コーンフィールド侯爵家の子供たちの選んだ道
「僕が婚約を解消されそうになったのは王太子が婚約破棄したことのとばっちりだった」の後日談になります。マティアスとシェリア、二人の子供たちの話になります。
ある春の日の昼下がり、久しぶりに急ぎの案件もなくシェリアとゆっくり過ごせると喜んでいたところに、子供たちから話があると言われた。
丁度いいからとお茶の時間を一緒に過ごすことにした。
コーンフィールド侯爵邸のサンルームが併設された談話室に家族が集まった。
紅茶の香りを楽しむようにカップを口元に運んだのは、長女のシスティア。
その横で紅茶をスプーンでかきまぜて冷ますようにしているのは、システィアと双子の長男のカルロス。
二人はこの休みが終わり学園が始まると、最終学年となりすぐに誕生日が来て十八歳になる。
システィアと向かい合うように座るのは次男のサンドロス、十五歳。
その横に次女のイルメリア、十四歳。
三女のサキニアは十二歳。この子もすぐに誕生日が来て、十三歳になる。
三男のアレキスと四女のリリーシアも双子で三日前に十二歳になったばかり。
サキニア、アレキス、リリーシアは同じ学年になり、今年から学園に通うことになる。アレキスとリリーシアの出産の時はとても大変だった。予定よりかなり早く生まれることになったのだから。
大きくなったなーと、感慨深く思っているとカップを置いたシスティアが口を開いた。
「私達からの話の前にお聞きしたいことがあるのですが」
「聞きたいこと? それは何かな」
「お父様たちが遭遇した婚約破棄事件についてですわ」
「そのことなら、何度か話をしただろう」
「ええ、お父様から何度もお聞きしましたわ。ですが、お母様からはお聞きしたことは、ないですわよね。是非ともお母様からお聞きしたいのです」
隣に座っているシェリアの事を見ると、困ったように微笑んでいた。
「お前達」
「待って」
シェリアを困らせるなと言おうとしたら、シェリアに止められた。
「何が聞きたいの」
「あの時、お父様とお母様の婚約が無くなるところだったと聞きました。そのあと、前国王陛下の後押しでお二人は結婚なさったとも聞いております。その時、お母様はどう考えられたのか知りたいのです」
シェリアは暫し考えたあと「面白い話ではないけど」と前置きしてから話し出した。
「私はサタナイト伯爵家の第二子として生まれたのだけど、お兄様が優秀な方でしたからサタナイト伯爵家の後継者になることを、考えたことはなかったの。
それというのも、私は幼少の頃は良く熱を出して寝こむ子供だったからなの。両親にも兄にも体が弱い子だと思われていたわ。
今はそれが興奮しすぎたことによるものだったと解っていますけどね」
そう言ってシェリアが見つめたのは次男のサンドロス。サンドロスは幼い頃は落ち着きが無くて、領地と王都の移動などではしゃぎまくって、邸に着いた途端に熱を出し寝こんでいたのだ。
「私はそんなにはしゃいでいたわけではなかったのよ。それでも普段と違うことに、興奮していたようで、それで熱を出していたみたいだったわ。
学園に入学する頃には熱を出すこともなくなったのよ。
皆も知っていると思うけど、あの頃はどの家も子供が一人か二人、多くても三人ぐらいしかいなかったの。そのためどの家も婚姻も婚約も慎重に決めていたわ。婚約も学園に通うようになってから決まることがほとんどだったの。
それで……私に婚約の話が持ち上がったのは、学園に入学して直ぐの頃だったわね。コーンフィールド侯爵家ではない、別の侯爵家からの話でしたわ」
『えっ?』
始めて聞いた話に子供たちとハモってしまった。
「母上、それって」
サンドロスが問いかけようとたら、シェリアは微笑みながら唇に人差し指を立てて当てた。黙っての合図にみんなで押し黙る。
「フフッ。そんなに驚かないで頂戴。ご縁がなかった話ですのよ。
その方と顔合わせをした時に、暴言は言われませんでしたけど、嫌々だという態度は隠さずにいらっしゃいましたの。どちらの親も無い話とその場で決められたそうですので、この後よほどの事情がなければ婚姻はしないという届けを、貴族院にだしたそうですわ」
