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81 そっけなくても、今日も明日も気持ちは移り変わらない






「もしもし、ラルシュ様ー?」


 何度かラルシュに無視をされる。これも日常となってしまった。

 めげずに執拗に、セルリアーナは良く顔を合わせていた場所に足しげに通うのは誤解を解きたかったからだ。


「もしもーし? あら嫌ですわ……今日も発声練習になってしまいましたね……」


 習慣になったランチボックス、手料理の持参。全部がラルシュの為に始めたものが、今では愚行となってしまっていた。


「珍しいですわね、学食にいらっしゃるなんて」


「キャサリン様……。このランチボックスが目に入りませんの?」


「昼の鐘が鳴った瞬間に、一目散に姿を消される幻の華たる貴女様と! こうして昼食を共にさせて頂けるなど私は幸せ者ですわよ〜!」


 キャサリンがオペラ風に茶化してくれたのは、若干セルリアーナにとっては心の沈みを見破られた気がした。


「それにしても思い切った御提案なさりましたのは、少し驚きましたのよ? あの泥棒猫を貴族社会に引き上げて差し上げるなんて」


「わたくしは事実を申し上げたまでですわ。悪手だと言われましたけれど」


「……セルリアーナ様を変えた御方の御助言ですね」


「違います」


「うーん! 惜しいッ!! ツッコミが鋭くありませんわね」


「おやめ下さい、わたくしで揶揄うのは。この身に無相応であると気付き、あの御方を支えるのに相応しいキャサリン様を王子妃教育にまで押し上げたのですよ?」


「その辺は抜かり無く。商人上がりの侯爵家と陰口囁かれようとも、王子妃を輩出する第一歩に加担して下さったセルリアーナ様の意向に全面的に沿わせて頂きますもの御安心を」


「側妃でも正妃だろうと、あのひっつき虫がセットでも?」


「ひっつき……はい?」


「くっついたら離れぬ御方ですよキャサリン様」


 キャサリンに気分転換に学食を勧められて、セルリアーナは一人でランチを摂ることは無くなった。


(……もう、あの時間は帰って、来ないのね)


 監視者として仕事を遂行することに徹底されてからは、プレイヤーとしての知識は全く良い方向に転がってはくれなかった。


 サイコロの出目が最初から分かっていた頃とは違い、今は暗躍者特有の魔力残債すら残さない。だから以前と違って、追い掛けたり待ち伏せも出来なかった。


 そう考えたら、ラルシュは気が長かったかもしれない。


 十五回目に言い当ててからは、どうせ分かっているんだろうと学院を一望出来る御神木の六番目の太い枝で、良く居た。隠れても無駄に魔力を使うと素っ気なく言われたが、それでも嬉しかった。


 無視をされないということは、少なからず相手を認識してそれなりの配慮を鑑みているからだ。


(大丈夫、大丈夫……まだ以前よりはマシよ。野良猫がやっと懐いたと思ったら、人馴れが思う様に行かなくなるのだって良くあることでしょう)


 けれども今は、最早当てずっぽうだ。成功率は百パーセントから二十三%まで落ち込んで、確率統計云々の次元でもない。計算された隠蔽工作は、所詮言い当てられないのだから。


「お前のへらず口に付き合うほど暇じゃない」


「どうして? いつも降りて来てくださるのに」


「気分じゃあない」


「せ、先日、リクエストされたバケットもお持ちしましたのよ、あと採れたてのマスカットも」


「気が失せた」


 セルリアーナは眦にじわじわと涙が溜まって来たのを察した。


「嘘」


「俺が嘘を吐いて何か利になるか?」


「だって、この間! わたくしの不恰好なサンドウィッチを少し上達したなって褒めて下さったじゃないですか」


 いつもなら、降りて来てくれる。

 いつもなら、登りやすい所で待っていてくれる。


 なのに彼はセルリアーナを、もう目に映さない。


「わたくしが、執拗にラルシュ様のことを伺ったから」


 言及したのは、焦りからだ。堰き止められていた淑女としてのプライドは粉々に壊れて行く。

 貴族令嬢が声を荒げて、感情的に成り喚くなんてこの世の終わりにも近かった。


「わたくしが! 言いたくも無い過去を無理矢理こじ開けて、それで……ッ」


 過去を知られたくない人間も。素性を明かした瞬間に標的へなるリスクを考えたら、ぺらぺらと口軽く話せる内容でもない。


「どうして……」


「お前の……、その血の気が引く目が俺自身を見ているみたいで気味悪いんだよ」


 氷の様に冷たく、見ただけでも氷漬けにしそうな青い瞳が。本当は好きではなかったのだ。


「…………あ」


 差し出した、サンドウィッチの籠は力無くセルリアーナの懐へ帰って来た。


「これを返す。俺にはもう、必要は無い」


 しかしセルリアーナは呆然と、下唇を戦慄かせて眼を覆った。この冷たい双眸は、結局誰の心も雪解けには向かわない。


「そう、ですよね。わたくしの目は、心すら凍らせる、人為を超えた……禍々しい……」


 流れ込んで来る記憶の渦。セルリアーナが一番嫌う言葉を敢えて使うラルシュは、心変わりしないと意思表示をした。


「……話すことはない。暗躍者としての仕事を遂行させぬのならば、王家へ然るべく対応を為す」


「度重なる、無礼な振る舞いを……お許し、下さい」


「────たく、なかった」


「え────?」


 涙が落ちて行く。大きな風が草木を揺らして聞き取れずに、ラルシュは、去っていった。


 そうか、悪役令嬢はこうやって形成されるのか。

 誰かに無条件に愛されて肯定されたくて、自分の立場を守る為に必死で声を張り上げて暴虐に走る。誰も彼女の悲痛な叫びに耳を傾けない。


「あは……そうだったのね、セルリアーナ。今なら貴女の気持ちが()()()()


 淑女たるもの涙は見せてはならぬ。王子の代わりに涙がある。なのに、心が張り裂けそうだ。







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