幕間/かくして星は巡り会い、朽ちる
西暦20■■年、■月■日。月見幻永が日本に帰国したのは夜中のことだったが、就寝時間にも関わらず街は賑わっている。帰りたがる子供を連れ回す親、喧嘩別れのカップルなどと、目に映るものはどれもこれも嫌なものばかり。
この時の幻永は、英国にてイザナミの戦争での処理が決まった直後で気分も悪かった。女に言い寄られても、いつものように「婚約者がいるので」なんて言えるわけもない。戦争の道具として使用される前に、戦争を終わらせてさらに時間を延ばさなければいけないのだ。そうでなければ、まだ一人で彼女を守るほどの力すら得られないと。充分に強い彼はそう考えていた。
しかし考えすぎるのも人の体には毒というもの。たまには甘味だったり、男らしくラーメン十杯でも食おうかと悩みながら街中を歩くと、通り過ぎようとしたラーメン屋から一人の女性の泣き声が響いてくる。
「だっで............どうせ私のことなんかどうでもいいんですよ!?じゃあ死んだ方がマシです!あなただってさっきまで、私を置いてどっかに行ってましたよね!?」
「買い物ですけど............」
「買い物ならなんで何も持ってないんですか!?そもそもあなた、今日は私が財布持ちでしたよね!?ほら、やっぱり私なんて............!」
それが他人の痴話喧嘩なら放っておけた。どう聞いても今の会話内容は、人間関係に悩む女性の嘆き。それを慰める友人?彼氏?の男。それならよかった、のだが。
幻永は他人のフリをして店内に入る。嘆く女性と男は、カウンター席で今も騒いでいるようだ。その深刻さと、下手に踏み込めば自殺モノと察した店員らは止めることさえできないらしい。幻永は彼らの会話をより聞き取れるようにと、同じくカウンター席に座る。もちろん三席の間を空けたのだが、どうやら近くに座らずとも彼らの会話はよく聞き取れるようだ。
「(本当なら見捨てたいんだけどな。僕、婚約者以外の女には興味ないし。)」
「その人の名前は結局なに!?年齢は!?身長は!?職業は!?まさかまた魔法使い、なんて馬鹿なことを言う訳じゃないですよね!?私信じていませんから!!!」
「いや、理愛子様がお使いになられてるのも魔法ですが」
「人は誰でも生きてれば炎だって扱えるって言ったのはお兄様ですよね!?」
ヒステリック女の特徴に綺麗に当てはまる彼女こそ、月見幻永の婚約者である月見理愛子なのだ。
彼女はそもそも幻永に出会ってすらいない。現在は幼少の頃より、人格などの問題を矯正するために、日本のとある山中の小屋に送られてしまった。そこで使用人らと静かな生活を送っており、彼が戻ってくるまでの代理として、現在まで月見当主の座は月見理愛子が預かっている。
二人の両親となる老夫婦も数年前に亡くなっている。今や彼女の傍らにいる、自分と唯一連絡を取っている彼のみが自分の情報を渡せる唯一の人物だ。しかし、今ここで彼女と関わろうものなら、例の約束を破ることにも繋がる。
月見理愛子と接触すれば、処分を早める。今回の件も彼女と接触したかもしれないというだけで、起きてしまったことだ。あらゆる場面において手詰まりだった彼でも、せめて近くから見守るぐらいは許されると思い、こうして見守っているのだが。
「もういいです!私、一人で帰りますから!ついてきたら殺しますからね!?こう............ズガーンって!!」
「語彙力はどこに置いてきたのやら............三十秒だけ待ちますよ。いいですか?これは私なりの最大許容なんです。五秒を三十秒にしただけでも、ありがたく思うことです。」
「(それはそれで長いと思うぞ、"真島"。)」
絶対ろくでもないことが起きる。そんな予感はしていたが、案の定彼女は一人で帰ってしまった。真島は三十秒待つと言いながらも、外に出た彼女から一切目を離さず、近くに座った幻永にも声をかけた。
話題はもちろん、英国にて魔法使いたちが決めてしまった処分の件について。
「申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに。ところで例の件は............」
「早くて来月だ。じゃ、僕は今のうちに彼女を追いかけてくる。............話しかけることすらできないのは、悔しいね。」
「そちらの件も、私一人にお任せください。戦場で兵士を殺すより、戦争を引き起こした国の神を殺すのが手っ取り早い。あっ、どうせなら仮拠点となっている英国の神でも殺しますか?なんかむしゃくしゃしますので。」
「(こいつを制御できない自分も悔しい。)」
結局その話題もすぐに終わり、幻永はすぐに理愛子の後を追った。幸いなことに彼女は一人の知らない男と会話していただけのようで、幻永も安堵の一息。
........................知らない男、会話内容。聞いてすぐに固まる。
「ホテル、ですか?............今日はあの馬鹿なお兄様とも関わりたくないですし、明日の朝食まで全部あなたの奢りなら。」