「えっ? そんな届けを出せるんですか」
私にとっても初耳な話だ。シェリアは私の顔を見て、またフフッと笑った。
「ええ。不幸な婚姻を王家も望んでいらっしゃいませんもの。
それからはそういったお話もなく、学園生活を楽しんでおりましたわ。
兄が王太子殿下の側近候補として一緒に行動するようになられてからは、婚約者のブルンタール公爵令嬢に可愛がっていただきましたの。
同じ様にマティアス様のお兄様が王太子殿下の学園内の護衛を任されようになり、その縁でマティアス様とクラスでもお話しをさせていただくようになっていきましたわ。
マティアス様との婚約の話を頂いたのは四学年の時で、半年ほど過ぎた頃でした。
それもフォリカーナー伯爵家の後継というお話でした。
でもこのお話は最初断ってもいいと言われていたのです。それほどフォリカーナー伯爵領の状況は悪かったの。両親も苦労することが解っているので、無理にとは言っていませんでしたのよ。
マティアス様との最初の顔合わせにて二人で庭園に出た時に、マティアス様に言われた言葉で私も決めました。一生マティアス様を支えて行こうと。
なのに、一年半後の卒業記念パーティーで王太子殿下や兄たちのやらかしによって、マティアス様との婚姻は無くなるだろうという事態を迎えました。
あまりのことにどうしていいのか解りませんでしたわ。
両親に告げられてそれほど経たない時にマティアス様がいらしてくださって……それが嬉しくて……でも、悲しくて。
そんな気持ちをマティアス様に向けても、困らせるだけだと思ったわ。心に蓋をして淡々と対応するように心がけたの。
お母様が……居てくれたから、みっともなく泣くことをしないで済んだわね。
お母様はマティアス様が帰られた後、泣く私をずっと抱きしめてくださったわ」
当時を思い出すように目を細めるシェリア。
あの日……混乱していた私は、シェリアに冷静に対応されて落ち着くことが出来た。でも、あまりに落ち着いた対応だったから、私のことなどそれほど思ってくれていないのではないかと、思ったものだった。
「だから、婚約の解消が保留だと言われてすごく戸惑ったのよ。
でも、どう考えても後継者同士では婚姻は難しいと思ったから、諦める努力をしていたの。
そうしたら、是非婚姻を結んでくれと言われてしまったじゃない。気持ちをどう向けていいのか困ってしまったの。
単純にマティアス様と一緒になれると喜べれば良かったのだけど」
本当に困ったようにシェリアは微笑んだ。
「お母様は……お嫌でしたの」
サキニアが躊躇いながら言った。
「嫌ではなかったわよ。そうではなくて、気持ちがすっきりしなかったの。
それを見越したのか、王妃様からご招待を頂いて、私室にてお話させていただく機会を得たの。
途中から国王陛下と第二王子殿下も来られて、恐縮してしまったわ
お話しできて良かったわ。気持ちを落ち着かせることが出来たもの。
フフッ、最後には歳がもう少し近ければ第二王子殿下と、と言っていただけたの」
「聞いてない。聞いてないよ、シェリア。そんな……王家に望まれていたなんて……」
私は顔から血の気が引いて行くのがわかった。
「フフッ、違いますわよ、マティアス様。王家の方々の冗談ですわ。あの時点で第二王子殿下には思い合う方がいらっしゃいましたのよ。
私、マティアス様と一緒になれて、とっても幸せですの。可愛い子供たちもこんなに授かりましたもの。
これでいいかしら。他に聞きたいことはありまして」
シェリアは子供たちを一人一人見つめてそう聞いた。
「ありがとうございます、お母様。まさか最後にお母様から惚気を聞かされるとはおもいませんでしたわ」
システィアはにこりと笑って言った後、弟妹を見回した。弟妹は頷いた。
「私達からの話というのは、私達のこれからのことについてです」
「それは誰が後継者になる、ということかな」
子供たちはにっこりと笑った。
「はい。私達はこの数日話し合いを重ねました。その結論が出ましたので、ご報告いたします。
まず、私、システィアがコーンフィールド侯爵家を継ぎます」
「私ことカルロスは、ブルンタール公爵令嬢ロレーヌ様と婚姻し、婿入りしたく思います」
