幕間/帝都歴10002年2月、私は自殺を選んだ
私たちは基本、他者のことは特に何も考えていない。死んでしまうのなら仕方ないと思うし、それが私の手で起きたことだとしても、天寿を全うしただけだと言い逃れするような、我ながら酷い人物だと思う。
教え子に親しい人なんて認識でいられるのは、正直困ったものだ。暇潰しに魔法を教えてやっているだけで、飽きたら昔のように幻永に愛されるだけの日々を送る。そんな日々を望んでいたというのに、そのはずなのに、私はただの他人に肩入れしていたらしい。彼の心臓が貫かれたときは、運の悪いことだ............なんて思っていたのに。
「真島、なのか?」
私は懐かしい影を見た。あの日、共に旅をした兄の姿。他の魔法使いのような性格の悪さだが、最終的には同居人として馴染むようになった兄。いつだったかは忘れてしまったが、宿屋で目が覚めたら兄の姿は消えていた。血に染まった客室だけを残して、彼は消えてしまった。その彼が、教え子を助けるためなのか再び現れた。
しかし周囲にはそれがただの化物に見えたのだろう。彼を彼だと認識できたのは、私だけ。そう認識するまでに多少の時間は要したものの、普段と変わらない声で本物の真島だと認識した。
本当はもう少し長く話したかったけれど我慢して、彼にだけ聞こえるように、口だけを動かした。
『元気でね。』
今日まで何かを耐えてきたらしい彼に、これ以上の無理を強いることもないように。どうせなら誰かの中でしばらくの眠りについた方がいいだろうと、私は彼に"許可"を与えた。
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それからしばらくして、あの戦いが終わってからの話だ。どうやら私は不老不死という最大の魔法を解かれたらしく、限界を迎えていた体は一気に崩壊を迎えた。心臓を刺されただけで私は死んだ。私の死を以て、幻永が頼んだ通りに事を運べるのならいいのだが、これではあまりにも不完全。幻永も準備が整っていない。
そう思って私はすぐに保険として用意した人の体でその命を繋ぎ止め、すぐに彼らのいる場所へと駆け出した。しかしその時にはもう既に遅く、幻永は臓物が溢れてしまいそうなほどの重傷を負っていた。教え子は首が落ちていたらしいが、そんなことはどうでもいい。
幻永であれば、神にすら打ち勝てるはず。最低でも時間稼ぎをしながら逃げるぐらいは。星羅から何があったかを聞かされても、やはり納得はいかなかった。
資格を与えられなかったから攻撃もできなかった、なんてふざけた理由。誰が納得できようか。
「幻永は、大丈夫、だよね?」
「............その喋り方も本当に懐かしいな。最初は敬語、次に少し砕けて、最終的には男らしい」
「大丈夫なんだよね!?」
「そう焦るな。あの馬鹿の生命力は、お前が一番分かっているだろ?それに俺たちは不死だ。長生きした馬鹿ほど、人の命を踏みにじってでも生きようとする。あの馬鹿もその一人だ。お前のためなら、明日にはひょっこり戻ってくるんじゃねぇか?」
それでも彼が生きていると知って、そのまま病院に運ばれたときは安堵した。彼からあの日の出来事全てを聞いて、私なりに納得できればいいと思ったから。その後なんて考えていない。教え子が生きようが死のうがどうでもいい、幻永が生きてくれるのなら。
そう思っていたのに。
「幻永もナーサリーもツキミも、二ヶ月眠りっぱなしだな。お前、一睡もしてないだろ。その体には睡眠も食事も必要ってのはお前が分かってるんじゃないのか?」
「知っている。」
「なら寝ろ。ったく............自分から教え子を突き放しておいて、いざ起きなくなったら心配するとはな。まさか冷酷な魔法使いでも演じた気になっていたのか?悪いが、俺からすればそうは見えない。お前はちゃんと人間だよ。いい意味で、な。」
彼らが起きなくなった。たかがその程度のことで、私が動揺している?幻永とナーサリーなら分かるが、どうして教え子の病室にも顔を出している?
「お前、昨日大丈夫だったか?自殺方法が載ってるような本を読んで............はぁ?幻永がいない世界が怖い?お前がそんな弱音を吐くことになるとはな。俺も俺でひどい顔をしてはいるが、幻永の代わりにならなれるぜ。辛いときはまた抱いてやるよ。普通に相談も聞くけども。」
星羅の直接的というか、遠回しのような曖昧な心配も、次の日には頭から抜けていた。教え子が目覚めた朝のこともよく覚えていない。
気付いたらロープやら睡眠薬やら、様々な自殺道具を購入していた。見せびらかしていた気はないのだが、それを手に私は帝都をふらついていたらしい。自分の顔なんて見ていないが、たぶん酷い顔だっただろう。何せ数日前は幻永の病室で泣きじゃくり、それからも不眠で彼の仕事を代わりにやっていたものだから。
「(ただ、そんな日々に疲れてしまっただけ。曖昧な自分の在り方に疲れてしまっただけ。平穏を過ごせないのなら、神すら殺せないのなら、自分の在り方を貫けないのなら。)」
そう思った頃には、私はとあるビルに訪れていた。何階あるかは忘れたが、このビルは全階層が水族館というとんでもない場所らしい。この場所の開発には幻永たちも関わっているようで、今は絶滅した西暦に存在した魚たちを展示しているようだ。作り物ではないらしく、停滞したはずの世の中で必死に研究を続けた人間たちの成果から産み出された、本物の魚が泳いでいる。
彼らは自由な生き物だ。
それが少し、羨ましく思えた。ああ、言える。今から行うのはただの思い付きだ。魚のように自由に泳ぐことは叶わずとも、同じく自由を手にしている鳥のように羽ばたけたならいいな、なんてメルヘンチックな考え。そんな考えから、私はビルの窓を突き破って六階から身を投げた。
瞬間、脳裏に過るのは昔の出来事。喧嘩ばかり、怪我ばかり、酷い人生の中で最も美しかった光景。私を含んだ五人の魔法使いと、一番愛していた子供。その六人の食卓だ。
カレーを横取りしようとする星羅。それを殴って止める乱暴なナーサリー。テレビを眺める真島。初めてのカレーに興味津々なリッパー。いつも通りおかわりしてばっかりの幻永。それを眺めながら、カレーをたくさん作る私。
「あ、昔は幸せだったな。」
今は、
............今は、不幸せだ。慣れないことをしてしまった。これは自分の生き方をまっすぐ決めることができなかった罰だ。だからたった一回の思い付きでこんなことをしてしまったのだろう。
どうせならこのまま、何もかもを忘れて昔の思い出に浸りたいものだ。そう願いながら、私は真っ逆さまに地面に落ちた。
それからは、意識が途切れるまでは特に何も覚えていない。すべてに霞がかかっていくような感覚だけがあった。




