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ギベルティア聖王国

ギベルティアを知っているかと聞かれて、首を振る者などいないだろう。

ただ、誇らしげに肯くか、気味悪そうに肯くか、憎らしげに肯くかの違いしかない。

どちらでもない者は、自分の平穏を信じて疑わないうつけか、この大国から遠く離れているかのどちらかだろう。

ギベルティア聖王国は、このクラスラチア大陸南西部に存在する緩い円形をした国で、名前の通り宗教国家である。

この国の中心部には上限の無いほどの背の高い、枝葉を広げた大樹が存在している。

この大樹、ミフル・ヤシュト〈真盟の大樹〉こそが、この国のシンボルにして、信仰の要、政治と宗教の中心地であった。

大樹を囲むようにして、丸い巨大なドーナツ型の建物が建てられている。この建物が王族や高位の長老たちの住居、つまり王宮であり、神域を守るバーケードとしての役割もはたしている。

また、王宮の四方には宮殿と連結するように四つの塔が建てられている。まるでミフル・ヤシュトの側に控えているようで、大樹を背にしてその権威を確かなものにしていた。

ギベルティアの人々は、大樹を崇めると共に、その契約の代行者である王族を称える。その影に、ミトラの守りを見いだすのだ。

ミトラは真理と契約の神である。

ミフル・ヤシュト〈真盟の大樹〉は、このギベルティア建国の王とミトラの契約の証なのだ。

当然国の中には亜流の他宗教も存在しているのだが、ここでは慎ましやかに生活するのが頭のいい選択だった。

宗教国家という割りにこの国は他宗教の存在も認めているが、それも他宗徒としてミトラと契約を交わした者しか入国できない。

だから、公にはこのギベルティアにはミトラを信仰していない者などいないのだ。

そしてこのギベルティアを囲むようにして、キリエ・グロリア・クレドの三国が存在する。キリエは東部、グロリアは北部、クレドは西部に面している国であり、南部には大運河の自然の防壁がある。

王宮に四つ塔があるのはこの三国をみたたてているからであり、この四つの国の結束を表している。

三国はもともとギベルディア建国王の臣下が作った国であり、同様にミトラ信仰が厚い。

このことから今でも主従関係が継続している。今となっては昔のことだろ?と言い切れないのが、ミフル・ヤシュトの求心力の高さであり、このギベルティアを大国と言わしめる所以だった。

と、長々と説明したところで、このようなお国事情は今はまだ、あまり関係はないだろう。

物語は、このギベルティア南部の小さな町、とある一角から始まる。

第10話 ギベルティア聖王国

町のセンター通りの一角に、一台の馬車が停まっていた。

馬車といっても、ひいているのはオオカミを進化させてたような、灰色の毛の獣だった。

2人は今、なんとか時計を造り終え、王都へ旅立つため荷物を馬車に運んでいる最中だった。

※※※

慎重に、恐る恐る小棚を運んでいく。

それでも下ろした瞬間ゴトリと音がした。

「げ。‥おいおい、大丈夫だよな?」

思わず小棚をさすってしまった。

よく見れば、下の角が少し欠けている。

「うっそだろまじかよ‥やっちまった‥‥」

「どうしたの?」

荷物を積んでいたユネルが、ひょいと顔をだした。

「いや、コレにいろいろ大事な物を入れてたんだが、ぶつけちゃってさぁ」

「‥中は無事だったんでしょ?角ですんで良かったじゃない」

「はぁ。まぁそれもそうか‥‥ぁ-ぁ‥」

「次から気をつければ大丈夫よ!外に出してあった荷物全部積んじゃったけど、もうこれで準備完了かな?」

そういう彼女は、毛皮のついたコートに厚手のスカート。ポニ―に結われた髪がさらりと揺れて、しっかり旅装スタイルだった。

それなりに可愛らしいが、俺にしてみれば彼女のこともそれはそれで頭痛の種だった。

(結局来るってきかなかったし‥今更言っても聞くわけねぇよなぁ‥)