「私、サンドロスはサタナイト伯爵家を継ぎたいと思います」
「私、イルメリアはヴィーツエ侯爵令息オルト様に嫁ぎたいと思っています」
「私、サキニアはマルチェロ男爵令息ジェフリー様と婚姻し、生涯支えると誓います」
「僕、アレキスはマルチェロ男爵令嬢ソニア嬢と共に、フォリカーナー伯爵家を継ぎます」
「そして私、リリーシアは王太子ジェラルド殿下に嫁ぐことにしました」
七人の子供たちの宣言に、私はシェリアと顔を見合わせた。いきなりの宣言と情報過多な内容に一瞬頭が真っ白になった。
「あー、ええっと」
右手で額を押さえながら左手を前に出して何を止めようと思ったのか。何かを言おうとしたのだが、それも言葉にならなかった。
「あなたたち、これは卑怯ではないの?」
「卑怯ですか? お母様」
混乱する私の横で落ち着いたシェリアの声がした。
「ええ。私達はあなた達の自主性に任せるとして、この家及びサタナイト伯爵家、フォリカーナー伯爵家の後継のことを話していたのよ。あなた達が真剣に考えて答えを出しただろうことは解るわ。でも、後継以外のことまでいっぺんに言われては、こちらに考える時間を与えないつもりとしか思えないわ」
「それは……そのことについては申し訳ありません。としか言えませんわ、お母様。たまたまみんなの結論がでたので報告をしようと思っただけなのです。お父様、お母様を混乱させたり、勢いで有耶無耶にするつもりもありませんわ」
シェリアとシスティアの会話を聞いて、私の混乱も収まってきた。まだ情報が少ないことだし、それぞれと話し合うことにしよう。
そっとシェリアの腕に手を置いた。気づいたシェリアは微笑むと私に話の主導権を譲ってくれた。
「それぞれが決めたことは分かった。だが、それを認める為にはもう少し話を聞きたいと思う」
私が言うと子供たちは揃って頷いた。
「まずはシスティア。君がコーンフィールド侯爵家を継ぐというのだね」
「反対ですか、お父様」
「反対ではないよ。だが、弟達を差し置いて女性の身で侯爵になるという、覚悟はあるんだね」
「もちろんです」
「カルロスの為に後継者になると決めたわけではないのかい」
「それもありません。私は前から出来ればこの家を継ぎたいと思っていました」
「そうか。それなら、システィアの婚姻相手だけど、誰かこの人という者はいるのかい」
「許されるのならば、ハロルドと」
「ハロルド? 執事の?」
「はい」
微かに頬を染めて頷いたシスティア。部屋の隅に立っているハロルドへと視線を向ければ、気遣わし気にシスティアのことを見つめている。
「ハロルドは我がコーンフィールド侯爵家に代々執事として仕えてくれている家の者だね。爵位も子爵位を持っていたな。婿養子ではなく、侯爵の配偶者として我が家に入るのなら許可しよう。ああ、その前にシスティアはハロルドに了解をもらっているのかい」
「お父様の許可がいただけたら全力で口説きます!」
拳を握って言いきったシスティア。ハロルドは戸惑った顔をしているけど、瞳は喜びに輝いていた。
「では、カルロス」
「はい」
呼びかけたら、ピシッと背筋を伸ばした。緊張していることがわかり、口元が緩みそうになった。
「ブルンタール公爵家に婿入り希望とはね。ロレーヌ嬢もそれを望んでいるのかい」
「はい。……えっと、そうなのですが、まだ私とロレーヌ様との口約束でしかありません」
「つまりブルンタール公爵は知らないと?」
「はい。伝えておりません」
いや、知ってるし。昨日もにこやかに話しかけられたから。
現ブルンタール公爵は夫人から公爵位を譲られた方だ。妻と娘が大好きで、一人娘のロレーヌ嬢に虫がつくことをすごく心配していた。
……大きな声じゃ言えないが、あの公爵のお眼鏡に叶ってしまったのが、カルロスだ。
事あるごとに「うちに来れば大事にするぞ」と言って来るのだ。
私は子どもたちの意志に任せると答えていたが、とうとうこうなってしまったようだ。
「わかった。あとでこちらから婚約の申し込みをしておく」
「ありがとうございます、父上」
満面の笑顔で言うカルロス。長男だし家を継いでもらいたい気持ちがないわけではなかったが、これはこれで良しとしよう。
