも面の制圧力で、着弾した街並みから色々な物を削り取っている。


「こ、怖……この街ってこんなに派手な事起きるんだ……」


 道路の向こうではやはり大きなクラッシュ音。

 何事かと恐る恐る、細かくテレポートして近付く度に、その異様なシルエットが鮮明になる。


「あれは、巨人的な……」


 下半身を地面に埋め込んだ巨人……その逞しい体躯はアスファルトやスクラップ状態の車両、街灯や地下から引き上げられた配管によって構成されている。

 歪に歪んだ両腕は、ひと振りでトラックを潰す破壊力を持ちつつも、何か目的があるにしろ掴む為の手を持たない為、ただ振り回す事でしか意思表示が出来ないのだろう。

 動く為の脚すら持たず、ただジワジワと周囲から身体の構成パーツを吸い上げる事で手の届く範囲を拡大し続けていた。

 

「いや、ナニアレ」


 時折身体を地面から引き抜こうとしているが、そもそも下半身とは地面の事。

 無駄な抵抗に終わった事に腹を立て、地面を叩いては割れたアスファルトで拳を固めている。

 スーパーヴィランと呼ぶにはお粗末で滑稽な、そんな姿であった。


「うーん……取り敢えず近付いてみるかな……」


 と、思った時には距離を詰め、複雑に絡み合った巨人の構成要素を観察する。

 巻き込まれた車の中に人は居ない。

 血のようなものも見当たらず、ただ声が裏返る程の必死の叫びはくぐもって聞こえてくる。


「誰かー!助けてぇ!」

「居るなぁ。居るけどこれたぶん……」


 動きが緩やかになった隙に、巨人の身体に取り付き探る。

 声は絶えず悲痛に叫ぶので、それの出処はすぐに分かった。

 巨人の胸に埋め込まれたトラックの、運転席から潜り込んだ体内深くに彼は居た。

 巨人と同じく下半身を金属塊に埋め込んだ上裸の男。

 服だったのであろう切れ端を肩に掛け、上半身は様々な配管や車のフレームと融合している。


「ひ、ヒーローか!?助けてくれぇ!能力が……全然コントロール出来ないんだよ!?」

「能力って……えっと確か落ち着くと良いんだけど、出来そう?」

「そんなの真っ先に試すだろ!?息を吸う度に辺りの物を吸い寄せて身体がデカくなっちまうんだよぉ!」


 男の訴えと時を同じくして巨人も激しく地面を叩く。

 脚元が揺れ、レイモンドは慌てて適当なところを掴み安定した場所に脚を運ぶが、男は堪らず声を上げた。


「うぇっ!?なに!?」

「そこはっ……うおぉ腹イテェ。期限切れの牛乳飲んだ時くらい痛い……」

「ご、ごめんって……」

「ハァ……ハァンッ!そこはちょっと敏感だから踏まないでくんないか……」

「難儀な身体だなあ」


 磔のように巨人と融合し、どう足掻いても離れられない男は苦境に喘ぐ。

 

「これ、止めたいんだよ。でも止まんねェ!このまま銃が効かないってんで軍に要請が行って、そっからミサイルを撃たれて殺されちまう!しかも分かるんだよ!ガソリンがあちこちから漏れてる!おしっこ漏らしてる時の感覚があるんだよぉ!?」

「ぅうん……なんか、ばっちく思えてきたかも」

「こんな事になるんだったらあんな薬使うんじゃなかった……」


 本気の後悔を滲ませて、項垂れども身体のあちこちが金属と繋がっているせいで大きく動けない男。

 その姿が哀れに見えて、ブリンクは視線に同情を滲ませる。

 そしてその同情に、共感が含まれていないと言えば嘘になる。


「薬……薬、ね」

「本ッッッ当に後悔してるんだ!助けてくれよォ!」

「分かった分かった。やってはみるよもう」


 とはいえ車や、街灯や標識や……様々な硬い物体と融合しているのだ。

 掴んで引き剥がせないかと試してみても、巨人を構成する要素全てと結び付いて到底動きそうもない。


「動きそうかい?サイレン聞こえてるし銃撃たれたらオダブツだから早めに助けてほしーなー!あっ!ひとりで逃げちゃ怖いよ!?ママー!ママー!」

「錯乱しないでよ!?僕だって頑張ってるんだから!?」


 手では引き剥がせず、ならばとテレポートで車のフレームに腕を差し込む。

 バン、と盛大な破断音が響き男は怯えるものの、絶たれた部分は生物じみた動きで捩れながら伸びて再接合。

 果たしてこれを繰り返して男を掘り出せるだろうかと、そう考える必要すら無くなった。


「あのぉ、ヒーローさん。ここ狭くなってなぃ?」

「君が狭くしてるんだろ!?」

「あわわわどうしたら……」

「僕以上にテンパりやすい人初めて見た……ああもうこうなったら──!」


 ブリンクは慌てる男の肩を押さえ込み、瞼を落として集中を始める。

 聴覚はジワジワと迫り来る壁の存在を、不快な金属音で捉えてしまうが必死に意識の外へと追いやる。

 