「本当かい!?お嬢ちゃん!なら早速ホテルに行こうか!男友達を二人待たせているから、早く行こうぜ!」
完全に騙されている。しかも男の顔は見知らぬ顔ではなく、テレビの内容を覚えている真面目な人間であれば、誰でも知っている顔だ。過去に一度だけ詐欺罪と脅迫罪で捕まった犯罪者なのだが、その手段とはターゲットを助けの届かない場所へ連れ込み、上手いこと丸め込んでは商品を購入させようとする卑劣なやり方。
それを断られたとて、場所が場所だ。到底人には言えないような手段でぼろ儲け、なんて話を聞いたことがある。しかし幻永はその足を動かせなかった。
「............今会ったら、僕一人じゃ、彼女を。」
それでも。
彼を引き留めていた最後の重荷を振り落とし、幻永は確かにその一歩を歩み出す。どうせ向こうに疑われ、一方的に話を進められるのなら。なりふり構わず彼女に会いに行くべきだと自分を叱りつけるように。
「すみません、その人から離れてもらえますか?」
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その出会いは唐突だった。多少強引ながらも、ホテルに泊めてくれるという優しい男に導かれるがままに、その手に触れようとしたとき。
「すみません、その人から離れてもらえますか?」
これまた親切な人だと思った。私が不親切な男に連れていかれそうになったと思っているのか、彼は鬼のような形相で男を睨んでいる。ちょっと睨みすぎじゃないかとも思ったが、その真剣な優しさに免じて、私は彼に大丈夫だと声をかけたのだが、
「大丈夫じゃないです!その男は過去、詐欺と脅迫の罪で逮捕された男ですよ!?懲役も終わり、刑務所から出てもまた懲りずに............!」
「チッ......!人様がせっかくいいカモを見つけたってのに、テメェは警察か!?」
「............その人の婚約者です。彼女に触れようものなら、その命尽きることでしょう。」
ご覧の通り。どうしてか私の婚約者と名乗ってくる。
圧倒的不審者と、黙ればいいのに自ら自白した犯罪者。こんなのに関わってはいられないと、私は二人の胸ぐらを掴み上げた。自分よりも体格のある、体重もあるであろう二人の男を。自分の目線よりも高く。どっちが犯罪者とか、どっちが正義とか、そんなものを見分けるよりかは手っ取り早い方法だ。
最近まで刑務所に入っていたらしい男は焦り始め、自称婚約者はだらだらと汗を流す。まあそんなことはどうでもいい。私にとっちゃ、どっちもどっちなのだ。
その後はもちろん、二人は警察に突き出した。自分から金を騙し取ろうとした男と、婚約者を名乗る不審者。兄のことなど無視して、すぐに一人で館に帰ったのを覚えている。
「(うん、今思えば嫌な出会いだった。次見かけたら殺そう。)」
重い扉を開く______ふと気付いたのは、昼には閉めたはずの鍵がどうしてか開いていることだ。兄が先に帰ってきているのかと思ったが、遠くから兄のでかい息切れが聞こえてくる。では、何故開いているのか?
............どうか私が忘れていたと、そんな結果であってほしいと願いながら、今度こそその扉を開く。残念なことに私の予感は当たってしまい、玄関ロビーには警察に突き出したはずの不審者が立っていた。
「あなた............本当に誰なんですか!?私に婚約者なんて方はいません!」
「............うん、迎えに来るのが遅くなったのは謝るよ。僕にも事情があった。でも、君の諦めたような嘆きを聞いてしまっては、変な男にもついていこうとする不用心さを目にしては、さすがの僕も隠れてはいられないと思ってね。理愛子、僕が怪しいと思うなら君のお兄様に聞いてみるといい。私の本当の主だって言ってくれるよ。」
「!?じゃあ............」
「僕は月見幻永。この月見家の正当な後継者にして、君の夫となる人だ。迎えに来たよ、理愛子。」
これが私と彼の、本当の馴れ初め。そして私が彼に初めて振るった暴力。だって当たり前でしょう?こいつの言葉を私なりに翻訳すると、
「三十年ぐらい待たせてごめんねー。まあ君って他に選択肢もないし?どうせだらだらと家で過ごすぐらいしかなかったんだろ?この僕が来たんだからもう安心だよ♡」
みたいな感じに聞こえたから。ともかく長く待たされた私はぶちキレて、彼を大泣きさせた覚えがある。後から追い付いたお兄様が大爆笑していた記憶も。
まさかこんな記憶が、私が死ぬ前に思い出すものとは思わなかったけれど。それほど大切で、嬉しかったのだろう。
ようやくあの日の少年が私を迎えに来てくれた。その事実が私には堪らなく嬉しかった。だから今日、崩れていく自身の体にも恐怖を感じることなく、ただ安らかに死ぬことができた。
........................死んだにしては、妙に夢が長い気がするが。人の死とは存外長いものなのだろう。不死の役目から解放された人間なんかは、特に。




