怠惰
この日、静寂の中に、ソファとスマホがあれば充分と考えていた。情報の波を左手の親指がなぞる。無為なその瞬間の味わいは、噛んで無くなったガムの味だった。
サムネイルをスクロールする。空になったコーヒーの缶が、ひっそりと、換気扇の下に佇む。カーテンから覗く、日の傾きがあっという間に大きくなる。無表情の奥は写鏡であった。
秒針は、世界を刻むだけであって、私を刻むことはなかった。他者との繋がりのないこのスマホは果たして、ネット回線の一部たり得ているのか、些か疑問なのであった。
この小さな窓の中に世界は広がっているのだろうかと、左の親指が無条件に動き続ける。まるで、新聞の見出しだけを目の奥に流し込んでゆくように感じる。それは、パチンコ好きが脳を溶かすのと、おそらく似ている。
集中力とはまた違ったゾーンにアクセスしてゆく。小さな画面が次第に大きくなっていって、視界をジャックする。フロイトが言っていただろうか、無意識の海にどんどんと沈みこんでゆく。そして、「世界は存在しない」という理論に賛同の意を唱えてしまいそうな私をここに認識する。
やがて、スマホのバッテリー残量の通知で現実に引き戻される。しかし私はそれに対応しようとはしなかった。安心したのかもしれない。やはり現実に身を置くことに、私は安堵する段階に、なんとか踏みとどまっているようだった。
ついにその時がやってきたのだが、虚しさが増幅していった。罪悪感でソファの隅に顔を埋める。暫くそのままでいて、何分かで身体をむくりと起き上がらせる。相対的には短時間。光のスピードで銀河を1周したのだろうかと。
宇宙船には燃料が必要だ。モノリス型の宇宙船を燃料補給ステーションにドッキングした。
再び宇宙遊泳を始めよう。ワームホールが目の前に現れてきて、自ら吸い込まれに行こうとする。失うものはない。なので、地球を見捨てて飛び出して行こうと思う。