(テレポートする時、何でもかんでも巻き込む訳じゃないって事は分かってる……触れてるものを全部テレポートさせるなら、もっと色々巻き込むはずだから)


 ブリンクのテレポートは、接触しているものを連れて行く事が出来る。

 人、物、空気。

 だがそれで地面を連れて行く事も、今居る建物をズラすような事も起きない。

 ならばある程度は運べる大きさなり、範囲に限度が有ると予測が出来る。

 

(この人の、身体だけをここから引き抜く。テレポートする時に連れて行くのは、生身の部分だけ)


 ただ問題は、この能力を使う本人が自身の能力が実現可能な範囲を知らない事。

 

(最悪でもこの人とその周りを掘り出せれば(・・・・・・)それで良い。そうしたらこの人はスクラップに挟まった哀れな被害者って事で、消防隊にでも助けて貰えば良いんだから)


 集中を深め、自身の第6感とでも呼ぶべき空間認識能力を拡張させる。

 テレポートする際に揺れ動き、跳ぶ座標を定める触角の如き感覚を、ロープのように男へ伸ばして捉えて結ぶ。

 迫る壁が背中を押したその時に、ごうと音を立てて2人は跳んだ。


「わあぁ!自由だぁ!ありがとう貴方は命の恩人だヒーローさん……!」

「うん、ああそうだね。いやほんと成功して良かった……」


 上裸の男にはまだ金属片が融合しているものの、ボロボロのスウェットを履いた下半身は大地を踏み締めている。

 感謝と感激に打ち震え飛び跳ねる男を前に、ブリンクは緊張からの解放で少々ヘタっていた。


「止まれ!動くな!両手は上げたまま!」


 と、そんな2人を取り囲む警察官。

 拳銃を構えて警戒するのも当然の事。

 人を容易く捻り潰せる力をつい先程まで振るっていた男が、上裸で涙を流しながら何やら叫んでいるのだ。

 マトモな精神状態には見られない。


「わぁー!?待って待って待って!この人は投降の意思がある!そうだよね!?」

「そうだ!全力で投降する!ホント!でも手錠はまたくっ付きそうで怖いから結束バンドにして!あとシナモンアレルギーがあります!」

「そうそう!それすっごい大変そう!チャイティーとか飲めないね!」

「チャイだけでお茶って意味なんだぜ!」

「なんなんだ君達は……」

「捕まえるのはこの人だけ!この人だけね!」


 テンパる者同士、仲良く。

 それを眺める警察は困惑。

 ともあれ事件は解決と相成り、ブリンクはその場を後にする。

 その場に残るものは風の唸る音。

 

