84 貴女が歩くフラグ回収って、非常識で常識なこと忘れていたわ
「誰か────ッ!! 誰か助けて────ッ!!!!」
(……例えば、こんな風に叫ぶ誰かのお陰でフラグが立つ、とか)
隣で金切り声を上げて大暴れするのは、恐らくマイカだ。聞き覚えのある甲高いトーンは嫌と言う程聞き呆れているので。
「いやよ!! こんなの聞いてないわよっ!! アルベルノ様ァア!!!!」
(────あの馬鹿女、殿下のファーストネーム出しやがったわ)
「ん? アルベルノって言や、グランドル王国第二王子のことか?」
(しかも秒速でバレたわ)
「おい、王家の紋章が刺繍されたハンカチが出てきたぞ!!」
「まさか……愛妾かあの女。それに、俺は聞いたことがあるぞ、氷の様に凍て付く瞳を持つ貴族家は国内随一の魔力保持者……」
(いや、いやいやいやいや……誤爆するにしても此方を巻き込まないで────)
「おいおい、この貴族令嬢……」
立て続けに正体が明かされるのは、気味が悪い体験だ。マイカの暴挙でセルリアーナを芋蔓式に窮地へ突き飛ばしたようだ。
(駄目だわ、全部台無しにしてくれたわね)
大きな溜息を吐きたくなり、セルリアーナは勢い良く振り向かれた監視役数人の鋭い視線から身の振る舞い方をより考えねばならなくなった。
「何黙ってんだよ、エスメラルディ侯爵家の娘」
「……あら、こんな簡単にネタバラシされては、貴方達の退屈凌ぎにはならなかったでしょう?」
「俺達をおちょくるのは、大概にすべきだぞ小娘」
「それはそれは失礼しましたわ。わたくしだって、我が身可愛さですもの……」
浅慮なマイカは役立たずだ。下手したらゲーム通り、正規ヒロインは確実に救出され、他のモブ要員達は情報皆無の闇に葬られる。
「乱暴にされては、商品価値が下がります。お手柔らかに、それこそ硝子細工を扱うくらい」
「はあ? それはこの野良女等にも同じこと言えんのかよ」
どう転んでも、おかしくはない。セルリアーナは特段正義感が強い方では無いけれど、被害者達が目の前にいる中で自分だけ助かろうとなんて微塵も考えてはいなかった。
寧ろ全員が無傷で脱出出来る手立てが無いか考えを張り巡らせていた。
「ヒィ……ッ!! 私達、これから見知らぬ男性を慰める……為に、売られるの?」
「御主人様達に精々可愛がってもらえるよう、媚びの一つくらい覚えておけよ? お気に召されなければ、鞭打ちに最悪処分ってことも有り得るからな!!」
「い、イヤァアアァアッ!!!!!!」
貴族令嬢の価値は素晴らしく高いだろう。それも良い値段が付く。
身代金請求に応じなければ、全くの手垢無しの気品ある上質な若い子女の買い手は幾らでもいる。涎を垂らして欲しがるケダモノは、どの時代にも存在するからだ。
しかし、それは商品に付加価値がある場合で、平民の少女達が捕縛されているならば比較対象として扱われるだろう。謂わば相場だ。
一般的な夜伽に呼べる奴隷の値段設定が、此処で確立される。
「それはわたくしが補填するわ」
「……なんだと? 交渉出来る立場でもないアンタが、口出しするんじゃねえ!」
「エスメラルディ侯爵家が、この場にいる者達の合算額を支払うのだから」
「はあ? 全員分の一千万ベルと、お前の身代金八千万ベルの九千万ベルを支払えるだけの金があんのかよ?」
ゲーム内での通貨ベルは円と同じく、そのまま換算される。よって九千万円一括支払いが出来るのかと問われたのだ。
(以前のセルリアーナならば、……いや。彼女は今やもうわたくし、なのだから……)
どれだけの財力があるかは不明だが、エスメラルディ侯爵家の財源は多いはず。
ましてやセルリアーナの身代金を支払うつもりであれば、幾らでも無限に出すであろう。親バカ以上に、娘溺愛の父が出し渋るとは到底思えない。
ゲーム内のセルリアーナは平民に一円たりとも出さなかっただろう。それは愛する婚約者アルベルノ殿下の寵愛を強奪した、泥棒猫ヒロインが平民であるからだ。
市井出身者を盲目が故に非道に家畜並みの扱いをして虐げるべく存在としなければ、心が保てなかった彼女である。
「────この侯爵令嬢である、わたくしが払えないとでも?」
相応しい愛の名の下に轟くタイトル『光の先に続く真愛』がいつだって、邪魔者を排除するのだから。




