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90 その赤い瞳だって好きよ、だって全部あなただから




 ラルシュが王家の監視者としての立場をかなぐり捨てても良いと、強い覚悟で救出に来たのは痛いくらい分かった。


 ベンブルク公爵家の跡継ぎ問題が、やけに賑やかで時に過激なことは風の噂で知っていた。二大公爵家の勢力は王家の威信にも響く。


「間に合わないかと、思った。危険な場所と分かっていようが、正義感の強いお前が飛び込むのを……知っていたのに」


 ましてや、ラルシュは男妾の息子であり、次期公爵家の正当なる跡継ぎは次男だと。矢継ぎ早に暗殺を謀略し仕掛けるのは、揺るがぬ盤石さを危惧してからか。


 ラルシュは公爵家において、複雑な立ち位置でもあった。より問題に火を油へ注ぐ行いは、避けるべきなのにセルリアーナの元へ危険を顧みず来たのだ。


「悪かった、お前を傷付けたかったわけじゃない……。公爵家の問題で、お前の命も狙われると思ったら……これ以上巻き込みたく────」


 振り向くと、涙に濡れたサファイアの瞳に映るのは、普段無表情の男が苦悶の顔をしている。ぐっと力強く抱き締められて、屈強な腕が男性だと意識させる。


「ラルシュ、様は……」


「危険な目に遭わせたく無かったんだ。遠去けたことで、返ってお前がこんな……いや、俺が全部悪い」


 ラルシュの不器用な優しさが、危険に晒したく無いから敢えて冷たく振る舞ったことなんか分かっていた。


 ただ心と身体が分離されたままだったので、厳禁な人間なのでセルリアーナは切実に言うラルシュが最愛の推しでもあった為、シリアス展開はどうも症に合わなかったらしい。


「あ、あの…………」


 顔が思わず綻んでしまい、セルリアーナは頬を紅潮させながらも幸福を噛み締めた。

 ラルシュが通常運転のセルリアーナに戻ったことで、安堵しながらも若干苛立った物言いで咎めた。


「……お前なあ。何にやついてるんだ、俺がどんなに! ああくそ、俺は本気で……ッ」


「この幸福を噛み締めたくてつい……うふふ」


「はあ、俺はなあ……」


「ごめんなさい、不貞腐れる演技は苦手ですのよ」


「どうして危なっかしいことばかりするんだ」


 ぐしゃぐしゃに髪を撫で回して、少し安堵する彼が愛しい。動揺したり、小さく笑ったりする彼を見ると此処はゲームでは無く現実なのだと。


「ふふ、あんなに焦ってる貴方を見られたのって新鮮ですわ」


「勘弁してくれ。大の男を揶揄うもんじゃないぞ」


「あら、ラルシュ様は成人なさった御方なのですね?」


「開き直って俺の素性をもう聞く時点で、お前の図太さには……」


 ベンブルク公爵家長子の情報は公の場でも、あまり出ない。それだけ公爵家にとってタブー視しているようだ。


 攻略本でも確かに、年齢だけは「???」と記載されていた。仮説的に恐らく二十代前半であることはセルリアーナも推測していたが。


 年齢なんて関係無い。張り裂けそうな心臓はとっくに元通りで、ラルシュの恋心だけが宿っている。


「いつもわたくしがピンチの時は助けてくれる、ヒーローみたい。ずっと、わたくしはただ……傍観されるだけの人間だったのに」


「俺の魔装と、この見てくれを見ても失神しない令嬢がいるなら儲けもんだ」


 そうか、また瞳が真っ赤だ。ブラックダイアモンドが、ルビーになっている。もう隠す様な素振りは、彼はしなかった。


 セルリアーナがラルシュの悲観的な個性を肯定し、何よりも愛していたからだ。


 ラルシュは魔装を解いて、瞬きを数回した。浅黒い赤が残存する双眸を怖がる者も多いだろうが、セルリアーナにとって「畏怖の対象」とは程遠かった。


「だって、黒だろうと真っ赤だろうと、貴方の心は美しいものよ。わたくし、知ってるもの。そんな貴方が好きなのですよ、ラルシュ様」


「……人を絆すのが得意ですこと、氷花の令嬢(レディー)


 跪き首を垂れるとラルシュはセルリアーナの手背に口付けを落とした。荘厳なる神聖な空気が流れ込む中で、セルリアーナはぶち壊す様にうぎゃあと変な声を出してしまう。


「ふぎゃッ」


 乾燥気味の唇が、皮膚に当たる感触が生々しい。騎士の誓いに似た、夢にまで見た光景はリアルに感じ取るとセルリアーナは混乱を来たす。


(ん? 流れで好きと言ってしまったよう…………な?)


「ララララルシュ様?! あの、……あのっ、ですねえ!」


「ん? 頬が煤で汚れているぞ」


 ハンカチでセルリアーナの薄汚れた頬を拭うラルシュは、特段言葉の意味を深く捉えていなかったようだ。


(あれ? 気付いてない? セ、セーフ? へ? え…………?)








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