「はあ……変な事件だった」


 ブリンクは今日も事件を解決し、人を助けて己の理想に近付いた。

 その確かな満足感を、疲労を感じ始めた身体に染み渡らせて次の場所へと向かう。


「次はもう少し変じゃない事件を解決したいな……困ってる人を、さっきの人も困ってたけど……シンプルな人助けがしたい……」


 そうして困っている人が居ないか周囲を見回しパトロール。

 先程の男の影響で車の通行に多少の影響は見られるものの、概ね平和な日常がそこにある。


「うーん。平和なのは良い事だけど時間がもったいない感じはするなぁ……さっきので何日か分の事件が圧縮されちゃったのかな?あはは──」

「うおおおっ!誰か助けてくれェーッ!」


 気楽な笑いは緊迫した叫びと、恐ろしいものを目にした悲鳴にかき消される。

 ブリンクはこのような叫びは既に聞いたな、という怪訝な表情になりつつも、声の出処へと向かえば……そこはマンション。

 何の変哲もないマンション。

 人の形に捻じ曲げられても火の手が上がっている事もない。

 ただ……


「窓から人の首が垂れ下がってるマンションって、何……」

「ヒーローか!?助けてェ!」

「うーん、デジャヴ」


 マンションの一室から、長い長い人の首が這い出て来ている。

 大蛇めいて、あるいはパスタめいて人の首が垂れ下がり、その先端に着いた頭が必死に助けを求めていた。

 周囲には見物人が集まりスマホを向けて、悍ましさから小さな悲鳴も聞こえている。

 ブリンクは仕方なしに、その垂れ下がる首の近くの壁面へ取り付き逆さ吊りの首へと耳を傾けた。


「ヤバいッ……ヤバい!」

「確かにヤバい絵面だけどさ……」

「首が……伸び続けて締まってるんだよ……!」

「自分で結んじゃったの?」

「誰だってスーパーパワーが手に入ったら試すだろ……っ!ッッ!」

「あれ、ひょっとしてかなりヤバい、感じ?」


 どんどん青白くなってゆく首を前に、どうしたものかとブリンクは首の出処へと向かってみるが……それを辿った先はマンションの一室、毛糸玉のように絡まった肌色が全てを埋め尽くした窓だった。


「これ解くとかじゃないよね……またテレポートで解決してみるかなぁ……」


 渋々、ブリンクは長い首の先端へと戻り、頭を抱えてテレポートに集中する。

 やり方は先程と同じ。

 狙ったターゲットだけをテレポートで連れて行く。


「よっ──と」


 大きなターゲットを運んだ為に、テレポートの音もそれ相応。

 低く唸りを上げる風と共にブリンクと生首のボールは消失し、マンションの表の車道に姿を現す。

 少し高い位置から落ちた長い長い首とオマケの胴体が、ビタビタと音を立ててアスファルトへ叩き付けられる。


「ウググ……ッハァ!?」

「息出来る?」

「出来る……でも、苦しい……」

「それはもう救急隊の人に首を解いてもらうとか、病院でマスクを着けるとかしてね。それじゃ」

「ありがとう……君がいなかったら、オシャレな盛り付けのパスタみたいな死体になっていたよ……」

「ひょっとして結構余裕あった?」


 やって来た救急隊員に首を担がれ解かれ始めた男に見送られて、ブリンクは跳ぶ。

 妙な事件に2つも解決し、達成感と疲労感は共に高まっている。

 

「しばらくパスタ食べる時に、あの人の事思い出しそうかも……」


 ひとりごちるブリンクではあるが、2度ある事は3度ある。

 不思議な事に大きな事件は立て続けに、ドミノ倒しのように連続して起きていた。

 テレポートしたその先から、銃声が聞こえたので向かってみれば、そこには2丁拳銃の男が警察相手の大立ち回りを演じている。

 無防備にも身体を晒し大袈裟に銃を撃ち、しかし包囲する警察官らはなす術なく一方的にやられていた。


「危険度は上がったけど……これはまた変な……」


 遠巻きに、路上駐車の車の陰から様子を見れば、警察官のひとりが勇敢にも遮蔽物にしていたパトカーから身を乗り出して銃を構えたその瞬間、狙い澄ましたように2丁拳銃が火を噴いた。

 

「ぐあっ!?」

「クソ!何なんだあの早撃ちは!?」


 それが何度も、何度も起きる。

 異様な当て感を誇る犯人は、悠然と歩き犯行現場を後にしようとしていた。

 しかし止めようとすれば、また別の警官が撃たれ、奇妙なステップが銃弾を避けるのだ。

 異様な乱射犯の相手となれば、それこそヒーローの出番。

 ブリンクは気合をひとつ入れ、犯人の背を睨む。


「逃してたまるか!」

 

