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朝日昇る 2月4日改


鮮やかに色づいた梢から、また一枚、木の葉が落ちた。

枝箒で枯れ葉集めをしていた娘は、ふ、と白い息を吐いて、今日は寒いなぁと襟巻きに顔をうずめた。

賑やかな色をしていた木々は寒さに身持ちを固くして鈍くなり、少しグレーの入った朱色の葉を落としていった。

でこぼこのあった歩道も赤や緑、黄色で色とりどりに染め抜かれている。

家々の、黄土色のミンツの木で作られている屋根おおいと合わせれば、まさに秋という色会わせだった。

いつしか湿潤だった空気も、乾いた身の凍るようなものに変わっている。

ここクエルツの町にも、冬が訪れようとしていた。

第3話 朝日昇る


朝の静かな空気を残しながらも、凍えた太陽がようやくその力を発揮し始めた頃、やっとそこかしこの煙突から煙が上がり始めた。

この町の朝は遅いのだ。

未だ朝霧の余韻の残る町に、一人の少年が走っていく。

「湯が入ったよ――!暖かいお湯はどうだい!」

霜の走った落ち葉も何のその、慣れた風に駆けていく。

「タイラーの髭屋敷だよ――!熱いお湯が入ったよ―‥‥っと、ユネルのねーちゃん、白湯はどうだい」

少年は通り角の家の前で足を止めた。

まだ若い少女が、寒さに鼻の頭を赤くしながら木の葉集めをしている。

「あら、エイル。今日も早いね」

「まぁね。おいらのとこは早さが売りだからさ。ねーちゃんこそいっつも早いね」

そうかしら、と呟いて、もう習慣なのよと少女は言った。

素朴な少女だった。焦茶の髪に、碧の透ける薄い茶色の不思議な瞳をしていた。

この地域特有の白い肌に茶色が映えていて愛らしく、とりわけ美人というわけではないが、思わず話しかけたくなるような少女だった。

少年は訳知り顔でニヤリと笑って、

「そうかい。それより、いつものどうだい。ねーちゃんのきれいな手も、冷たい水じゃあ荒れちまうよ」

と言った。

「まぁ、上手なんだから。分かったわ、後で寄らせてもらうね」

まいどあり!

少女が笑ってそう言うと、少年は銅色のコイン――引き換え券のようなものだ――を放り投げ、あっという間にまた町通りを駆けていった。

あの少年のおべっかも、少女が仕方なさそうに頷くのも、いつもの朝のことだった。

小生意気な湯売りの少年は、この小さな町の目覚まし役でもあるので、街の至る所で同じような光景を目にすることができる。

ユネルは集めた木の葉をカゴに入れると、それを持って自らの家――通りの角の家――に入っていく。その家は商いもしていたので、正面からではなく側面がわの入口からだったが。

ユネルはカゴを暖炉の側に置き、ほんの一筋煙を上げている薪の周りに、木の葉を適当に敷き詰めた。こうしておけば、少し湿った木の葉でも、少しは薪が燃えるのを手伝ってくれることだろう。

(後はタイラーさんの所に言ってお湯を貰ってきて、その後は市場に行って朝ご飯作らないと)

ユネルがずれていた襟巻きをひっぱり上げて、また勝手口から出て行こうとしたとき、家の奥から声が響いた。

「ユネル?」

若い男性の声だった。

透き通った、魅力的な声だ。

少なくとも、ユネルはそう思っている。

「ウィレム。もう起きたの?」

キッチンの奥、寝室のドアが開いて、青年が歩いてきた。

背はあまり高くない。

金色の髪に、茶色の瞳をしており、誠実そうな、というよりは世慣れした、落ち着いた感じの青年だった。

「さっきね。なんとなく目が覚めちゃって。ユネルは今から爺さんとこ?」

「うん。あ、さっき声聞こえてた?」

ウィレムは苦笑いして頷いた。

「あの坊主の声はそこらじゅうから聞こえてくるからさ。聞こえないってのが無理な話さ」

彼はそういうと、ユネルの細い指から丸い硬貨を奪いとった。

「‥‥行ってくれるの?」

少女の問いに青年は頭を振った。

「いんや。一緒に行こうぜ。爺さんとこ行ってついでに買い物。どうだ?」

彼女を覗きこんでのその笑みに、ユネルは白い頬を赤く染めた。



ウィレムがこの町に来たのは7年前のことだった。

最初彼は名前を持たなかった。いや持ってはいたし、それに特に疑問も持たなかった。

だがそれもある日使えなくなった。それから彼は名の一つも持たずに旅をし、そしてこの町まで辿り着き、ここで暮らすようになった。

この名はその過程で必要に応じてつけてもらったものだ。

(色々あったな‥‥実に色々あった)

隣で跳ねながら笑う女の子を見て、ウィレムは振り返らずにはいられなかった。

しかし、あのときの自分にしてみればこのような生活をするなんて思いもしなかっただろう。最初からここの住人であったかのように町で生活し、理由があったとはいえ結婚するとは。

しかも、それなりに安定しているのだ。

「ねぇねぇ、そういえば知ってる?今度またホルス様がいらっしゃるって。この前来てた商人の人に聞いたの」

ユネルが深い茶色の髪を揺らして彼を仰いだ。

ホルスとはここらの一帯を治めるバウゼン子爵の配下の1人で、この町と、近くの村2つ3つの管理人兼相談役を勤めている。

彼は顔を一瞬険しくしかめた。

しかしすぐに、いつもどおりの、《ウィレム》の顔を作る。

彼は感情を隠すすべを良く心得ていた。

「‥そうなのか。前来たのっていつだ?この忙しい時期に、よく時間を作ってくださったものだ」

「ねぇ~偉いよねホルス様。またお店よってくださるかしら」

彼は曖昧に頷いたが、彼女は気にとめていないようだった。

彼女は気付いていなかったのだ。

いつものように彼女に優しく微笑みながらも、その瞳は鋭く冷たい色を宿していた。


(^w^)

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