30話/帝都歴10006年3月、恋をするのは大人だけなのです
皇帝ゲンエイの日常は、月見幻永として目覚める日から始まる。起床後は布団を丁寧に畳み、押し入れにきちんとしまうまでがセット。その後は寝間着から休日の普段着である黒いフォーマルスーツに着替え、胸元には装飾品であるジャボを一つ。周囲からは趣味が悪すぎると言われながらも、本人曰く昔からの自慢の服装なのだとか。
屋敷内は氷河期を迎えて全員死んだのかと疑いたくなるほど静かだ。早朝の四時であれば当然なのだが、もし10000と数年前なら愛しい妻が挨拶をしてくれただろう。
しかし、そんな日常はもう戻らない。彼女を取り戻せたなら、よくあんな恥ずかしいことができたよねってお互いに笑って話せていただろう。しかし彼女は拒絶した。少なくとも今しばらくは妻の声を聞くことも叶わない。
私室より離れた台所で保温されていたティーポット、棚に大切に保管されているペアのティーカップを一つ手に取り、一つ壁を挟んだ居間へと移動。
内装自体は和の日本を思わせるものに対し、家具は一部を除いて西洋の貴族の館にあるようなものばかり。昭和を思い出させるようなテレビに電源を入れ、カップにダージリンの紅茶を注ぐ。それを一口飲んで、
「何度淹れても、理愛子には敵わないな。」
呆れたようにカップを机に置いた。ソファーでくつろぎながら今朝のニュースを頭の片隅に記憶する。
とある王族の娘の正式な死亡届、死体は現在とある魔法使いが使用中なんてものから。とある美青年傭兵の唐突な加齢現象が起きたという謎ニュースまで。
ああ、なんて下らないニュースばかり。どれもこれも身内のことばかりだ。まだ別れてから一年にも満たないというのに、ツキミの不老も完全ではないのか、中途半端に若さの象徴である黒を残したまま白髪になった映像が映し出される。何もかもが不完全な見習い風情に妻を奪われたと思うと、心底苛立ったのか眉間にシワが寄る。
「落ち着け............奪われたなら取り返せばいいんだ。いつか彼女にその気になってもらえれば、今度こそ迎えに行ける。その時に邪魔者を消してしまえばいい。情なんてものは捨てたんだから、後は覚悟だけなんだ。」
未だ覚悟も決まらない己の体に鞭を打つように。狂人になってもなお彼に刃を差し向けたとき、1秒にも満たない時間だが躊躇した己を責めるように。紅茶を一度に飲み干す。
同時刻、居間に訪れたセイラは相変わらず楽しそうにしている。早く潰し合って消えてくれないものかと考えていたようだ。
「お互い性格が悪い者同士、最初からクソ兄貴の考えていることは見抜いていたよ。」
「焦っていたくせに?」
「もし本当だったら嫌だろ。」
それはゲンエイも同じこと。邪魔な敵を潰すためなら、彼らは国さえも利用する。結果的にどれ程の命が失われようが、目障りな敵が消えるのなら万々歳だという考えだ。
しかし今日も、共闘関係を結ばなければならないという最悪の結果に落ち着く。ゲンエイとしては早く兄を殺したいし、セイラも後先考えずにゲンエイを殺しては、女を独り占めしたいという考えでいっぱいだ。そうもいかないのが世の中というもの。都会も田舎も、結局問題を放置していれば自分達の邪魔になると考えてすらいなかった。
さて。本命となる問題とは別に、ここしばらく動きを見せなかった断罪の神の情報もある。彼の動きは誰が知ることもなく、セイラでさえ彼の索敵に失敗している。索敵魔法は個人に絞ればよりその効力を発揮するのだが、あの神は一つも痕跡を残さずに消えてみせたのだ。
そんな神がどうしてか例の二人を追うようにして各地に姿を見せているらしい。あの女を殺すと、そんなことを口走っているのだとか。今では現在の理愛子と同年代だと思わせるような姿にまで成長した、なんて噂もある。
そのような問題を差し置き、彼らにとっての本命とはどのようなものか。
「今は無益な殺し合いはやめよう。あれが暴れたら、こっちは一人の女を愛することさえできない。それで、イザナミとしての体はどう?修復できているよね?」
「足の指先程度なら修復成功だ。それよりも例の問題を何とかしよう。」
例の問題とは。国の戦争なんてのは絶対にない。戦争になる前に彼らの一方的な殺戮で終わるためだ。では帝国の資金、または資源問題だろうか?これもまた違う。
繰り返す。彼らはその気になれば、帝国などすぐに捨ててしまえるような非情な人間だ。そんな彼らが問題とするのは、もちろん理愛子の件について。
「僕の大切な理愛子が、四月から高校デビューだってさ。学校って知ってる?知ってるよね!?男女が淫らな行為に及ぶ、あの忌まわしい施設だよ!?」
「俺の通っていた学校は青春の風が吹いていたが。そういやお前、学校に通ったことがないんだったな。」
「君がどう説明しようが関係ない!問題は学校という施設には、男女が揃ってしまうということ............僕の妻に色目を使うクズが現れかねない!というわけでセイラ、死ぬついでに学校に潜入してこい♡」
「............お前が死んでくれよ。」
これはまあ、なんとも珍妙な光景だ。
二人の成人男性が一人の娘の恋路を心配するような。そんな光景にも見える、午前四時半のこと。
余談にはなるが、近年における各国では、二十歳未満の恋愛禁止の法が成立している。この法を破った者には、学生ではとても支払えないような罰金が課されるという話を彼らが耳にするのは、まだまだ先の話だ。