 このまま逃せばさらなる被害が出てしまうのは確実。

 ならばここで自らの手で止めてしまえば良い……というのは傲りだろう。

 ブリンクの頭の中は全能感でいっぱいで、最悪でも取り逃がすまでが想像の範疇。


「喰らえ──!?」


 故に、犯人の背後を取り、得意のハイキックを放ったその瞬間。

 銃口と眼が合う、更にそこから光が見える、などとは考えてもいない事だった。


「──ッ!はぁ、はぁ……」

「うん?避けられたかぁ?急に後ろに出てくるって見えた(・・・)時は、ちょっとビックリしたぜ」


 身を竦ませると同時に、とにかくテレポートで避難する癖が、既に出来上がっていた事は幸運と言える。

 とはいえこの1度の交錯で、命の奪い合いなど遠い世界の出来事な一般人の戦意を揺るがす程度には恐れが植え付けられた。

 耳には発砲音の残響が残り、銃口を覗いた刹那に流れた汗が背中を伝う。

 ブリンクは車の陰に隠れ、恐怖の余韻で早鐘を打つ心臓を抑えて息を整える。


「ひっ……ひっ、うぅぐ……」


 暴れる心臓を抑え込み、歯を食いしばって震えを止める。

 意識ひとつで出来れば苦労しない、そんな行為に時間を割くのはもう言う事を聞かない膝から意識を逸らす為だった。


「来ない、見えないってこたぁ来ないって話だ。チラーッとだけしか見えなかったが、かっこいいおべべ着てヒーローか?それにしちゃあビビりの意気地なしだこって」


 反論しようと口を開いてみても、ブリンクの口は細く歯が打ち鳴らされる音が出てくるのみ。

 それ以外は微風にすら掻き消されるような、小さな小さな喉から空気が漏れる音程度。

 あの当たらなかった1発は、ただそれだけで人を恐怖に陥れる。

 なんの変哲もない、ただの銃。

 それを向けられ、瞬き程度の僅かな時間でもずれていれば、当たっていたという実感。

 今までも銃と対峙した事はあったが、能力による優位性が心に慢心を生み出していた。

 しかし、銃口を覗き込むような経験をすれば慢心なんてものは吹き飛んだ。

 むしろ命まで吹き飛ばなかった事は、やはり幸運だろう。

 明確な死の気配はヒーローを自認するブリンクを、ただのレイモンドに戻してしまった。

 誰が見ても思うだろう、ここに居るのはただ怯えて動けない無力な少女だと。

 レイモンドが自分にかけた魔法は解けて、姿が変わって能力を手に入れれば変われるという幻想は捨て去られる。


「ち、違う。僕は……ヒーローで……」


 震えた声が絞り出されて、ゴーグルの中に溜まった涙が揺れる。

 誰に聞かれる事もなく、時折聞こえる銃声や悲鳴が上書きする程度の強がり。

 

「──音、止んだ。み、みんなやられちゃったの?」


 銃声が止む、という事は撃つ人間が居なくなった。


「僕が、なんとかしなくちゃ……僕が……っ」


 もしくは、撃つ理由が無くなったから。


「──あの人は」


 たとえ警察官がやられようとも、ブリンクが戦意を喪失しようとも。

 この街にはヒーローが居る。

 訓練と承認を経たプロフェッショナル。

 犯罪を相手に辣腕を振るう正義の体現者が。


「ケイナイン、犯人を制圧。作戦終了」


 防弾ベストに黒の制服と、警察官のような出で立ち。

 犬のマズルを模したマスクで顔を隠した女性が、完全に伸びた犯人の胸ぐらを片手で掴み上げている。

 

「早撃ちが得意だったそうだけれど、私の方が速かったわね」


 吐き捨てるようにそう言って、犯人を地面に放る彼女──ケイナインは悠然と歩き、そして車の陰から様子を窺ったブリンクと眼が合う。

 合った瞬間、姿が消えた。


「っえ!?」

「ヒーローごっこをするくらいなら、貴女くらいの年齢なら勉強をした方が良い」


 ブリンクは、背後から聞こえた声に驚き咄嗟にテレポートで距離を取る。

 転がるように地面を這って、声の方向を見ても誰も居ない。

 代わりに、背後から声がする。


「速い、とは聞いていた。でもこれは高速移動ではなく、無時間移動ね」

「っ!また……!」


 まるで弄ぶような動きにブリンクは少々の苛立ちを覚え、荒々しく振り返ればそこにケイナインは立っていた。


「でも追い付けない程じゃない……ああ、何?泣いているの?」

「な、泣いてなんか!」

「そんな様子でよく現場に脚を踏み入れたものね。その軽率な行動が、勤勉な警察官達を傷付けないか心配だわ」

「僕は!……ただ助けたくて」

「ならば、撃たれた警官を安全な場所に運ぶだけで良かった。それなら市民の親切に感謝ね。現実はそうではないけれど」


 ブリンクが辺りを見回せば、撃たれた仲間を手当てする警官姿が視界に入る。

 それも複数。

 当たり所次第では、危うい者も居るかもしれない。

 そんな人々は、安全が確保されたこれから病院へ運ばれる。

 治療を受けるのが少しでも早ければ、予後はもっと良くなったかもしれない。

 

「でも、僕は──」

「何も出来なかった。そうでしょう?」

「ヒーローに……」

「ヒーローの定義は分かる?認可制だから、貴女はヒーローではないの」

「っ!っ、うああ!」


 ケイナインの意地悪な、個人的な感情を過分に含んだ言葉に耐えかねたブリンクは、子供のように叫んで姿を消した。

 視界の外に飛んでしまえば、如何に超スピードを誇るケイナインといえども追うのは難しい。

 そもそも今は、追う気自体が無かったのだが。


「ああ、逃げた。逃げるのが速いって……本当に嫌い」


 ケイナインはやはり、吐き捨てるように……自己嫌悪を滲ませながらそう言った。


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