「次はサンドロス。サタナイト伯爵家を継いでくれるのかい」
「はい。まだまだ未熟者ですが。それと許可をいただけるのあれば、籍もサタナイト伯爵家に入りたいと思います」
サンドロスの言葉にシェリアが息を飲む。見やれば瞳が潤んでいる。実家のことを案じていたのは知っているし、この冬お義父上が体調を崩されていた。それでなおさら実家のことを案じていたのだろう。
「わかった。こちらも学園が始まるまでに籍を移し終えることにしよう」
「いいのですか、父上」
「ああ。もともと王家から名を入れればすぐに提出できる書類をいただいている。だがサタナイト伯爵家側も受け入れ準備が必要だろう。この休みの間に準備は整わないだろうから、次の休みで移動が出来るようにしておこうか」
「感謝します、父上」
サンドロスからイルメリアへと視線を向けると、彼女はにこりと笑った。
「イルメリアはヴィーツエ侯爵令息オルト殿に嫁ぎたいと言ったね。それはオルト殿も同じ気持ちでいるのかい」
「それはわかりません。ですが、嫌われてはいないと思っております」
う~ん、どうしようかと思っていると、イルメリアに見えないようにサンドロスが指で輪っかを作っている。どうやら大丈夫だと伝えたいようだ。
それなら釣書を用意するかと考えていると、何やら扉の外が騒がしい気がする。
「失礼します。お約束のないお客様がお見えです」
「約束がない……今は相手をしている時間はないから、お帰り願ってくれるかな」
「わかりました」
我が家に五人いる執事の一人が伝えにきた。彼は執事長の弟で、主に妻についての仕事をしている者だ。
「ああ、待ってくれ。誰が来たんだい」
「ヴィーツエ侯爵家嫡男オルト様でございます」
まさか噂の人物の来訪とは思わず、イルメリアのことを見てしまった。イルメリアも知らされてなかったようで、突然の来訪に狼狽えている。
ふむ、それなら。
「そうか。ではこちらに通してくれたまえ」
「承知しました」
「お、お父様」
ワタワタと手を動かして困惑しているイルメリアに私は「座っていなさい」とだけ言った。
すぐに案内されたオルト殿が現れた。
「コーンフィールド侯爵様、ご家族が歓談中にお邪魔してしまい申し訳ありません。
約束の無い訪問を快く受け入れていただき、ありがとうございます。
私はヴィーツエ侯爵家嫡男オルトと申します」
きちんと礼をするオルト殿。好感が持てると思った。確かオルト殿はサンドロスと同学年だったな。
「して、どのような用向きで参ったのか」
「はい、こちらを」
渡されたのは彼の釣書。イルメリアに求婚すると書いてある。
「オルト殿、普通は家の者が届けるのでは?」
「わかっております。直接自分の手で届けると父に言いましたら、呆れられました。ですが本日がご家族の方々が全員揃っているとお聞きしました。なので、私の嘘偽りない気持ちを知っていただきたく参ったのです」
ガタンと音を立てて立ち上がったイルメリア。そのそばに歩み寄るとオルト殿は片膝をついて跪いた。
「イルメリア嬢、本日この場でどのような話し合いが持たれるか、サンドロスから聞いています。貴女がどのようなことをお決めになったのか知りませんが、どうか私と共に歩む道を考えていただくわけには参りませんか。貴女のご両親であるコーンフィールド侯爵夫妻のように、慈しみあい思い合う仲になりたいのです」
イルメリアの瞳が潤んでいる。唇が震えて、言葉を紡ごうとして出てこないようだ。
キュッと唇を引き結ぶと、イルメリアはオルト殿に飛びつくように抱きついた。
「イルメリア嬢」
ギュッと抱きしめるオルト殿。イルメリアの目尻から涙が零れ落ちた。
私は隣のシェリアをそっと見た。シェリアは私の視線に気がつくと頷いてくれた。
「オルト殿、イルメリアは姉妹の中でもおとなしい子です。ですが先ほどはっきりと、あなたの元に嫁ぎたいと言ったのですよ。思い合う二人です。婚約を認めましょう」
「ありがとうございます、コーンフィールド侯爵」
「お父様、ありがとうございます」
「すまないがまだ話し合いは終わっていなくてね。後ほど返書を送らせてもらうよ」
