リモコン
夏が本格的になり、煙草に火をつけるのも暑くてしんどい。台所の換気扇の下で煙草を吹かすのはいつものことであった。胸騒ぎがした。高速道路の下のアパートに住む私は、その音が車の振動音なのか雷鳴なのかの判別がつかない。短くなってゆくはずの煙草の先端がそれほど、であるのは、湿気のせいなのか、気分のせいなのか、分からないでいる。
衝動的にパイプ椅子を居間のど真ん中に放り出す。普段の私には起こりえない動作で、何かに掻き立てられているのを感じた。単調をぶった切り、意志を解き放つ。これは摂理か否か、はっきりしないことはどうしようもなかった。新しい何かを模索することは悪いことではないだろうと。
思い出して、キャップ付きの缶コーヒーの空き缶を台所から持ってくる。灰が落ちかけているので、そっと蓋を回す。椅子に腰を下ろし、試すように煙草を口元に持ってくる。正面にはテレビがあってリモコンがテレビの右下におしり半分隠れている。手に取ってみたリモコンは重く、古さを強調させる。基本的にニュースを観ない私であるが、さっきまで見ていたSNSの荒れている様子については気がついていた。重大事件でも、有名人の不倫でもあったのだろうかと思って、後者はどうでも良いのだが、あとは気にはなった。
リモコンのボタンはニュイっと沈み込み、ブラウン管とも違う音を立てる。瞬間、部屋の片隅をじんわりと賑わわせる。私一人の部屋に複数の声が響くのはなんとも奇妙な感じがした。皆の現実はおそらくここにあるのだろう、一気に大衆的な雰囲気に変貌した。テレビの力は未だ健在で、尾を引いて我々を先導するのであった。