83 絶対なる必要悪(きゅるん)誘拐イベント②
しかし免疫力低下や魔力枯渇等、身体に異常がある場合は抵抗力も比例する。
つまり、寝不足が原因で「甘い眠り」に対抗出来なかったのである。
(此処がアジトなのね……)
下卑た声音で舌舐めずりをする暴漢予備軍勢が、ナイフを研いだり、毟り取った戦利品の数々を並べて話している。
「その仕立ての良い服からして、上等な貴族の娘を攫えたな。金貨何枚になるんだろうな?」
「確かに、気の強そうな目をしているが、整った顔は高値が付いくかもしれねぇ」
古ぼけた廃屋の様な場所で監禁されたのは、セルリアーナだけでは無い。縄で縛られ涙を流す少女達が複数おり、不利的状況であるのは確かだった。
埃臭い。部屋は換気もされておらず管理も杜撰だ。外界情報を一切遮断し、出入り口は一つのみ。
「いや……うう、帰りたいよ……ッ」
「お父さん、お母さん……ッ怖いよお……!」
整理しよう。シクシクと啜り泣く少女達と此処から出る算段を思い付かなければ、マイカだけが難無く逃れるだろう。
ゲーム内では救出作戦でマイカは絶対助かるのだが、他の被害者達は数人が時既に遅しで出荷されていたのである。
報告書を読み上げながらアルベルノ殿下が、残りの被害者達の行方を追う様手筈を整えているだの、とにかく多くは語られていなかった。
(そんなのあんまり、あんまりよ!! なんでヒロインだけが百発百中助かって、その他被害者は蔑ろにされるわけっ?!)
つまり、マイカ以外の被害者は不特定多数がゲームの御都合主義で、全員助かるとは限らない。そう言うことである。
幸いにもセルリアーナは、魔力封じの腕輪だけだった。
足首には拘束具は無く、金属探知機の様な魔力感知装置でセルリアーナが「魔力持ちの貴族令嬢」であることは誘拐犯達に明らかになっていることだ。
「さあて、どんくらい吹っ掛けてやろうかなあ? 暫く遊んで暮らすには困らなそうだ」
「はは! それは良い! 身元は判明したか?」
「あー、今調査中だってば。待てよ、急かしたって楽しみは減らねえから」
「身元が判明したらお高く止まった御貴族様等に身代金要求しろ」
「へいへーい、分かってるって!」
これは交渉の余地はある。何せ、使える材料は惜しみ無く使わなければ最悪、悪役令嬢セルリアーナは海を渡って好事家や変態野郎に売られるのだから。
鼻息荒い野蛮な見張りの男が、セルリアーナの美しい髪を掴み引っ張り上げた。頭皮からブチっと何本か髪が抜ける。
痛みでセルリアーナが顔を顰めると、煙草を咥えたまま煙たい白い息を吹き掛けてきた。
「髪留め一つも宝石使った金目の物なんて、良い趣味してるぜ貴族令嬢様ってのは」
「上玉だな、お前。名前は?」
偽名を使うのも一つの手だが、身体検査は受けた後ならばリスキーでもある。万が一身元が分かる家紋入りのハンカチや小物があれば、より不利になるだろう。
貴族令嬢であることは認識されたが、家名まで公になれば未婚の令嬢ならば傷物扱いされる。誰もが悟らせたくない一心で、声を殺している。
「お触りは厳禁……と言いたいところですが、貴方達の取り分が減るのだから推奨しかねますわ」
「は?」
見張りの一人は顳顬に血管が怒張している。室内には三人おり、恐らく扉の外や敷地外にも何人か確固として金のなる木を囲っているだろう。
そう、セルリアーナは室内だけでも八人いるか弱い少女を守りながら見張りの男達を蹴散らすには武が悪い。何とか最低でも一人は減らしたいところだ。
「わたくし殿方とはまるっきりご縁が無くて。この身は綺麗なままです、神に誓って。それならば高値で買い取って下さる方に御奉仕したいのよ」
敢えて名前は出さずに、彼等の商売について関連付けてセルリアーナは話を逸らす。話題を素知らぬ顔で変えて、着眼すべきことを晦ます。
都合の悪いことは、論点をさらりと別の物に自然な流れで変えてしまうのも時間稼ぎや言及されぬ、なんてことも時として出来てしまう。
「貞淑を売りにするとは、随分と狡猾な女だぜ」
「まあ俺達は高く売り飛ばせるならそれで良い」
「これでありったけの飯と酒を買えるしな」
悪人が隠れるには良いお誂え向きなボロ小屋だ。
すると、嫌な予感がする。これはゲームで良く「フラグ」を立てた瞬間の、悟りにも似た感覚。




