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ホルス襲来する 2月4日改

第五話 ホルス襲来する

すっかり暗くなった町を、ウィレムは歩いていた。

あの後市場によってから少女といつも通りに朝食を終えると、そのあとはいつも通りにすぐに仕事を始めた。

ユネルは家事を、ウィレムは自宅にある工房で時計作りに取りかかるのだ。

彼の職は時計師であり、今でもたまに教えを請うことはあるにせよ、彼の師であるタイラーからは数年前に独立している。

今は依頼された仕事、専ら時計の修理をこなしている。

が、こういった依頼は時折舞い込む程度なので、

彼の日課といったら大抵、自分の想像のままに創作時計を作ることだった。

実際、彼の作る風変わりな意匠の精緻な時計は、旅人や貴族相手の商人に結構好評だった。

彼の店はこの片田舎にしてはそれなりに有名で、2人が一年働かなくても普通に生活出来る程度には繁盛している。

そして今は1日のノルマをなんとか達成して、すっかり日も落ちた夜もこれからという時間である。

クエルツのような工芸品を売って成り立つような小さな町でも、夜になるとそこそこ危険なのであるが、彼は特に気にする風もなく歩いていた。

騒ぎ声が、どこからか風に乗って聞こえてくる。


ゆっくりと、しかし不自然に思われないぐらいの早さで足を進めていく。

(‥‥そろそろか)

俺がまた一つうす暗い脇道を通り過ぎようとした時、妙な寒気を感じた。

なんでもないようにそこに目を向けると、その路地の奥には灰色のローブらしきものを着込んだ奴が立っている。

その姿は夜の暗闇に完全に溶け込んでおり、俺でなければ見つけられなかっただろう。

どこまで彼女が知っているのか、俺は知らない。

ソレは全く存在感を感じさせることなく、路地の奥へと消えていった。

その後に、俺もそちらに足先を向けて歩いていく。

見失うなどということは考えない。

あの手の気配は、その気がなくても手に取るように分かるからだ。

この世界に来るまで、こんな忍者まがいのことが出来るようになるとは毛ほども思ってもいなかったが。

幾つめかの角を曲がっとき、ソレはぴたりと足を止めた。

と、次の瞬間、

ソレを中心に風が巻き起こり、ボコボコとローブが膨らむ。

と思ったら、一瞬あとにはパサリと地面に落ちていた。

ソレが立っていたところには、もちろんそのローブだけしか残っていない。

事の顛末を見やっていると、女性の、透き通った落ち着いた声が聞こえた。

「つまらないのぅ、眉一つ動かさないのだから。脅かしようのない男よ」


女が一人、灯りのない路地の真ん中に立っていた。

高くブーツを鳴らして、その姿は光に照らされ現れる。

見る者全て、目を奪われずにはいられないだろう。

繊細な造りの顔には一筋の影が落ちており、彼女の歩みと共にその端正な顔に美しい光陰をつくった。

カツ、とブーツが石畳を叩く。

(何度見ても、こればかりは慣れねぇ)

