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第7話 【軍議】

 2日が経ち、ルークの体は回復に向かっていた。傷はまだ完全に癒えたわけではないが、療養(りょうよう)の間に体力は徐々に戻り、彼は再び立ち上がることができるようになった。


 今朝は、重要な軍議(ぐんぎ)が開かれる日だ。ルークは弟たちやリサと共に、オーガの村の中央にある大きな家に向かった。


 大きな扉が重々しく開かれ、ルークたちが入ると、すでに他のオーガたちが集まっていた。彼らの表情には緊張と期待が入り混じっており、これからの戦いに対する不安も感じられる。ルークはその空気に圧倒されながらも、少しずつ自分の立場を受け入れ始めていた。


「ルーク、まず今の戦況を…」


 次男のレンジが切り出した。彼は真剣な表情でルークを見つめる。弟たちは自分のリーダーシップを期待しているようだが、ルーク自身にはまだどこか現実感が乏しい。ルークは、弟達に現在の戦況を説明してもらい、まずは冷静に情報を整理しようと努めた。


「ルークが怪我の影響で、記憶があやふやらしいから改めて説明する。この集落の人口は3000人。そのうち兵士はもともと1000人いたんだが、ゴブリンとの戦闘が続いて、今戦える数は600人しか残ってない」


 彼の声には、戦場の厳しさを知っている者ならではの疲労と重圧がにじみ出ていた。顔に表れた小さな傷跡がいくつか見えた。それが彼がどれほど過酷な状況の中で戦ってきたのかを物語っていた。


 ルークは、その言葉を慎重に受け止めながら、ふと目を閉じた。1000人のうち600人しか戦える兵士が残っていない…それは、戦力の約半数以上を失ったという深刻な事実を示している。


 静かな空気が流れる中、彼はさらに深く情報を探ろうと口を開いた。


「それでゴブリンの数は?」


 その問いに、三男のナルカがリサの隣から一歩前に出て答えた。まだ14歳の彼だが、その表情には自分の役目を果たそうとする覚悟が感じられた。彼は不安そうにしながらも、言葉にしっかりとした重みを持たせている。


「ゴブリンは…人口が5000人。兵士は1800人いたけど、今は1300人くらいがまだ戦えるみたい。」


 ルークはその報告に耳を傾け、重々しい沈黙の中で深く息をついた。ゴブリン側はまだ戦力をかなり残している。戦力差は2倍以上で、このまま正面からぶつかれば壊滅(かいめつ)的な被害を受けることは間違いなかった。


 彼は眉を少し寄せ、考え込むように目を伏せた。状況があまりに厳しい。だが、だからといってここで焦って動くわけにはいかない。彼は決断力が試されていると感じ、冷静に周囲を見渡した。


 その時、ルークはふと心の中で「神の鑑定士(かんていし)」のスキルを思い出した。この場に集まった兵士たちがどれほどの実力を持っているのか、冷静に評価しなければならない。


 慎重に彼はスキルを使うことを決め、誰にも気づかれないように心の中で静かに「鑑定(かんてい)」と唱えた。


 視界が淡く光り、その光の中に兵士たちのステータスが浮かび上がる。目の前に現れた数字は、決して芳しいものではなかった。


「力:D」「防御力:E」「魔防力:F」…ほとんどの兵士たちのステータスは、ルークが思っていた以上に低い数値ばかりだった。


「D」か「E」、あるいは「F」という評価がほとんどで、この戦力でゴブリン軍に対抗するのは、あまりにも厳しい戦いになるだろう。ルークは内心で苦々しく思いながらも、外見にはその感情を出さないように努めた。


 彼は鑑定結果を心の中で整理し、もう一度深く息をついた。この戦況では、何か特別な策が必要だ。普通の戦略では、この戦力差を覆すことはできない。


 …戦うためには、もっと別の方法が必要だ。


 突然、部屋の扉が激しく開かれ、息を切らした一人の兵士が慌てて駆け込んできた。彼の顔は蒼白(そうはく)で、何か重大な事態が起きたことを物語っていた。


 部屋の中にいたルークや弟たち、リサ、そして数人の将軍たちは、瞬時に兵士に注目した。


「ゴ、ゴブリン側の使者が…!」


 兵士は息を整えながら報告を続ける。


「ゴブリン側の使者が来たとの報告です!」


 その言葉が放たれると、部屋全体の空気が瞬時に緊張に包まれた。まるで刃の上に立たされているかのような張り詰めた空気が、全員の体に重くのしかかる。


 兵士たちの間にもざわめきが広がり、誰もが次に何が起こるのかを察知(さっち)しようとしていた。


 ルークは表情を変えずに、冷静に報告を受け止めた。だが、その心の奥底では、疑念や警戒が湧き上がっていた。ゴブリン側が使者を送ってくるなど、一体何を目的にしているのであろうか。


 彼の頭に浮かんだのは、昨日のリサとの会話だった。以前、オーガとゴブリンとの停戦交渉があったが、裏切りに終わったことだった。


 その際、オーガの長である自分の両親、長を支えている幼馴染の両親が卑劣な手段で命を奪われたのことだった。よってゴブリンを信用してはいけないという警鐘(けいしょう)が、静かに彼の中で鳴り響いていた。


 ルークは、一瞬、その悲劇の場面を頭の中で再生した。だが、その記憶には強い感情は伴っていなかった。彼の親として語られる人物たちがどんな存在だったのかを理解することはできても、心の中で彼らに対する深い愛情や悲しみが生まれることはまだなかった。


 それは、彼が転生したばかりであり、この体に宿った感情がまだ完全に一致していないからだ。


「また交渉か…」


 ルークは冷静に呟いたが、その目は鋭く、状況を見極めようとしていた。再びゴブリンとの交渉を行うという状況は、非常にリスクが高い。


 前回あったと言われている裏切りを考えれば、今度も同じような策略が待ち受けている可能性は高い。しかし、戦力差を埋めるには、なんらかの交渉が必要になるのも事実だ。


 部屋の中で誰かが息を呑む音が聞こえる。全員がルークの次の言葉を待ち望んでいた。彼は自分に注がれる視線を感じながら、すぐに判断を下すのではなく、慎重に次の一手を考える必要があると悟った。


 感情的な決断は、かえって最悪の結果を招くことになるかもしれない。


「どうする、ルーク?」


 リサが小声で尋ねる。彼女の顔にも緊張の色が見えたが、その目はまだ彼を信頼していた。


 ルークは一瞬考え、口を開いた。


「まず、相手の出方を見る必要がある。無策で交渉に応じるつもりはない。前回のことを忘れてはならないので、慎重に動こう。感情に流されることなく、今の状況を正確に把握しよう。」


 その言葉に部屋の中は再び静まり返った。ゴブリン側の使者が何を言ってくるのか、次にどう動くべきか。それは、戦局を大きく左右する一手となるかもしれない。

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