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94 ある名も残らぬ老人の願い①【カリュプスの備忘録】







「馬鹿な女だ……愛とか無形物を求めるから、無様に足元掬われて、破綻する」


 ラルシュは己の命が短いことを自覚していた。恋に盲目なる、監視対象者が懸命に婚約者を振り向かせようと必死で駆けずり回る姿は滑稽だと蔑んだ。


 突き飛ばされて床に這い蹲っても、手を差し伸べられない。


 涙を殺して、気丈に振る舞うけれども猛烈な執着や憎悪があの瞳に宿った氷すら溶けそうだ。そう、ラルシュは木陰の隅で彼女を見下ろした。


 セルリアーナ・エスメラルディ。侯爵家の息女であり、グランドル王国第二王子殿下と現在実質の婚約者。

 暫定であるが、他の有力候補を王国を支える魔力供給の六柱の中枢を担う絶対的立ち位置で、牽制出来る家格だ。


 そして、世にも珍しい魔力過多で、扱える人間は数少ない特大魔法を使える、究極なる軍事力を誇るセルリアーナは国益の一人だった。


 この監視対象者と王家の血を交配させれば、凄まじい才能を持った子供が誕生するだろう。その為の婚姻政策でもある。


 ラルシュはくだらない、と吐き捨てた。何が高潔な血と魔力保持者の血を混ぜれば優秀な子供が生まれ落ちるだの。


 そうやって出来上がったものが、如何に醜悪な物に変貌するか────ラルシュは身を以て体験している。


「カリュプスの力を王家が独占するのは、────家として遺憾だ」


 ラルシュはただ、その貴族令嬢が絶望し断罪される姿を傍観した。


 貴族家が収監される塔で、判決が下されるまで、彼女は「あの女が殿下を惑わせ、誑かした」「賎しい血を高潔な王家に混じらせて良いのか?!」と喚き散らしていた。

 勿論、魔力封じの腕輪があるので、脱走も破壊も不可能である。


 散々、血の気が引いた顔貌で真っ青な双眸は悲哀に満ちていたのが目を見張った。なぜか。


 ラルシュはこの眼を知っている。幼少期の惨めな自分と重なって、吐き気がした。同時に、酷く嫌悪した。


「建国後に犯した大罪の代価として、誓約が取り持たれたこの期に離反すると?」


 カリュプスは闇の眷属である。建国後に王国転覆を目論んだ貴族家が召喚し使役した、媒体。人間の理から外れた者の力を宿す代償として、己の身を喰らわせる契約が元にある。


 結果は王家を絶やすことは出来ず、未来永劫王家へ跪くこととなった。そんな陳腐な歴史下に、ラルシュは第三十四代目として多くの犠牲である先代達の屍の上で生かされていた。


「カリュプスを再生不可能なまでに殺す唯一の方法は────」


 生きる奴隷とも言える、王家の監視者。諜報から汚れ仕事まで手広く、影に潜み暗躍しようが決して他人には認識されない。


 認識阻害魔法は常に他者の視線を遮断させ、別の物に見えるように錯覚を起こしている。

 つまりカリュプスは王家や付随する王家に連なる者以外には、顔貌を晒さない。


 誰も彼を知らないのだ。どんな声で、どんな顔で話すかも「ラルシュ・ベンブルク」と言う人間はこの世界に記憶されない運命である。


「誰かに愛されたかった……」


 顔も素性も知らぬ、ただ居る記憶に残らぬ存在として死ぬのは必然であった。

 片隅にも残らぬ、思い出されぬ個性すら奪われたカリュプスの末路は、孤独に死ぬことがまるで義務付けられているかのように。


 散々と降り注ぐ雨の中、ラルシュは血を吐いて打ち付ける雨足の強さを、肌で受け止めた。無情にもこれが現実であり、祖先が犯した大罪を子孫が代償を払うのはあるがままである、と。


 胎内で幾ら代替えしようとも、血縁の濃さは薄まること無く露呈することを、ラルシュは死の間際で悟った。


「生きていても良いって、言われたかったのか……俺は」


 これはラルシュの用意された死だ。


 滑稽な死に方だ。ラルシュはそう吐き捨てた。他人の人生の節目ばかり見てきた黒眼は、幸福を映すことは無かった。


「カリュプスが滅べば、封印されし魔王の依代が消える」


 最期の言葉は、死を覚悟したセルリアーナが叫んだ物と同じだった。「アルベルノ殿下に愛されたかった」はゲーム内で命を散らす最期の瞬間にセルリアーナが嘆き息絶える場面の台詞と同じだ。


 ラルシュの過去、そしてこれから辿る末路。


語られなかったラルシュの道筋は、過酷であまりにも悲劇であった。


「俺は、何処にも行けない」







 これはゲーム内のラルシュ・ベンブルクの最期である。










「頼む、この老耄は一度たりとも御主に願ったりはしなかっただろう? せめて生まれて来る、まだ見ぬ子の側にいてくれないだろうか?」


 一人寝所に臥せる黒と白髪が混じった老人が、何も映らぬ目の前の景色に向かって声を発した。


 そこでカリュプスが反応する。


 第三十三代目カリュプスの器である老人は、病に臥していたのである。上質な広々とした部屋とは裏腹に、見舞い人の一人もおらず部屋付きの侍従すらぞんざいに扱うようだ。


『勝手なこと言いやがってクソジジイ』


「頼む、カリュプスよ」


『俺様がなーんで、そんな面倒事引き受けてやんなきゃなんねーんだよ!! ガキは特に嫌いなんだよ、御守りなんざ誰が受け入れるかっ!!』


 老人は生涯愛した女性も、子供もおらずカリュプスの器として使命を全うした。どんな汚れ仕事だろうと、不穏因子の排除を非公式で公式的な命令をこなし、結局寿命には抗えなかった。


 大した報酬も無く、国の礎の為にまるで過去犯した先祖の贖罪をさせられていることに不満すら感じたことはない。


 ただ、老人は悟ってしまった。


 新たなカリュプスの誕生の兆しを。世代交代が時期に行われる。そう、皺が深く刻まれ上手く動かなくなった身体が告げた事実を。




 ああなんて過酷であり孤独な道を歩ますのだ、と悲観したのだった。







カリュプスの備忘録②は本日続けて13時投稿致します。

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