86 その後描かれなかった彼女達と、救う者
「うわあああッ!! 火が回るぞ!!」
「早く逃げろ!! クソッ、金のなる大事な商品が……」
「いいから早く証拠隠滅しろ!! これがバレちゃあ俺達も消されるぞ!!」
「ああ……、こんな所で俺達は終わる訳にはいかねえんだよ……ッ」
火の手が回り始め、充満する煙の臭い。ゲホゲホと咳き込む女子達に頭を低くする様指示し、セルリアーナは魔力封じの腕輪の効力に苛まれた。
証拠隠滅とは、誘拐した令嬢達をどうするか目に見えていたからだ。魔法を使えぬセルリアーナは、物理攻撃以外の対処法が無い。
何とかして誘拐犯達が来る前に、この場から全員を誘導して逃さなければならないのだ。
誘拐犯が片付け忘れたコップを割り、硝子の欠片で縄を切る様にセルリアーナは促す。殆ど手足が自由になった彼女達にもう一度語り掛けた。
「皆さん、怖いのは分かります。しかし今こそ、自らの足で立ち上がらなければなりません」
「……エスメラルディ侯爵令嬢、貴女について行きます」
「わ、私も!! 皆様、此処に居ても何も解決しませんわ!!」
「そうですね、怖いけれど……ッ皆んなで此処を生きて出ましょう!!」
とっととヒロイン贔屓なゲームの恩寵からか、隣の部屋で微かに「これでアルベルノ様を待つだけ」と緩めの縄から抜け出すと、何処かへ行ってしまった。
足音が遠去かる。燃え広がる炎を前に、全員で力を合わせて鍵が掛かった部屋を抉じ開けようとした。
マイカが救出された後、セルリアーナが隣の部屋にいるのに誰も気が付かない。此処は誰も居なそうだとか声が聞こえているのに。
「お貴族様は最後に残しておいて大正解だった」
「処女は高く売れるんだよ。アンタがそう唆したんだろ?」
部屋にあった金品を取りに戻った屈強な誘拐犯の二人が、セルリアーナ達に気が付くと血走った目で高揚していた。まだ彼等は生き延びた後の、収益について考えている様だ。
「あ、ああ……ッ終わりよ、此処で私達火に焼かれるか、彼等に────」
慄いた彼女達を前に、セルリアーナは一歩を踏み締めた。
火柱が奥の部屋から出現して、室内は火の海である。天井から落下して来た焼け焦げた床の残骸に誘拐犯二人が見上げた。
瞬間、セルリアーナは一人の懐に飛び込んで、頭突きをお見舞いする。怯んだ一人を横目に、柔らかな体を駆使して体勢を低くし、足払いした。
くぐもった声を上げて大きな体が斜めに傾いたところ、セルリアーナは頭部目掛けて蹴りを入れようとしたが。
既事で右脹脛を掴まれた。ギリ、と肌に食い込む爪にセルリアーナは顔を顰めた。
この魔封じの腕輪さえ無ければ、窮地を切り抜けるなんて容易かったのに! と。
「てめえ……覚悟しておけよ、この俺の頭を────」
(いつだって、わたくしは……無力だわ)
そうセルリアーナは絶望の最中、捥げてしまいそうな足の骨がミシミシと軋む最中。
骨が砕けそうにしても、別のヒビ割れる何かの轟音に耳を疑った。
(────上から、なにか、が……)
すると、上から大きな影が伸びて、見知った気配に顔を上げた途端。禍々しい魔力の波長を感じ取った。
「オルト、ロス……?」
ピカっと放たれた閃光の弾丸が、貫いた。セルリアーナを掴む手が脱力した。断末魔の様な叫び声を上げて、のたうち回る男が床に転がっている。肩を射抜かれたのだ。
黒煙を纏った獣は、唸り声を上げて威圧した。
(あの人が、此処に来ている……!)
オルトロスを眷属としているのは、この世にたった一人の人間だけだ。
ラルシュがこの場におり、こんな大惨事な場面で双頭の狗を召喚したと言うことは「王家の監視者」に相応しく無い行いである。
王家の監視者は常に影に溶け込み、決して表舞台には出てはならない存在だ。
それなのに、セルリアーナの危機的状況下で最恐の切り札まで臆せず使う。あんなにも警告されたのに、セルリアーナはラルシュにただ嫌われ避けられている訳ではないと知った。
鬱陶しいくらい付き纏ったのに、まだラルシュはセルリアーナを気に掛けていたのだ。
「キャァアアアッ!! ば、け……もの……ッ」
多くの被害者達が頭を抱えて蹲る中、一人の少女だけが召喚された双頭の狗を見てや否や、後退りをした。
畏怖を助長させる、悍ましい化身の双頭の狗に誰しもが呼吸すら忘れそうになった。
「こんな、……ッこんなの! 聞いてないわよ!!!!」
「此処にもいるぞ!! 誘拐犯を逃すな!!!!」
先に救出されたのは、マイカだ。切羽詰まった鋭い声音が、騒がしい空気の中断片的に聞こえた。爆風と木材が燃え盛る音で、此方の助けを求める声は掻き消される。
(ああやっぱり……ッ! モブのことなんか容量上、一コマも出してやらない制作サイドの主張がキツいわ……!!)
続々と別室にいた令嬢達も保護される中で一人、恐怖のあまり逃げ出した女子をセルリアーナは追い掛ける。
パニックになって走り出したのかもしれない。セルリアーナは声を張り上げて、安心させようと声を掛けた。
「待って!! 助けが来たのよ、だから────」
魔力封じの腕輪がひんやりと冷たい。いや、体温が一気に下がる様な、冷や水をかけられた感覚に似ている。
土を踏み締めた足先が、緩やかに減速した。




