12話/帝都歴10001年12月、消費者への復讐
10000年より前から、ある魔女が存在した。
その魔女はあらゆる文化に触れてきた少女でもあった。少女が特に好んだものは、アニメやゲームといった2次元的存在。それも軽い程度だったが、彼女の好奇心をくすぐるには十分すぎた。特に彼女の興味を誘ったのは、童話である。
子供たちにとって親しみやすい存在であった童話が、2次元では恋愛作品やバトル作品に頻繁に扱われていた。童話の世界に迷い込んだ主人公が、イケメン化した童話の主人公と恋をするなんて馬鹿みたいな作品も存在したのだが、少女の切っ掛けはそんなものではなく。童話の主人公から脇役まで、様々なキャラクターが世界のために戦うという王道ゲームだ。
正直、物語は適当なのか、評判は低い。後の世でも黒歴史になるであろう、とにかく切って集めて貼ってみたような酷い作品だ。しかしテーマとしては悪くなく、当時魔法使いの在り方に疑問を抱いていた少女はこれを利用する他ないと考えた。
「うん、決めた。私はありきたりな特別な魔法じゃなく、私は自分が好んだものを使ってみたい。そうと決まれば、早速研究!帰ってからがすごく楽しみだなぁ!」
順当にいけば、彼女の魔法は人々を楽しませるためのものとして完成されたに違いない。そうはならなかった。運命は彼女の素直な性格を、ほんの少しだけ曲げてしまった。最初は目の前のことしか見えない純粋な一本道だったというのに、父と母に連れられ、神獣を処理する第一段階の見学をすることになった時の話だ。
「え?」
「あれは理愛子という少女だ。彼女は元々一般家庭の生まれだが、両親も多少は魔法を齧っていたようでな。我々の戦争の道具として扱ったが、こちらへの借金が募るどころか戦力としても役に立たない。そこで一家まとめて殺そうと決めたところ、両親は自殺。唯一生き残った少女も、月見が先に手中に収めたようだ。それで運命が変わるはずもないが。」
「違う、お父さん。なんであんなに小さな子が............それもまだ、小学一年生ぐらいの。なんで裸で、魔法陣に座らされているの?」
「封印の儀式に小細工はいらない。」
その心は虚無。かつての両親の名前だけを叫び、助けを求めた月見の夫婦は見て見ぬ振り。逃げようとする彼女の退路を塞ぐように、魔法陣を囲むようにして設置された蝋燭が障壁として機能する。魔法の腕が確かな者だけが立ち去りが可能とする障壁、一般人を逃がさないようにするには一番最適な魔法だろう。
それが当時は彼女たちの最大の壁だった。後に最強の魔女として知られた当時の少女は、周囲の反対を振り切って理愛子という少女を助けようとした。だがいくら立ち入ろうとしようが、障壁と周囲の魔法使いは少女の立ち入りを許さない。
「なんで!?あの子、すごく怖がっている!自分から望んだことじゃないって、誰が見てもハッキリ分かるよ!なんであの子を引き取った月見さんも庇わないの!?あなたたちが罰したかったのは、あの子の両親!娘は関係ないじゃない!!!」
すべてに阻まれ、結局少女が見たのは虚無。
誰も助けてくれない、訳もわからず道具呼ばわりされている、
「ただ、お父さんとお母さんの言う通りに、静かに生きたかった。」
理愛子の悲痛な言葉が、少女のこれからを曲げた。
............童話に限らず、物語とは素晴らしいものだ。昔はこんなものが娯楽になると思っていた人物も少なかっただろうに、今では人々の人生を彩る重要なものとして知られている。ただ一つ少女の怒りを買ったのは、生産するだけしといて飽きれば廃棄というやり方だ。
古くより伝わる童話は人類と共に生きてきたというのに、後世における物語は、どれもこれも人様の都合で生産されたものばかり。自分の立場が悪くなれば、真っ先にキャラクターを捨てるような人間もいた。会社のためにと仕方なく金に変換する者も。
どんな理由があれ生産された命には敬意を払うべきというのが、当時の少女の考え。その考えも大人社会を知ってからは変わりかけたが、それでも個人で責任を負える自分だけが、今の彼らを守る唯一の存在だと自ら言い聞かせた。
少女が魔女になる少し前に起きた出来事で、彼女の、ナーサリーの研究成果である魔法は仕上げを迎えた。西暦20■■年■月■日、日本国内にて魔法使いの話し合いが終わった後の話。当時は月見星羅の屋敷が魔法使いの総本山として扱われており、実力を兼ね備えた館の主でもある彼をトップとして扱っていた時期だ。
「あら、星羅。あの子の処理はまだ終わってないの?」
「これから日本の戦争に利用するつもりだが。全く、日本の神は恐れを知らんようだな。政治家を駒として扱うだけではなく、外敵になる可能性を持つ国を潰そうとする。そんな神には便利な道具だろ、あれは。」