「わかりました。父に伝えておきます。皆様、本当に失礼しました。これにて失礼させていただきます」
オルト殿はイルメリアの涙を拭ってから、礼をして部屋を出て行った。
彼の乱入で少し気が逸れてしまった。
新しくお茶を入れてもらい、飲んで一息ついた。
「さて、それではアレキス、フォリカーナー伯爵家を継ぎたいんだな」
「う、うん」
年の順で言えば先のサキニアを飛ばして、アレキスを呼んだことに戸惑った返事になった。
「それでサキニア、アレキス、どうしてマルチェロ男爵家の令息令嬢と、という話になるんだ」
「えー、駄目なの?」
「駄目なんですか?」
「駄目以前の話だろう。二人は、今は男爵家の子供だが、二人の代では爵位は無くなるんだぞ」
「知っています。だから、私はジェフリー様を支えるのです」
「僕だって、ソニア嬢を守ります」
どうやら二人の決意は固いようだ。困った私はシェリアを見た。シェリアは大丈夫と言うように微笑んでいる。
「とりあえずは二人の婚約については保留だ。先ずは学園で交流を深めることから始めるがいい」
「……わかりました」
不承不承ながらも頷いたサキニアとアレキス。
「リリーシア、どうして王太子殿下に嫁ぐなんて言うんだ!」
「いけないんですの?」
きょとんとした顔で聞いてくる末娘のリリーシア。
はっきりとは言われていないけど、そういうこともと暗に匂わされていた。けど、自分の子供の代でそうするつもりはなかった。
だというのに。
「ねえ、お父様、冷静に考えてくださる。うちは侯爵家ですわよね。それも王家とはしばらく婚姻を結んでいない家系ですわ。それに私と王太子殿下とは同い年ですのよ。それでしたら我が家から王太子妃、ひいては王妃が出てもおかしくないのですわ」
「それはわかっている。だが、今の王家は大変じゃないか」
「だからですわ。私が王太子殿下に嫁ぎます。殿下を支える覚悟をしていますわ」
気圧される。わずか十二歳の娘に。
まだ十二歳なのに。
いや、年は関係ないか。
娘の決意を寂しく思いながらも、それでも今は認めることは出来ない。
「リリーシア、保留とする」
「お父様!」
「サキニアとアレキスにも言ったが、学園で交流をしなさい。私たちもその様子を見て考えるから」
「……はーい」
こちらも不承不承な返事だった。四人の姉兄たちは解っていたのか、仕方がないという顔をしていた。
その夜、寝室でシェリアと二人ワインを飲みながら話をした。
「君はどう思った」
「子供たちの好きにさせてあげたいですが、こればかりはどうしようもないことですわ。先ずは王家と話しをしないことには結論は出ないでしょう」
「そうだな。まさかマルチェロ家の子供たちと、言い出すとは思わなかった」
「不思議な縁ですわね」
「だが……リリーシアが王家に入るとは」
「あら、私は大丈夫だと思っていますわ」
ふふふっと笑うシェリア。
「王妃様に招かれて子供たちも連れて参っていたでしょう。王子様方の面倒をよく見ていたので、皆様、我が子たちに懐いておりましたの。リリーシアは我が家では末っ子扱いですが、あそこではお姉さんですから。その様子が王太子殿下や王妃様に好まれておりますわ」
やはりリリーシアのことは諦めるしかないかと思いながらも、サキニアとアレキスだけはどうにかしようと思った。のだが……。
「子供というのはいつまでも子供ではありませんわ。サキニアとアレキスも守り支える相手を見つけたのです。こちらが何を言っても折れないと思いますの」
「……駄目かな」
「はい。駄目だと思います」
私はソファーに深く腰掛けて、天を仰いだ。
物事というのは何事も上手くいかないものだ。
選んだ相手がマルチェロ家でなければ。
いや、どうなっていたとしても、縁は結びついたのだろう。
さて、問題のマルチェロ男爵家というのは二十年前にやらかした元王太子レナートに、与えられた家名である。
だが、ジェフリーとソニアはレナートの子供ではない。
あの時のことで罪人となった者たちは、子供が作れないように処置をされてからあの地へと送られた。
では何故二人がマルチェロ男爵家の子供として籍に入っているのか。
