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13話 インタールード


 レイモンドにとって家族との明るい思い出といえば、それは姉との記憶だ。

 母との記憶はもう曖昧で、具体的なものは殆ど思い出せないが、姉との記憶は幾つか覚えていた。

 そのうちのひとつが、共に幼く禁じられていた事に興味を持ってしまった一幕だ。


「ほんとに大丈夫なの?」


 と、幼いレイモンドが不安げに尋ねれば、姉のエレインはその不安を吹き飛ばすように笑いかける。


「大丈夫だって、映画を観るくらいなんて事ないよ」

「でもお母さんが帰ってくるかも……」

「映画なんて2時間くらいでしょ?母さんは3時間は帰って来ないよ」


 母親の不在を突いて、テレビで映画を観る。

 たったその程度の大冒険にエレインは弟のレイモンドを連れ出した。

 お菓子を用意し、カーテンを閉めて部屋を暗く、そして音量は普段よりもずっと大きく。

 

「ほらレイ!始まるよ」

「う、うん」


 エレインはやはり不安げな様子のレイモンドの肩を抱き、ソファに並んで座ってテレビを観る。

 最初のうちはレイモンドもしきりに玄関の方向を見ていたが、次第に映画の世界に惹き込まれてゆく。


「これ面白いよ。レイもそう思うでしょ」

「うん。悪い人をやっつけるの、ヒーローみたい」


 それは古い、世界にヒーローが現れる前のアクション映画。

 卓越した推理能力と格闘技術で悪人を追い詰める、そんな内容。

 幼いレイモンドにそこで語られる犯罪の内容や、それを追う為の細かなレトリックは理解出来ないが、それでも姉と同じ物を楽しむ、という少し大人な時間に心を躍らせていた。


「この俳優は脚技が良いんだよ。ハイキックにキレがあってさ」

「これ痛くないの?」

「流石に当たってないでしょ?寸止めだよ」

「ならどうして悪い人は倒れてるの?」

「あ?あぁ〜まあ、大丈夫なんだよ。ヒーローだってそんなもんだし」

「ふーん」


 映画という虚構の世界に裏側があるとは知らないレイモンドを上手く丸め込み、エレインも段々と映画に夢中になってゆく。

 同じ物を共有し、姉弟はゆったりと時間を過ごす。

 時に激しい爆発が起きてレイモンドが驚き、それをエレインが笑う。

 濡場が来たらエレインはレイモンドの目を塞ぎ、何故そんな事をするのかと問われて答えに窮する時間も。


「もうすぐ2時間だね」

「何?時計ずっと見てたの?もう少し映画に集中しなさいよ」

「でもこんなに楽しいのに、終わっちゃうのもったいないなって」


 エレインの視界に、無邪気な笑顔で見上げるレイモンドの姿が映る。

 レイモンドが部屋着として着ているよれたTシャツは、エレインのお下がり。

 サイズが大きいそれは肩からずり落ちて、レイモンドの肩や胸を……青痣が残る肌を覗かせる。


「っ……また、隠れて見よう。それなら──」


 エレインの言葉は果たされる事は無かった。

 次の瞬間には、予想外が起きたから。


「ただいまー。なんでカーテン閉めてるの?せっかくエレインの大好きなクッキーを買ってきたんだから──なんの音?」


 予想外の母の帰宅は、ともすればテレビの音量を低くして帰宅を警戒していれば予期出来たかもしれない。

 ともあれ、すでに映画を前にする我が子を母は既に目撃してしまっているのだが。


「あ、あの母さんこれは──」

「我が家では、こんな暴力的なものは禁止って……」

「レイを誘ったのは私だから……」

「こんなモノを見たら犯罪者になっちゃうって言ってるよねぇ!?レイモンド!」

「違うの!母さん!私が!」

「離れてなさいエレイン!」


 レイモンドはすっかり怯え切って何も言葉を発せず、少しは自分の主張を行おうとしたエレインも雷鳴のように落ちてきた言葉に思わず身体を強張らせる。

 そうして並んだ彫像のようになった姉弟から、レイモンドだけが引っ張って連れて行かれた。

 

「これだから男って存在は暴力的で嫌いなのよ……ああ!お前はいつも悪影響ばかり……!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ただ泣きじゃくり、謝罪を口にする弟を前にエレインは動かない、動けない。