まぁいい。

こうなったらもう勢いで王都まで行くしかない。

「‥そうするよ。じゃあ旅立つ準備はできてんな‥‥よしっ!忘れもんないよな?」

「うん!」

「うっし!あの2人は門のとこだよな。乗ってろよ!御者は俺がやる!」

そう言ってさっきまでの落ち込みようはどこへやら、走っていったウィレムを見てユネルは楽しそうに呟いた。

「‥‥張り切ってるなあ」

ガタンガタンと馬車は揺れる。

北門は、町の中心街をまっすぐ昇っていくと着く。

「あらウィレムさん!今日が出発なの?」

「兄ちゃん!またおもちゃ直してね」

「なんだなんだ、大所帯で。王都?ハッ、土産はベリアモール酒5樽でいいぜ」

通りをガタゴトと昇っている最中に、御者台はすっかり賑やかになってしまった。

果物から嗜好品、果てはよく分からない物までたくさんだ。

この町の人はなんだかんだ言って優しいので、こうも気にかけてもらえるとなんだか嬉しくなる。

そうこうしている内に、北門が見えてきた。

問題無く許可が下り、被っていた帽子を振って門兵に挨拶し、馬車を出発させる。

そこに、「おおぉぉい!」と大声で呼びかけがかかった。

この声はどうせ爺さんだろう。

手綱を引いてそちらに向かうと、そこには4人の男たちがいた。

そのうち2人はやっぱり知り合いだ。

ユネルが一目散に駆けていく。

「来てくれたんですねタイラーさん!エイルも!」

「あったりまえじゃん!」

「そうじゃよ。可愛い娘の旅立ちに、見送りに来ん親がおるかい」

「おじいさん‥‥」

「よ、じいさん。エイルも元気でやってるか?」

なんだか良いムードだったのに、タイラーはやっぱりタイラーだった。

「‥‥キサマ!何を聞いておった。今の儂とユネルちゃんの心温まる会話を聞いとらなんだのか!?空気読め!」

「うるせぇよ。自分で言うな」

「オイラは元気だよ!それにしてもびっくりしたぜ!このごろ全然会わないと思ったら王都へ行くって言うんだもん」

「何だよ、爺さん言ってなかったのか」

「ハン!不良が移るわ。エイル、お前はこんな兄弟子みたいになるんじゃないぞ」

「え―!オイラも行きてぇ―なぁ―」

「だめよエイル!子どもはちゃんとお留守番してなきゃなの!」

ぶくっとふてくされるエイルは素直すぎて、ちょっと笑ってしまった。

頭に手をおくと、豪快に撫で回す。

ついでに耳元で呟いた。

「俺のいない間、じいさんと町の皆を頼んだぜ」

「‥‥うんっ!オイラ、頑張るよ!」

「よしっなら大丈夫だな。んでそっちの2人がギルドの?」

「あぁ。半月は結構長い。よろしく頼むよ」

巨体の男が朗らかに肯いた。

「あっえっと、こちらこそ、よろしくお願いします」

彼らはこの町の傭兵ギルドから、旅の護衛に雇った者達だ。

この辺りは山脈が続いているだけあって、街道も森の中を走っている。盗賊も出るというから、馬車も護衛も前払いで借りたのだ。

こういうところ、日ごろ稼いどいて良かったと実感した。

「じゃあ俺たちはそろそろ行くか」

「‥そだね。タイラーさん、エイル、行ってくるね!」

「行ってらっしゃい!ユネル姉ちゃん、ウィレムの兄貴!」

「気をつけてな。危なくなったらコヤツを盾にして逃げるのじゃぞ」

「おい‥‥じゃあなエイル。爺さんもまぁ、潰れないように頑張れよ」

素早く馬車に乗り込もうとしたが、後背に爺さんの声が聞こえた。

「アレには儂も手を貸した。優勝せんかったら半殺しじゃ」

うるせぇ。言われなくても分かってる。

ユネルも遅れて乗り込んで、馬車はゆうやく町を後にすることになった。

徐々に町が離れていく。

感慨深いものがある。

ここは俺の、第二の古里だと言ってもいい土地だった。

ギルドの2人は、1人は御者台に、1人は騎獣に乗って併走していく。

ユネルが身を乗り出して手を振っていたが、それも直に見えなくなった。

馬車の騒がしい音も、ついには聞こえなくなった。

「行っちゃったね‥」

エイルは呟いた。

「‥ふん。騒がしいのが行って、せいせいしたわい」

※※※

相変わらず、馬車の揺れは止まらない。

簡素な夕食もとうにすませて、今は夜もすっかり更けた深夜だ。

俺としては暗くもなんともない道だが、彼らにとっては違う。

次の隣町まで行けばしっかりと整備された街道もあり、森を抜けるので、今日は夜通し車を走らせることにしたのだった。

どこかの首飾りみたいに、盗まれたなんてシャレにならない。

馬車の揺れる音は聞こえないが、この揺れと彼女の寝息が何故かことさら響いていた。

ユネルは、ずっと前に眠り込んでしまっている。

毛布が上下に動いているが、

寝相でずれて白い足が覗いてしまっていた。

これでわざとじゃないんだから、この子はすごい。

一息つくと、俺は毛布をかけ直してやった。

が、その腕を戻そうとした、まさにそのときだった。

(来た)


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