それには一つの事件を語らなければなるまい。
今から十二年前のことだ。
マルチェロ男爵領から使者が来て、子供たちの養子縁組の届けと八年前の婚約破棄騒動の真実が届けられたのだ。
それには男爵夫人ミルアの実家クラーヌス子爵家の大それた陰謀によって、婚約破棄を起こさせたということが書かれていた。
それだけでなく違法なこともしているという書類も添えられていた。
男爵領から出られないはずなのに、どうやってか調べあげたそれに王宮は困惑した。
だが、その調べをした者たちが判明したことにより信憑性がまし、クラーヌス子爵家へ調査が入り、彼らの悪事が判明したのだった。
クラーヌス子爵家は一族郎党及び使用人まで悉く調べつくされ、ほとんどの者が鉱山送りとなった。
十二年前……あの事件は衝撃的過ぎて、シェリアは予定よりふた月近くも早く出産することになった。
あのことを思いだすと、怒りとやるせなさがふつふつと湧いてくる。
あの地に送られてから七年間、ずっと悪態をつらぬいていたミルアの態度が一変したのが、彼女の妹が訪ねてきたことでだった。
軽犯罪であの地に送られていた元文官が刑期を終え王都に戻り、再度この地で文官をするために戻ってくる途中で妹を助けたそうだ。
ミルアの妹と聞いて思うところはあったそうだが、「お姉ちゃんに会いたい」という彼女を連れていった。
ミルアは妹の姿を見た瞬間駆け寄り、二人で手を取り合って泣き出した。そして落ち着いたところで、妹がここまで来た理由を聞き、怒りに震えたという。
そこからこれまでの態度を皆に謝罪し、協力を頼んだそうだ。
そして、なぜあのようなことをしたのかも、語ったそうで。
よくある話から始まるとても酷い話だった。
クラーヌス子爵に無理矢理関係を持たされたミルアの母。だが、子供が出来たことで子爵に捨てられた。
ミルアの母が移り住んだのは田舎で、気のいい人達のおかげでミルアを産むことが出来たそうだ。
ずっと気にかけてくれていた人と母が再婚して妹も生まれて、家族四人で暮らしていたのに、クラーヌス子爵に見つかってしまった。
子爵はミルアを無理矢理引き取り、それだけでなく母と再婚相手、妹を人質としてミルアを脅した。
レナート王太子殿下に取り入り篭絡することを強いたという。
ミルアは家族のため、心を殺して命に従ったそうだ。
上手くいきすぎて、婚約破棄をしてミルアを王太子妃にしようとしなければ、クラーヌス子爵の思い通りになっていただろう。
身分的に側妃も難しいだろうから、妾に収まるだろうと子爵は思っていた。それでも寵妃となれば自分にも大きな見返りがあると思っていたのだ。
実際はミルアが罪に問われることになった。
万一の場合を考えてミルアに、自分一人がやったことだとさせていたし、そう言うように脅していた。
ミルアは言われた通りに、いやそれ以上に、男爵領に送られてからも反省しない悪い態度を貫いていた。
ミルアがそこまでしたのは、妹のためだった。クラーヌス子爵家に引き取られた時、ミルアは十四歳で妹は二歳だった。
そのあと、ミルアが十六歳、妹が四歳の時に両親が流行り病で亡くなってしまった。
妹は子爵領の孤児院に預けられた。
十八歳の時にああいうことになり、妹の安全を条件に全部被ることにしたという。
だが、六年前愚かなクラーヌス子爵の令息が、ミルアの妹の存在を知って妹に会いに行ったことで、最悪の事態を招くことになった。
ミルアと妹は母親によく似ていた。つまり姉妹は良く似ていたのだ。
妹の姿を見た令息は、上手くいかないあれこれのことをミルアのせいにしていたので、似た容姿の妹に八つ当たりで暴行を加えた。
それから度々孤児院に行って、暴行を加えて満足して帰っていく令息。
令息の言葉の端々から妹の素性が知れ、孤児院での待遇も悪くなった妹。
耐えるしかない日々だったが、妹がマルチェロ男爵領に来る三月前に凌辱までされてしまったそうだ。そのあといつものように暴行を加えてから帰っていった令息。
その時のケガでふた月動けなかったそうだが、これ以上ここに居ると殺されると思い、やっとの思いで孤児院を抜け出してマルチェロ男爵領にやってきた。