 蒼白の顔面からは恐怖と後悔以外が抜け落ちて、青白い唇は硬く結ばれる。

 膝の上で手を握り締め、ただ視界の外へと消える弟の声を聞く。

 

「ごめん、ごめんなさい……レイ」


 姉弟はそれ以来映画を観ていない。

 自分が話す事で弟が傷付く事を恐れて会話も減った。

 目線を合わせる事すら稀に。

 やがてエレインは速く、遠くへと、弟の声が聞こえない場所まで逃げ出した。


◆◆◆


 鼻歌混じりに、ルミナスが廊下を歩く。

 ここはH.E.R.O.の支部。

 所属するヒーロー達が待機をしたり、様々な手続きをしたり、トレーニングに励んだり、そのような場所。

 では今日のルミナスがここに居る理由はといえば……丁度その事を尋ねる人がルミナスの前に現れた。

 これから出動というタイミングのスカイセイルだ。


「キミは……ルミナス、そうだろう?」

「おお〜てっきり忘れてるのかと思ってましたよぉ〜」

「自分の事と考えれば、先輩に覚えられていたら嬉しいものだからな。ところでキミは何を?」

「ウチは面談ですねぇ、ヒーロー活動をヒーロースクールの単位に変えてくれるらしくて〜」

「ああ、なるほど。僕も学生の頃から現場に出ていたよ……とはいえ無理はしない事だ。勉強に集中出来る環境なんて大人になるとそう無いからな」

「へっへっへ……ウチはミランダ警告を中々覚えられない問題児なので〜」

「それは本当になんとかした方が良い……」


 スカイセイルは呆れて頭を抱え、ルミナスは「たはーっ!」とおちゃらけてみたり。

 ただ、そんなやり取りをスカイセイルの背後から無言で覗き見る人影が、ひとつ。


「──っうぇぉう!?」

「なんだ!?うおっ!?」


 共に驚き後ずさるルミナスとスカイセイルはその人を見る。

 ウルフカットの黒髪に、犬のマズルを模したマスクを装備した女性。

 そこまで見ればヒーローだが、その下は防弾ベストに黒いシャツ。

 警察官のような出立ちの彼女のベストには『K-9』と記されたバッチが付いていた。


「……私はただ、スカイセイルに案内してもらえと言われただけ」

「け、ケイナイン……!」

「うわぁ!凄い!最も注目されているヒーローランキング1位のケイナインだぁ!」

「ぐはっ!?」

「あっ、先輩2位でしたねぇ」

「ぐぎぎ!いつもそうだ……!彼女が1位を奪い去ってしまう!」


 スカイセイルは地団駄でも踏み出すのではないかと思うような悔しがりようで、少々焚き付けるような事を言ったルミナスは僅かに引く。

 しかしその嫉妬の対象であるケイナインは、ただ無言かつマスクの上の目元も眉も動かさずにスカイセイルを見ていた。


「あの、案内を……」

「──フハハハ!そうだルミナス君!このスカイセイルはケイナインと同期!偉大な先輩を敬いたまえよ後輩!」

「わーすごーい」

「そう!凄いんだよこのスカイセイルはな!故に、ただ目先の数字に踊らされるべきではないと言っておこう!」

「そもそも活動範囲違いますしねぇ。先輩に投票しなかった人も、実際に人が飛んでるの見たら、きっとびっくりしますよぉ」

「そうだろう、そうだろう!」


 先輩風を吹かせて得意げなスカイセイルだが、対照的にケイナインは気怠げにしているだけ。

 ただ、ポツリと言葉を溢す。

 

「その活動範囲が被るから、よろしくお願いするわ」

「へ〜すご〜い!あの超スピードを生で見れるんだぁ!」

「犯罪の発生件数の増加が理由で、隣町から応援をよこしたらしい……まったく、我々だけで十分対処出来るというのに……」


 移ろう天気のように、スカイセイルは不満げに呟く。

 だが実際のところは、そう思われていないのだ。

 