「............そうね。」
「保護しようなんて考えるな。我々にとって不要なものは慎重に、確実に潰せ。過去の遺産をすべて破壊するまで止まるな。」
当時の星羅は月見理愛子、もとい月見イザナミの処分に肯定的な人物の一人。彼女を婚約者として扱っていた弟、月見幻永とは敵対関係にあり、幻永はある事情からイザナミとの再会を許されていなかった。
わざと月見イザナミの処分を言及することで、自分達はいつでもあれを殺せるという意思を示す。そうすることで敵の手の内が分かっていない幻永は、保護しようにもできない状況になってしまった。当時幻永の使用人であった末端の青年............真島が彼女の監視をしていたものの、状況の改善も悪化も起きない最中、彼女の耳に入ったのは魔法使いとか何の関連もないニュース。
その時だけは人の死も、水面下で繰り広げられた魔法使いの戦いも、すべてがどうでもよかった。
「収集された貴重な童話の資料が、すべて燃やされた............?それも故意で!?」
「ん?まだ童話なんて下らないものに執着していたのか。」
「これから私の魔法になるのだけれど!!!これだからクソガキは............」
「お前とたいして歳は変わらんだろうが。」
それは後に、彼女の魔法がそういうものだと確立させた事件。人々に愛され、子供たちの青春の一つとして記憶されたかもしれないものの資料が、無罪判決を下された一人の少年によって燃やされた。
少年は身内の作品が盗まれたから取り返しに来た、収集家と口論していたら、突然火が上がったと主張しており、外野も騒がぬうちにと童話の収集家は反論もむなしく窃盗犯として逮捕。少年はまだ十にも満たない幼子として、罰は下されなかった。そんな事件の概要も引っ掛かるものはあるが、当時の彼女にとって必要なのは一つだけ。
後日取引しようということで収集家の手元にあった、幻の童話の資料。その安否だ。
「私、行ってくる。」
「そう言うと思って、先に調査してきた。残念ながら、お前が探そうとしたまぼろしの童話とやらはどこにもない。火を放った真犯人なら見つけたが。」
「............誰?」
「さあな、名前は忘れた。殺して同じ目に遭わせたからな。奴の言い分は、たかが女風情が我々を越えようなど笑わせてくれる、と。時代遅れの差別主義者ってところだ。」
「__________は?」
彼女の希望は砕かれ、しかも貴重な資料が消えた理由が、ただの差別意識から生じたものだった。
結局収集家に下された判決は撤回された。少年の主張が同じく撤回されたからだ。身内は正式な取引で童話の資料を売り渡し、収集家は幻の童話を含めた貴重な資料すべてを、一人の女性に売るという取引を行った。前者の取引に関しては彼女、ナーサリーも関与している。
元よりその童話は、もちろん例の身内とやらが作家ではない。はるか昔に名乗ることもなかった無名の作家が書いた、気紛れな童話だ。しかしどんな小さなものでも収集したがるのが収集家というもの。
この童話には価値があるから、今すぐ収集家に見せなさいと言ったのがナーサリー。その言葉に仕方なく従ったのが身内。そうして行われた取引の結末が、これだ。
「............魔法使いのゴタゴタに巻き込んでしまった。その罪は償うわ。」
「罪なら俺が裁いた。お前はこれからも魔法の研究を」
「違う。私にとって、一般人なんかどうでもよかったの。あの子以外の一般人はただの塵よ、塵。」
「言い方............」
「生み出され、長い時を経て発見された童話。その童話が誰にも知られることなく消えてしまった事実が............辛い。だから罪を償うの。口も手も足もない彼らのために、これ以上彼らにとって悲しい事柄が起きないよう、私はこの魔法を復讐の象徴として仕上げてみせる。童話自らの手で、人間を殺す機会を与えるわ。」
以上が元魔女、賢者ナーサリーの魔法が完成するまでの事柄。
その事柄の間に挟まってしまった小さな菌が、今になって彼女を蝕む凶器となる。
________月見理愛子。
その少女の叫びは、童話と自然の悲鳴にそっくりだ。あの日、理不尽な理由で焼き捨てられた童話。炎が広がったことで巻き込まれてしまった草木、その亡骸を目にするだけの湖と空。そのすべてがあの日の儀式という名の悪夢と共鳴する。
........................帝都歴10001年、12月。自分達を殺してきた人間を、月見理愛子という人間を殺した者の子孫を、すべて焼き払う。彼女の復讐心が暴走する日が訪れた。