妹の体を見た医師は傷跡の多さに言葉を無くしたそうだ。
それと共に、妊娠していることも判明して。
まだ十四歳の望まぬ妊娠という事態に、ミルアだけでなくマルチェロ男爵領の者たちは憤った。
レナートは刑期が終えた後もマルチェロ男爵領に仕える事を望んだ者たちに、指示を出した。
クラーヌス子爵家の悪事を暴くために。
彼らは慎重に調査を進めて、クラーヌス子爵が領民への暴虐や違法物の輸入、販売、所持をしている証拠を揃えた。
そんな中ミルアの妹が双子を出産した。妊娠したことを怖がり、出産することにも不安を抱えて、それでも生まれた我が子を抱きしめて「可愛い子」といったそうだ。
だが出産後体調が戻らず、ひと月後に亡くなった。
このことはクラーヌス子爵家の捕縛と共に、王家からわが国だけでなく各国にも通達された。
クラーヌス子爵家と取引をしていた輩は摘発され、相応の罰を受けることになったという。
我が国では孤児院に調査が入り、悪い環境の孤児院を置いている領主には監査が入ることになった。
孤児院の院長がやっていたことでも、監督不行き届きということで領主には少なくない罰金を科せられ、孤児院の環境を改善するように義務づけられた。
本来ならマルチェロ男爵家は男爵夫妻が亡くなったら、爵位を返上することになっている一代男爵だ。
そんな家に養子をいうことに貴族院は難色を示したが、生れたばかりの赤ん坊に罪はない。
今までのことが嘘のように真面目に働くようになったミルアが、寝る間も惜しんで子供のことを育てているという。
レナートやトレニアスが言っても、休もうとしないらしい。
結局子供に保護者が必要だということと、一代男爵の子供だと言い聞かせることを条件に許可された。
だが、それだけでことが済んだわけがない。
まずブルンタール公爵家が動いた。
子供の環境を整えるために、マルチェロ男爵領に様々な物を送ったのだ。
元王太子の婚約者だったブルンタール公爵家が動いたということで、他の貴族家からも子供たちへの支援が届くようになった。
あくまでも子供のための支援。
そして我がコーンフィールド侯爵家は王命により、マルチェロ男爵領に幾度か訪れることになった。
私達の孫の代にはマルチェロ男爵領はフォリカーナー伯爵領に戻ることになる。
災害から五十年後に、という約束であるから。
そのため、復興の様子や発展の様子を監督するようにと言われたのだ。
子供たちもそれぞれの子が五歳になった時から、マルチェロ男爵領に連れて行っていた。
だから子供たちが知り合ったのは、私のせいと言えなくもないか。
「やはり運命なのかな」
「そうですわね。そうなのかもしれませんわね。でもあの子たちもちゃんと考えているのですわよ」
「考えて?」
「ええ。マルチェロ男爵家を子供たちが受け継げないということはどの家の子も知っていますわ。その家の子であるお二人の居場所を作ってあげたい、守っていきたい、支えて差し上げたいとあの子たちは考えたのです。サキニアはジェフリー殿と婚姻して、フォリカーナー伯爵領を継ぐアレキスの代わりに領地を守る代官になるつもりでいますのよ。アレキスもソニア嬢を大切に守ると誓っていますわ。リリーシアもそうですわ。二十年前のようなことが起こらないように、国の中枢から見張るつもりですのよ。もちろん王太子殿下を支えることでしょう」
シェリアの言葉にハッと、目を瞠った。
「マルチェロ男爵は」
「子供たちが成人しましたら、爵位をお返しなさるでしょう」
確信めいたシェリアの言葉。だが、頷けるものがある。
そして改めて、子供たちの覚悟を思い知った。
「まいったな。子どもだと思っていたのに、いつの間にか成長していたんだな」
「ふふっ、守ると決めたのですから子供ではいられないということでしょう」
「そうだな。だが、一年は保留のままだ。あの子たちの覚悟を見せてもらおうじゃないか」
そう宣言した私に、シェリアは仕方がない方というように笑ったのだった。
「僕が婚約を解消されそうになったのは王太子が婚約破棄したことのとばっちりだった」が状況説明に重きを置いたため、シェリアの気持ちが表現しきれませんでした。
補足になっていればいいのですが。