「民間人──登録されていない能力者の助けを借りたと聞いたわ。それは客観的に見て不足がある、という事よ」

「それは……!緊急事態につき人命救助を優先したブライトハートさんの選択で、我々はその不足を補う能力が有ると示す為にも、キミの助けなどは要らんのだ!」

「別に私が決めた事ではないし……」

「でもブリンクのお陰で助かってますし〜誰よりも速く(・・)現場に到着しちゃいますもんねぇ〜」


 速い、というワードを聞いて、ケイナインはこの日初めて眉を動かした。

 とはいえ無言のまま。

 その変化は誰に気付かれる事もなく、会話は続く。


「あんなのは逃げ足の速さだろう!……まあ、誰も捕まえられていないんだが……」

「めずらし〜先輩ってメチャ自信家だと思ってましたよぉ」

「負け続けだったからな……流石に自分を省みて、己に出来る事と出来ない事について考えただけだ」

「──そんなの」

 

 ケイナインは強く、怒気が籠ったひと言を溢す。

 眉間に皺を寄せ、両手を強く握り込む。


「そんなの、弱者の考え方よ。私達には不要な考え方……そう思わないなら、貴方達にヒーローとしての価値は無い」

「待て。キミの向上心には敬意を払うが、その発言はあまりにも傲慢だ。全ての努力するヒーローとヒーロー志望を軽んじている!」

「……ずっと突っかかってくる割に、貴方がずっと2番に甘んじているのが不思議だった。でも理由が分かったわ、貴方は1番になる理由が無い」

「ちょ、ちょっとぉ!仲間同士でギスギスしてちゃダメですよぉ!」

「仲間?それならば余計に気にするべきね。仲間の脚を引っ張るなんて、私は絶対にしたくない」


 堪らずルミナスが間に入るも、ケイナインは歯牙にも掛けずに挑発的な言動を止めない。

 同期のスカイセイルも、知っている彼女の姿というのはダウナーな面であったので、その激情に圧されて上手く喋れずにいた。

 

「ただ突っ走るだけでは歩調を乱す。規律と統制こそが、人を導く力だ」

「そう……でも、1番速いのは私──ケイナインよ。誰より先に、私が人を救う」


 スーパースピードを誇る者として、速いという言葉は自身に向けられるものでなくては我慢がならない。

 全てを救うという傲慢さこそが、その速さを生み出すエンジン。

 燃料には、尽きない怒りを燃やして。


「えぇ〜とぉ……ケイナインさんは熱いヒーローなんですねぇ……」

「熱く強烈な意志こそが私をより速くする。それが無いのなら、貴女にそれ以上は望めないわね」

「待て!案内を任されたというのなら、キミをひとりで行かせてはこのスカイセイルの恥だ!」


 ケイナインは去って、スカイセイルはそれを追う。

 残されたルミナスは?


「ほぉ〜……トップヒーローって、凄い」


 感心して、ため息を漏らしていた。


◆◆◆


 レイモンドの自室で、下着姿の少女がしきりに独り言を呟く。

 少女と言っても、それはまさしくレイモンド本人なのだが。


「ほお……これは……なるほど」


 自分の身体を見て、触り、歩いて、跳ねる。

 脚を上げて歩いたり、逆立ちしてみたり。

 嘆息を漏らしながら動き回って、納得した様子で立ち止まる。

 

「擦れない、揺れない。確かに楽……」


 ルミナスから貰った紙袋を開けて、中身を広げてレビュー中。

 服を身体の前に当てて、人生初の拙い自撮りをして確認してみたり……見せかけにおいては年頃の少女のような、ひとりで行うファッションショーがそこにあった。


「でも下はなあ……いちいち履き替えるの面倒かな」


 とはいえまったく使わないのも申し訳なく、今履いているものは別にして他は全て見つからないように仕舞い込む。

 恐らく着ないであろう服達と共に。

 そうして残ったものは異色の一着。

 ライトグレーの上下、手袋、ゴーグルのセット。

 

「ヒーロースーツ……僕だけのスーツ!」

 

 意識的に口に出して、ひとりでに盛り上がる。

 独り言の多さもそうだが、レイモンドとは孤独な子供。

 会話を楽しむ相手がおらず、話し相手はいつも自分。

 話したい事はひとりで呟き、答える誰かはやってこない。

 自分が欲しい言葉は、自分自身で発して受け取る。


「良いよなー、かっこいいなー。はあ……ブリンクか、ブリンク……うんうん。良い感じじゃない?良い感じだよね!」


 今日もひとりで盛り上がる。

 ブリンクの、スーツアップシーンであった。


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