ウィレム独白する
「お母さんっこなのね」
彼女は呟いた。
ちがうよ、そんなんじゃない。
「でもそういうところも好きだわ。話をしているとき、あなたすごく優しい顔をする」
そうだろうか。
俺には分からない。
「そうよ」
そうか。
そうかもしれない。
彼女は笑った。
やさしくやさしく。
とけるようだ、胸の中の冷たいものが。
もしこの笑みが、本当に俺に向いていたならよかった。
いや、そうだったんだろう。
でも、そう信じるには時間が足りなかったんだ。きっと。
第7話 ウィレム独白する
目を開けると、木の天井が見えた。
あぁ‥‥。
柔い光が窓から差し込んでいる。
もう朝がきたらしい。
身体を伸ばして起き上がると、完全に目が覚めてから簡単に柔軟をした。
何か夢をみていた様な気がしたが、眠りの名残が残っているだけで、覚えてはいなかった。
いつもの、シャツに白いスカーフにベスト。その上に明るい色の上着。同色のパンタロンに焦げ茶のブーツ。
あとはまぁ適当に髪を結べば出来上がりだ。
向こうにいた頃はこれからワックス使って鏡とにらめっこしていたが、今はもうそんな必要もないし、物もない。
そのかわりに香水のガラス瓶を手に取る。
俺も大人になったのだろうかと思うと、少しおかしい。
そうして、実際はただのリセッシュに近いスプレーをふりかけて、昨日あった淑女のことを思い出した。
白い肌。赤い髪。甘い香りがしそうで‥‥
それだけ思い起こした後、記憶の中の彼女は、ニヤリと凶悪に笑った。
うん。さ、もう朝食を食べに行こう。
ぶるぶると頭を振ると、部屋を出る。
居間に行くと、もう朝飯の用意はほぼ出来ているようだった。
「あら、おはよ、ウィレム。今日はちょっと寝坊助さんね」
「おはよ。悪いな、一回起きたんだが、寒くってな」
家は他と違って、料理は二人の協同作業だ。この他の家事を任せてしまってるだけに、調理や食事の準備ぐらいは俺も手伝う。
ユネルもそれを喜んでいてくれるらしくて、今では一緒に作るのを楽しむようになった。
「ふふ、いいよ。よ―し、ちょうど出来上がったわ。お召し上がりになって?」
「これはどうも、ご丁寧に。では私めがポトリをおつぎしましょうか」
「ええ、いただくわ‥‥ぷっ、あはは!」
「はははっさ、食おうぜ。俺もう腹減って腹減って‥」
「ふふっそうね。じゃあ今日も一日を迎えられることを感謝して‥」
「「ミトラに誓って」」
***
腹ごしらえをした後は、さっそく工房に入って時計の構想を練ることにした。勿論、ホルスの話にあった選定会に出すものだ。
厚めの扉を開けると、物が密集した小さな部屋。
工房は店の入口から直接入って来れるようになっていて、狭い部屋だが、必要な機材は揃っていて、客が入って商品を見れるくらいのスペースはある。土っぽい空気感が不思議な感じだ。
俺は光の入ってくる窓側に置いた、巨大な机に向かう。
引き出しはなく、代わりに隣に棚がおいてある。
机の上には、水の入ったガラスの球体がでんとあって、これは夜とか薄暗い日なんかに良好な照明を確保するための物だ。水が光に反射して光量が増えるし、夜には中に魔法で光を入れたりもする。電気のないこの世界の、電灯代わりみたいなものか。
「おしっ!」
思いっきり頬を叩くと、気分を入れ替える。
今回作る時計は今までで一番いい品になるだろう。ミトラの色である白を思わせる銀色のフォルムに、宝石を散りばめて。思わず王女も唸ってしまう程の、とびっきりの品を作るのだ。
もう上着は脱いで作業着をはおっている。
ゼンマイも振り子も歯車も、必要な物は棚の中に。
イメージは頭の中に。
受けていた依頼は爺さんに回してやろう。
資金はある。
準備は万全だ。
出来ないことはない。
だが、失敗は許されない。
今までの全てがかかっているのだ。
祭典まであと二か月。
王都に行くまでに半月かかる。
時間は、ないのだ。
***
「んんっ――――、はぁっ‥‥‥もうこんな時間か」
工房内の時計をみると、もうすでに夜も深い、深夜といってもいい時間だった。
いつのまにこんなに立ったのか‥‥
カウンター上の扉を閉めて、鍵をかけた所までは覚えているんだが。
光水球の中には、既に青白い光が踊っていて、部屋をゆらゆらと照らしていた。
机の上のスケッチ―ラフからかなり細かく描いたものまで―を適当に片付け、作っていた内部の基礎組みを丁寧にしまう。
あとはもう明日やればいいだろう。
ユネルには今日はこもると言ってあったので、気を利かせて声をかけないでいてくれたのだろう。
腹がかなりすいているが、それよりは早く寝たい気持ちが強い。
「うっわ、いってぇ~、こりゃ筋肉痛になるぜ」
首筋が重く、動かすと肩と背中がバキバキとなった。
「‥‥はぁ。今日はもう寝るか」