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五人の魔法使いと見習い青年  作者: 維申
第四章/神を敬う時代はとうに終わりを迎えた
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29話/帝都歴10006年1月、衝突の愛と信頼

「もう、やめてください。」


その剣を素手で握り、当然剣には彼女の血が滴る。それは互いの何もかもを許容すると言ってみせた夫婦の姿には見えない、空気も凍るような冷たい言葉だった。

今の彼女にはゲンエイの記憶だけなら僅かながら存在しているはずなのに、夫に向ける眼差しの正体はまさしく敵意。


「............僕たちの愛の日常を邪魔する者は、歳も性別も問わず殺す。君だってそうだったじゃないか。かつて僕を殺しに来た魔法使いの前に立ちはだかり、愛のなんたるかを述べては誰よりも残酷な殺しを行った。その君が僕を止めるの?」

「今の私にその記憶はないので、少なくとも今だけはあなたを止める権利はある。それに、私は私の記憶を取り戻すために自分から同行を申し出たのです。妻の意見を無視するのは夫として最悪ではないのですか?」


睨み合う両者。互いに譲れぬ愛と目的を天秤にかけ、どちらが正しいかを言葉で語る。天秤はどちらにも傾かず、しばらくは静かな空気だけが漂う。周囲にいたであろう住民たちはいつの間にか姿を消し、続くこと六分。理愛子の意地に諦めたのか、ゲンエイは仕込み杖を投げ捨てる。


「僕たちはあの日、死んでも後悔のないように、たくさんの思い出を語り合った。」

「私は覚えていません。」

「せめて一つだけ教えてくれ。何が君を追い詰めたんだ?」

「............衝動でした。水槽の中でも自由に泳ぐ魚、空を羽ばたく鳥が羨ましくなって、その瞬間誰かのことを思い出したんです。おそらくはあなたのことを。直前まであなたの看病をしていた私は、二度と目覚めることはないだろうという絶望と共に、自由を求めて自殺したのでしょう。なのに本能は生きたがり、私を今日まで生かしてしまった。それだけのことです。」


後はほんの少し話し合いをしただけで、二人はそれぞれ別の道を歩む。理愛子はツキミの体を抱き上げ、ゲンエイも口元の血を拭き取っては夜空と共に国から姿を消した。

..................................

ツキミが目覚めたのは翌日のこと。理愛子の辛抱強い看病のおかげか、魔力はどの部位を最速で治すべきかをオートで判断する能力を取り戻し、彼が目覚めたときにはちょうど骨の修復を終えた頃合いだったようだ。

ツキミの言いつけを破って買い物したのか、部屋には見覚えのない薬やら食品が袋ごと散らかっている。疲れて気絶したのだろう。当の本人は小汚ないベッドで死んだように眠っていた。


「ったく、結局僕が世話をすることになるんだよなぁ。馬鹿が起きる前に片付けるか、これ。」


まずは何から片付けるべきか。やはり食品だろう。中には惣菜もあり、彼の好きな唐揚げも含まれている。こういったものは杖にそのまま収納もできないし、そも新調した杖にそんな機能はない。あんな便利な魔法は日用品専用の杖のみに内蔵された特別魔法であり、戦いに特化した魔法使いはそんなものは不要だと、自ら魔法が記された本を捨てている。

まさか先代たちが破棄した魔法を、今になって必要とする日が訪れるとは、夢にも思わなかった。恨み言を吐きながらも、過去に捨てたものが戻ってくることはないというのは誰よりも理解している。

そう、あの日試験と称して、賢者と戦わされた日から。ゲンエイの信頼、怒りや嫉妬が入り雑じったようなあの漆黒の瞳と言動。太陽の光に濡れた父の金髪のセミロング。そして、どろどろとした赤い何か。

あの日から彼は敬いも、絆も、心も、何もかもを捨てた。目的がないから適当に「心を取り戻したい」なんて言ってみたものの、本当は取り戻せないことも、誰に言われずとも理解している。しかしもし魔法のように手遅れではなく、今からでも取り戻せるものがあるのならと、そう考えてしまう。


「どうせ僕は、師の記憶すら取り戻せない。いや、取り戻したところでどうなんだ?あの自殺願望女を野放しにしろと?............」


本当に中途半端だな、僕は。

しかし自暴自棄になるということもなく、理愛子が起き上がるまでには部屋は綺麗に片付いていた。理愛子は閉じていた瞼を擦り、特に痛みを訴えることもなくソファーで本を読むツキミを見て、安心したのだろう。


「おはようございます、ツキミさん。」


かつてはゲンエイにしか向けなかったとされる、女神を思わせるような優しい微笑みをツキミに向けた。


「おはよう、理愛子。明日には発つから、今日は買いすぎた食材を消費するぞ。覚悟しておけ。」

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