氷道と祖父母
主人公:春雪。中央部出身。
白山村:中央部より北にある雪が降る大きな村。冬の社がある。
中央部:春夏秋冬の社を統括する役所が置かれている。
これは春雪が白山村に行くまでのちょっとしたお話。
「春雪君、白山に遊びに来ないか?」
そう言われ顔を向けた先にいたのは小さい頃からの知り合いである氷道さんだった。
僕が17歳というまだ親が必要な年齢で両親を亡くし、葬儀等で忙しくしていたところを気にかけて声をかけてくれたのだろう。
風呂に入るたび酷い顔の自分が嫌でも目に入った。
「お久しぶりです、氷道さん。白山ですか・・・?」
「そうそう。両親が亡くなったっていうのに忙しくてずっと動き回ってるでしょう。どんどんやつれていく君の顔を見ていられなくてね。ずっといるってわけにはいかないけど、冬休みの間だったらどうかな?」
小さい頃、白山村へは毎年旅行に行っていた。
そこで氷道さんが僕の母へ声をかけたことで僕と氷道さんの交流が始まったと聞いている。
その時はまだ物心がつく前で記憶に無いが、普段人見知りをしない僕が大泣きしたので両親は驚きと焦りで困り果ててしまったところ、氷道さんは懸命にあやしてくれていたらしい。
中学校で周りに馴染めず学校に行けなかったとき相談に乗ってくれたり、塾に通っていない僕に高校受験の際に勉強を教えてくれたりなど何かとお世話になっている。
「それに冬ならいつも話していた祭りも開催される。今年は特別な年だからね、盛大にやるよ!」
祭りの話は何回か聞いていたが冬に行われる白山村の祭りに実際に行くことは今までなかった。
何かと予定が重なる上に、親が一緒でないと中央部から出てはいけないと厳しく制限されていたからである。
「えっ僕が行ってもいいんですか?...行きま」
「それは許可できません。」
祭りに行こうと氷道さんへ返事をしようとしたがその言葉は冷たい声によって遮られた。
小春。鈴桜町に住む僕の祖母である。
「春雪、私も今回ばかりは許可できない。」
隣には突き刺すような、どこか軽蔑するような眼をしたいつもの優しい雰囲気が一切感じられない祖父梅介も立っていた。
僕には母方の祖父母がいないため大学卒業までの間、父方の祖父母の家に引き取られることが決まっている。
祖父は優しく怒ったところを見たことがないが、祖母はいつも僕に厳しかった。
白山村関係の話になると特に機嫌が悪くなるので氷道さんの話をしたことはほとんど無い。
正直祖父母の家に行くより氷道さんと白山村へ行きたかったが、血縁関係でないことを理由に許可されなかったという。
「小春さん、梅介さん。いやー相変わらず厳しいな。でも冬休みの期間だけですからずっといるわけじゃないですよ!安心してください。俺が責任を持ってお預かりいたしますので!」
「氷道さん・・・」
氷道さんは苦笑いで頭をかいていたが胸を張ってそう宣言した。
しかし、祖母がそんなことで許すわけもなかった。
「白山村には行かせないと言っているのです。期間は関係ありません。それに春雪はまだ子ども、親の同行無しには中央部を出られないはずです。親権は私たちにあります、諦めてください。」
なぜ祖母がここまで厳しいのか僕には分からない。
大学卒業まで自由など無いと思った方が良いだろう。
「春雪君はもう17歳ですよ?立派な大人じゃないですか!確かに親の同行無しには中央部を出られませんが、本人の意思と関係なく頭ごなしに抑え込むのは良くないんじゃないですか?春雪君、君はどう思っているんだい?白山に来たいかい?」
諦めモードで若干うつむいていた僕に氷道さんはそう問いかけた。
勢いよく顔を上げた先には冷ややかな祖父母の眼。
「ぼ、僕は・・・」
行きたいと答えても無理なことは分かり切っていた。
それでもずっと行きたかった白山村の祭り、ましてや今年は盛大に行われるという好奇心をくすぐられる誘い。
「行く・・・行きたいです!じいちゃん、ばあちゃん、僕これ以上のわがまま絶対言わない。2人の家に行ったら家事だってなんでもするし、働けと言われたら金だって稼いでくる。だからお願い、冬休みの間だけでも白山村に行かせてください。」
僕はそう言って祖父母に頭を下げた。
沈黙の末、祖母が口を開いた。
「はあ・・・。ここでダメと言っても誰かさんに似て貴方は意地を張りそうね。分かりました、許可しましょう。」
「や、やった!」
「ただし、いくつか条件を付けさせてもらいます。それは後々3人で話し合いましょう。それと、これは先に言っておきますが冬休みの期間は長すぎます。祭りの前日から最終日までの間で行ってきなさい。」
祖母の出した答えは意外なものだった。
日数は短くなり条件も出されるみたいだが、祭りに行けるのであればそんなことどうでもよかった。
「分かった。ばあちゃん、ありがとう!」
「よかったな春雪君!少し期間は短くなっちまったが・・・でも、これで祭りに行けるぞ!」
「はい!氷道さん、ありがとうございます。お祭りではよろしくお願いします!」
祭りに行ける嬉しさで昂っている僕とは正反対に、祖父母の表情は曇ったままだった。
もうじき北の村では本格的な降雪が始まるらしい。