それほどまでに、彼女は鮮烈だった。

白い肌に、紅色のくくられた長い髪。

純白のドレス。

黒い足までのマントで、豊満な肉体は隠されている。

成熟した色香に、男性的な溌剌とした雰囲気が異質な感じがしたが、そのあべこべさがまた妖しげだった。

目の眩むような気分だったが、彼女の何よりも特徴的な紅い瞳を見据える。

その瞳は、鋭く、強い。

飲まれてはいけない。

グ、と気を引き締めて、その瞳を見返した。

女の名は、ホルス。

ホルスティウル・アレキサンドラ・ハウトフェルトという。

「‥毎回同じことを繰り返していては、こちらも慣れるものですよ。それで、今回はなんのご用でしょうか?」

「そうだったか?なぁに、友と会うのに理由がいるかの」

くすり、と彼女が笑った。

俺は、心の中で鼻で笑った。

先程のローブ―彼女の使い魔のもの―が落ちている場所の奥に、暗がりの中馬車が待機しているのが見えた。

ここまで人目を気にしておいて、何を言っているんだか。

俺と彼女は友などという馬鹿げたものではなく、利用し利用される、そういう関係だ。

彼女も分かって言っているのだろうが。

「それは光栄。まぁ、とりあえず移動するとしましょう。後ろの馬車でいいんでしょう?寒さは身に堪える」

「ふふ、それもそうだの。行こうか‥‥今日は朗報がある、楽しみにしておれ」

思わず眉をしかめた。

「朗報?」

「そうよ。お主にとっては、だがな」

※※※

おそらく一人のために造られたのだろうこの馬車は、俺達が乗ってもあと5人は乗れる広さがあった。

恐らく最上級なのだろう。

材木や生地に質の良さを感じる。

昔の便利な暮らしと違った高級感はあるにせよ、見慣れているといえば見慣れているので(テレビとか海外旅行先とかで)別にこれといって物怖じすることはない。

馬車が音を立てて走り出した。

柔らかなクッションに座り込むと、

「それで、朗報ってのは何ですか」

「そうせっつくでない。久方ぶりの逢瀬だというのに‥‥‥つれないんだからっ」

「キモイ」

「瞬殺!?‥‥躊躇ないの、お主‥」

「それで何ですか」

「お主な‥‥まぁいいわ。ついでにその気色悪いしゃべり方もいい加減やめぃ。怖気が走るわ」

ホルスがファ―‥扇ごしにジト目で睨んだ。

「そうか?悪いな」

大げさに首をすくめてみせる。

「でもさ、他の奴らの前でアンタを呼び捨てにするわけにもいかねぇじゃん。ホルス」

「ふん!おぬしが敬語を使うことほど似合わぬ事はないわ。敬う気もないくせに」

「そんなこたないぜ。ホルス様様ってな」

ふん、と鼻を鳴らすと、ホルスはばさりと扇を仰いだ。

その長い足を組み替えて、

「戯れはここまでとして、だ。朗報といったの、ウィレム」

鋭い瞳を光らせた。

それに思わず背筋がのびる。

「あぁ。そう聞いた」

バチンと、ホルスは扇で窓枠を叩いた。

「今度、首都で聖誕祭が開かれるのは知っているか」

「あぁ。この国の国教会の神の誕生祭だろ。知らない奴はいない」

「ではクリソべリルの聖血は?」

胸の内で何かがわなないた。

「聖誕祭で納められる主への捧げ物だろ。あの祭りのメインとなる儀式だ。一般人の参加はできないが」

「そう。主の誕生と我らの生を祝う貢ぎ物。5日ある祭典の最終日、王族と聖属国の司祭たちが集い、王宮で行われる密儀にて主へと捧げられる」

「‥‥‥それが?」

口元を隠している扇から楽しげな笑いがもれた。

「その国一番の儀で使用される宝物が、盗まれたといったら?」

彼女の言葉に、思わず身を乗り出しそうになった。

「本当か」

「くくっ真よ!きゃつら、せっかく1年もかけて選定したものをまんまと盗まれおったのよ!阿呆どもが、気を抜いておるからこのようなことになるのじゃ!」

ホルスはもはや隠すことなく、大口を開けて笑い転げていた。

服装はともかく、淑女然とした見た目からは程遠い笑い方だ。

だが、そのどこか狂気のはらんだ笑みが、彼女の彼女らしいところでもあった。

目の前のそれに思うこともあったが、特にふれたくはない。

「今年の聖血は、確か首飾りだったはずだろ‥‥おい!」

「ふふ、ふふふふっあははははっ!すまんな、こればかりは‥‥そうじゃ!それが何者かに奪われたらしい。首都への輸送中だったらしいが」

「その何者かについて情報は」

「犯人はその付近の街を根城にしておった盗賊とされておる。輸送には当然王宮騎士による護衛があったはずじゃがの‥‥ぷふ」

またツボにはまったらしいホルスに、ぴくりとこめかみがひくついた。

が、どうにか押さえ込む。

そんなことよりも今は話の続きだ。

「‥‥で?」

「‥‥!ま、まぁ、普通に考えて一介の盗賊がかなう相手ではない。すぐに取り押さえられた。じゃがそのとき数人取り逃がしたらしい。そやつらの中に盗賊の頭がいたらしく、聖血の首飾りはそやつが持っていたという。その後必死になって捜索したらしいが、その残党も聖血も見つかることはなかった」

何故か引きつって喋りきった彼女を尻目に、頭の中で考えがめぐらす。

(盗賊‥‥王宮騎士相手に立ち回ることができるとなると、相当腕がありそうだ。逃げた頭‥‥聖血を盗んでどうする?大臣たちの手先‥いや、それこそ何のメリットもねぇ。何者だ‥‥)

頭を振った。

今考えても答えなんて出ない。

思考を強引に切り替えると、彼女に尋ねた。

「で、それはまだ話の序章だろ。それが俺になんの関係がある」

「関係などないわ。ただお主がこれを聞いたら、自ら関わりに行くに違いないと思ってな」

ニヤリと、ホルスは彼女らしい歪な笑みをうかべた。

「王都で今、誰もが認めるような素晴らしい宝物を作れる職人を募集しておるらしい。その名代に、誰が出てきておると思う?あの紅昴の姫君、べスティアよ」

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