79 痛み分けなら、とっくに天罰は降っているのかしら
「セルリアーナ様!! ああ良くご無事で……ッ」
「怪我した奴等も、早くポーションで傷口を塞いだから幸いにも軽傷で済みました。これもセルリアーナ様のお陰です!」
「お怪我は御座いませんか?! 裾の血は……ッ」
「……いえ、これはわたくしのでは無いので大丈夫ですわ。皆さんが無事で良かったです」
「…………俺、チャンベラがセルリアーナ様をああやって悪者にするの、なんか……その、気分悪いなって」
「私達を逃して下さる為にしたのに。あの乱暴な言い方! それに、神力が尽きて光魔法が使えなくなったのも、ポーションだって……ッ」
「皆さんが憤る気持ちは分かりますわ。ですが、彼女の背後にはいつだって、貴族である彼等がおります」
「ですが…………ッ!!」
徐々に変わりつつある評価。それでも足りぬのは、ゲームの強制補正であろう。どんなにセルリアーナが善人に返り咲こうとも、過去の行いは覆らない。
ゲームの仕様では、如何なる善行の前では正ヒロインの輝きを曇らせぬ、悪どい存在で悪役令嬢は有り続ける。
王族が絡む、痴情の絡れ以上の大問題に平民達を巻き込めば、首が即座に飛ぶだろう。
ましてや身分格差のある絶対的実権を握る、王族相手だ。
下手したら、家族諸共罪人として奴隷となり過酷な労働環境の炭鉱山での採掘や、娼館行きは免れない。最悪の場合、王族侮辱罪で断頭台行きである。
死罪は己にだけ課されるものではない。親族や生まれたばかりの赤ん坊にまで、血族を根絶やしにすることも厭わないはずだ。
過去に、王家が臣下より叛逆者が出たことは歴史上最も恥辱とする。建国以降、敢えて闇の眷属を徹底的に史上から排除し、こうして玉座に君臨する主君へ命を持って贖罪させるのだから。
カリュプスが視せた回想は、何人もの器が非業の死を遂げていることが何よりの証拠である。
決して、王族に刃向かった不穏因子の生存を許諾しないだろう。
「わたくしが過去に犯した、卑劣で高慢な振る舞いで彼女の認知の歪みをより深めたのかもしれませんわ」
悪女セルリアーナの評判は確かに風向きが若干変わっているが、それでもゲームの強制補正の前では抗えないかもしれない。
あくまでも婚約破棄を言い渡される場面で、死罪が恩赦で減免若しくは、減刑されて永久追放でも良し。
魔力供給量が著しく減衰するのは、王国屈指のエネルギー源の枯渇に直結するだろうから監視下においての保護観察官の設置は免れないだろう。
しかし憧れのスローライフと、推しを陰ながら見守って「余生を楽しむ」のも悪くは無い。
(あら、指先が痺れている……のかしら)
セルリアーナは指先が段々と冷えて行くのが分かった。演技に拍車を掛けたいとマイカが使う御涙頂戴戦法を真似するにしても、変だ。
振戦する指先をぎゅっと両手で握り、隠す。セルリアーナは俯いて、それから悲哀を滲ませた笑顔を浮かばせる。
「それに……。わたくしが以前より良い行いをして来たとは、誰も思いませんもの」
「そんな! 違います!!」
「ご覧の通り、わたくしは殿下から寵愛の見込みも無い、何は退く者です。わたくしを擁護すると、火の粉が飛んで来るのは目に見えて……」
すると人集りを割って入る様に、堂々と来たのはキャサリン・バーンである。害獣討伐は既に終えたのか、立派なギャザーの入る外行きのドレスに身を包んでいた。
「聞きましたわセルリアーナ様、私達はセルリアーナ様の味方ですわよ? 共闘した仲ではありませんか」
「キャサリン、アンタ何で此処に?!」
「それはもう親友が袋叩きに遭ってるなんて聞いてわ飛んで行きますわよ」
ノエラ達と合流すると、収拾の付かぬ状態になった。セルリアーナが稀代の悪女並みの噂が流れている最中、強い抵抗をして擁護するのは平民達だと。
昔のセルリアーナは恋敵マイカが平民出身者であり優遇され、無遠慮に接してくる姿に苛立ちを感じたのがきっかけだった。
平民出身者は、底辺である己の弱さを敢えて露呈させ貴族に近寄り恩恵に肖る賤しい存在と。
その一括りにしていた平民達への、偏見の目が無くなったことに貴族家出身者等は大層驚いただろう。
だからこの一連の騒動は、耳を疑い皆が遠巻きから会話を盗み聞きをしていた。
(大衆心理に操られぬ、芯を持った人達が少なからず居るのは……こんなにも心強いのね……)
睥睨されるのならば、ラルシュの方が良い。
そしてヒルダの守護石は、決して軽はずみに手に入る物では無い貴重なレアアイテムだ。過干渉の子煩悩である父から持たされたならば、納得いく筋道。
そう伝えたのは、正しかった。正しい振る舞いなのに、セルリアーナは隠匿すべき相手であり、そのラルシュから距離を取られたことが心を痛めた。
「キャサリン様、わたくし達いつから親友なんて大それた仲になったのですの? わたくしは己の足で立てる強い淑女ですわよ」
「そんなこと、存じ上げてますわよセ────」
人間が死を感じる瞬間。生と死の狭間に追いやられて、為す術が無く立ち尽くして。古代種の生臭い温かな吐息、そして真っ暗な口の中が覗き込んだ。
ヒルダの守護石と、ラルシュが居なければ今此処で会話をすることも叶わなかった。
そして、愛する家族の元へ帰れず餌となっていた事実。
体温を補う様に寄り添い、焚き火をしながら心の内を話せた時間も、もう二度と帰ってこないことを。
「セルリアーナ……様」
「あら、変ね。汗が出てきましたわ。暑いのかしら」
「…………そうですね、きっとまだ神経が昂ってらしてるのよ。あんな酷い目に遭ったものですから」
キャサリンが一瞬目を見張ったが、セルリアーナを直様帰路の支度をする馬車に連れ出してくれた。
「キャサリン様? どうなさったのかしら」
「いいえ、セルリアーナ様。お疲れでしょう、御者には伝えておりますのでまずはお体を休ませて下さいませ」
「ありがとうございます、お言葉に甘えて寛ぐとします」
「……御礼を仰るには、私は何もしておりませんわ」
ふかふかのタオルで汗を拭う様促され、セルリアーナは何度も額を擦ったが、汗は流れて行く。
それが、恐怖と後悔で無意識に流れる泪であることは、セルリアーナには分からなかった。




