31話/帝都歴10006年4月、恋をするのは大人だけなのです②
例の奇襲から、長いように感じて短い時が経過した。当の本人たちはそんな些細なことを気にせず、とあるルールを設定した上で現在はスマホによるやり取りが行われている。
人類の進化は確かに途絶えた、というより停滞している。刺激を与えられた者が少ないせいか、帝都歴を迎えてからも人類がやり取りする機械といえば、決まってタブレットかスマホかPCと相場が決まっている。むしろ形はこのままにして、もう少しバッテリーが熱くならないようにしようなんて工夫を凝らす職人たちも増え始めるぐらいには。
長い時を生きた現存する四人の魔法使いと見習いも、この文明は気に入っている。ここまで便利なものを、さてどう進化させたものかと悩めるほどだ。
「理愛子、制服は着たか?荷物の確認は?僕は君の入学式を見届けたら仕事に行くけど、たぶん帰りは早いと思う。朝御飯は用意したから、せめて僕が家を出る前に食べるように。」
「ま、待ってください!今起きたばかりなんですよ!?女は化粧とかで忙しいんですからね!」
しかしそんな文明の利器でも、月見理愛子の起床を早めるには至らないようだ。アラームは近所迷惑とも言えるレベルの音量でなければ、効果はない。
外見年齢だけはまだ子供の彼女に対し、ツキミも呆れながら正論を述べる。
「女を語るな、合法ロリ。傭兵として動けば化粧も崩れるし、無駄なんだよそういうの。最近のガキは何か?他よりも大人として成長してますぅって勘違いしてる奴ほどませがちなのか?」
正論には若干の毒が混ぜられていたが、半年程度の生活で慣れきっていた理愛子は特に怒りもしない。
不満の抗議はあるようだが、こんな小さなことで喧嘩しても意味はないというのも理解している。しかしどうして彼女が学校に通いたいなんて言い出したのかはツキミにも理解できず、
「そういえば理愛子は、どうして学校に通いたがるんだ?学校なら大昔に行ってたんだろう?」
なんて聞いてみる。理愛子は少し苦い顔をしながらも、もう昔のことだから話していいかと語り始めた。
「小学校の三年生までは通っていましたよ。当時の魔法使いたちが私に神獣を封印し、半監禁状態になってからは卒業したものとして扱われました。だから、その............今の外見が成長してしまわないうちに、ちょっと青春を楽しみたいなー、なんて。」
「なるほど、ババアの夢の残骸処理ってやつか。」
「いや、私も思いましたよ!?思いましたけどね!?どうせこれから友人となる人たちにもいじられるって思ってますけどね!?何も直球で言う必要はないでしょ!!」
彼女の言葉通りであれば、まあそういうことらしい。確かにろくに学校にも通わせてもらえなかったという事情なら、周囲の語る青春というものに憧れを抱くのも致し方なし。ツキミとしても彼女を学校に通わせて、今の時代に必要なものを学んでほしかったのもあるので、快く承諾した。
もちろんゲンエイには事後報告という形で済ませてある。電話越しに殺害予告を受けたものの、不埒な輩をセイラに排除させるという条件付きで話は落ち着いたのだった。
学校のなんたるかを国の指導者が把握していないのは、なかなかの問題だが............それはさておき、朝の支度を整えた二人は椅子に座り、机を囲む。机上にはツキミの作ったふわふわの卵焼きにブロッコリーが添えられ、帝国定番のお米まで用意してある。
いただきますと手を合わせ、それぞれ好きなものから食べ始める。
「足りなかったら言ってくれ、肉ぐらい焼いてやる。」
「朝から肉はキツいと思いますよ?いただきます。」
「そうなのか?ナーサリーは朝からすき焼きを一人で平らげていたのに。」
世間話やら身内話やらをしながら、二人は静かに卵焼きの所有権について争い始めた。大きな皿に三十個に切り分けられた卵焼き、味は作った本人でさえも全身がとろけると言わせるほどの絶品だ。
最後の一つをツキミが取ろうとしたとき、理愛子は彼の箸をぶつけるように跳ね返し、空いていた片手で卵焼きを掴み、それを一口で頬張る。
「性格が悪いって言われたことは?」
「ありませんよ、そんなの。友達ができたら、遊びに誘ってもいいですか?皆でパーティーゲームやりたいんです。」
「僕が家にいる時にしてくれよ?」
ご飯を食べ終えた二人。ツキミは杖を片手に、理愛子は教科書などを詰め込んだサッチェルバッグと、学校か帰り道の際に食べる弁当を入れた袋を片手に。外に出てすぐに鍵を閉め、学校までの送迎もあるということで共に歩き出す。
彼らが今住んでいる場所は、西暦の日本ならではの風景を大事にしてきたフジの国という場所だ。帝国が科学的にも魔法的にも進歩した未来の国と例えるならば、フジの国は西暦20■■年で止まった過去の国。そんな昔の空気を気に入った観光客も多い。
スーパーの割引セールの話をする主婦、隣の友人とボール遊びをする楽しげな声、二日酔いで自宅前で寝ているサラリーマンまで。どれもこれも、理愛子にとっては懐かしいような光景だ。僅かに残っている昔の記憶を遡ると、いつの間にやら校門前に到着していたらしい。緊張で震える体を押され、理愛子は初めての高校生活を送るためにその一歩を踏み出した。
来るは入学式。学生たちがどのような青春を送るか、大抵はこの日に決定付けられるだろう。ここが勝負どころだと引き締めた理愛子にの様子に、ツキミもどこか安心したようだ。




