7 放課後ドキドキ⭐︎勉強会イベントを無事遂行させるミッション
それから数日間、目に付く場所にいても一向に尻尾を掴ませてくれない推しに悶絶していた。焦らされれば、燃えるのがオタクの習性である。
公演間近に延期を繰り返されても諦めず、虎視眈々とパソコン画面に発表を待つ。忍耐も備わっているので、こうして魔力を送りながらも次の一手を考えていた。
(我慢比べなら負けないわよオタクの名に賭けて)
悪役令嬢の愚行を監視しているのならば、今日貼り出される成績が発表された際に、万年一位を死守しているセルリアーナが平民出身の主人公の成績を見て嘲笑うのである。
努力が足りないと。
家庭教師も付けられぬような出自で、良く殿下の視界にちょろまかと居て相応しくないと叱責するシーンだ。
このイベントでは、殿下ルートでも共通して起こる。
宰相閣下の息子オースティン・トンプソンに加えて騎士団長の第二子息デイヴィス・ブライアント、そして王道の幼馴染グレイ・フローレンス達との好感度を爆上げすることも出来る一石二鳥イベント。
要するに攻略対象者全員の好感度が上がる、ボーナスイベントなのだ。
詳細は放課後勉強イベントで攻略対象者全員と鉢合わせをして、選択肢を選ぶと対象と二人っきりになり、親睦深める主人公にだけ美味いイベントだが。
そこで無慈悲だと取り巻きから袋叩きにされる展開だ。
だが、セルリアーナは毅然と婚約者のいる男性に対しての振る舞いよりも問題視すると? と反撃する。
当然、正論であるのだが周囲はヒロイン補正にかかっている。同調するのは各自婚約者のいる令嬢達だけで、彼女達も実質当て馬役なので効力は低い。
要するに明らかに普段の行いが悪く、ましてや味方一人いないセルリアーナはより孤立することとなるのだ。
(これじゃない、確実に彼は出て来るのでは?)
だから台詞通りするのも、ましてや腫れ物扱いのセルリアーナの学院生活の環境を良くしても罰当たらないよね。だって清く正しくオタ活したいし。
イベント発動時の緊張感と、推しに会えるかもしれぬと言う期待感で寝不足だった。
だが、テストはぶっちゃけチート級に聡明な侯爵家令嬢、問題無し。
放課後ドキドキ勉強会イベントには、まず下準備として廊下に貼り出された成績表を主軸に動く。
セルリアーナは寝不足ながらも、テストは満点だ。
いや、元よりこれは本家セルリアーナの努力の賜物なのだろう。
厳格なる王子妃教育に堪え忍び、日々努力を惜しまず勉強に打ち込んでいたのだから。性格が捻くれていたのは、今は目を瞑ろう。
「ふふ、どうやら今回の期末テストはわたくしが一番ですのね。当たり前の結果ですけれど」
「セルリアーナ様、流石ですわ!」
「それに比べて……、ほら。あちらの我が物顔で特待生として編入されて来られた例の御方、ご覧になって?」
「まあ! これは赤点でして? まさか特待生ともあろう御方が、追試験だなんて。御家族の御顔を拝見してみたいわ」
「そうそう、御両親は市井で暮らしてらっしゃるから、それに王国郊外の辺境地の村ですこと。さぞ自然が豊かで伸び伸びと、過ごされてらしたんでしょうね」
取り巻きの令嬢が息巻いている。セルリアーナの陰に隠れていじめっ子に転ずる令嬢は少なからずいる。
(器の持ち主であった、セルリアーナの努力の賜物なのよね……誰しもが最初から天才とは限らない)
ぶっちゃけた話、この声援は要らない。悪い印象を植え付けるには、もっと徹底的に主人公を引き立たせる演出をせねば推しは出て来ない。
あくまでも悪役令嬢の役目を果たさなければ、主人公も幸せにならないのでは?
そうだ。後押しせねば、強制イベントに発展するには弱い。
主人公マイカはおどおどと、セルリアーナの前で小さな兎の様に萎縮している。対してセルリアーナは背も高く、すらりとしなやかな豊満ボディーだ。
相対的に比較すると、彼女は庇護欲を駆り立てる小柄で、可愛らしい。
(ほら見て。皆んな彼女に夢中になっているわ)
唸りたくなる程、主人公の為にあるゲームである。
流石は多くの男性を魅了するマイカだ。場の空気を掴むのが上手い。可愛さは爆裂している。
授業中にうたた寝を時折していたので、ついて行けていないのだろう。テストの点数は絶望感満載なので、発展リーチがかかるもののもう一押し必要だ。まあこれが発端で、放課後イベントに突入するのだが。
「あら、授業中少し夢の中にいらっしゃったようで?」
「す、すみません。昨日の出された課題が難しくて……その」
「ペンを握ったことがないわけではないのでしょう?
せっかく学院に勉学を励みにいらしたのなら、それこそ何方かに見て頂けたらよろしいこと?」
扇子を広げて悪役令嬢を演じる。彼女には第二王子殿下とハピエンになってくれなければならない。
(メリーバッドエンドとか、友情エンドなんて冗談じゃ無いわよ。推しと会う確率がより低くなる!)
「それは……セルリアーナ様が教えて頂けると、言うことでしょうか?」
「は?」
「平民の出である私に、手を差し伸べて下さるなんて。その青い瞳からは思えぬ、慈悲の深いお人柄だとは」
「え? はえ?」
うん? と首を傾げたくなる返しに、セルリアーナは瞬きを数回した。いや、そんなつもりは無かったと言うか他意はない。
(な、何言っているのよ……。間接的に私の目が冷たいって……まるで)
それよりも若干セルリアーナの目を貶してなかったか、と疑念を抱く嫌味が聞こえた気がする。
主人公は困っていたら紳士な男子生徒達がこぞって助けに入ったり、特に攻略対象者が鉄壁ガードを施す。ゲーム内ならば、著明に。
だからこの返しはひどく不自然である。
マイカは誰にでも愛される他者を蔑んだり嫌味一つ言わずに、天真爛漫に善意を振り撒く健気な主人公だと描かれているのに。
この小さな違和感が、後に尾鰭を付けて様々なトラブルが起こるとは、知る由もなかった。