75 お前が、この尊いわたくしを殺そうとしたのに?
「何故マイカの光魔法で治癒させない? どうせ貴様はマイカの能力を見縊った挙句、馬鹿にし嫌がらせばかり────」
セルリアーナは流石に呆れ返って、教会の指針ともなる石碑の一節を口にする。
「神力は聖なる力を持つ者へ、寄るべき穏健なる灯火とする」
教会では多くの信者が訪れ、神に救いの手を求めている。神の声を聞き、代弁する司祭や聖女は清貧を美徳とし全ての王国民の幸福に祈りを捧げ、スラム街の炊き出しに孤児院や無料治癒院の運営をする。
光魔法の保有者は、王国の庇護下で全ての衣食住を保証され、王国民に課される納税義務を特別免除となる。
しかしその代償として王国の為により高度な光魔法の会得や熟練度を上げ、迷える子羊達に導きを施さなければならない。
奉仕を責務とされ、教会での祈祷や身体的精神的に純真であり続けることが強制されるのだ。
生きる奴隷だの何だのとマイカは一端の正論紛いなことを叫んでいたが、報酬には対価に何を差し出さなければならないのか。
そしてそれが、美味しい部分だけを摘む強欲な振る舞いは、王家や教会を敵に回す「叛逆行為」にも転ずることも出来る。
王家の絶対的権力や、管轄外の実質なる独裁政権を持つ教会側に睨みを効かされるのは、如何なる者でも避けたいと考えるのが普通だ。
「な、なんですか……それ……。怖い、アルベルノ殿下……ッ! 今更蘊蓄言われても、そう言う宗教染みたことは言い訳にもなりませんけど? それに私そう言うのって何を信じるかなんて自由意思じゃないですか」
王家の監視者は、ラルシュだけではない。
王立学院内にも教員や生徒達に点在している。
王族の身辺の安全だけでなく不穏因子の調査も水面下でされているのは、ゲーム設定上あるようだがセルリアーナ自身も万能ではない。何十人もの王族を守護する人間が配置されていても不思議では無い。
ましてや貴族社会で、権力者の子息達が集う学舎である。
どんな些細な思想の不一致、民族間でのいざこざ、学生由来の犯罪等不名誉なことに巻き込まれても誇り高き王家の血筋の威信にも関わってしまう。
「────マイカ・チャンベラ、口を慎みなさい! それ以上は不敬に当たります、グランドル王国ベレヌス神を冒涜する発言と同等に当たりますよ?!」
「せ、先生?! 何でですか?!! 私被害者ですよッ!!!!」
「主任教師殿、その乱暴な物言いは私も看過出来ぬが?」
「アルベルノ第二王子殿下。発言をお許し下さい。しかし恐縮では御座いますが、チャンベラさんはグランドル王国の庇護下に基づき、高度水準の教育やそれこそ平民出身者が手の届かぬ生活の提供をされている身。けれども────」
「マイカが悪いと言うのか?! 彼女は光魔法の担い手として毎日努力を重ねているのを、この私が証言しよう。そんなにも気に食わぬのか? 不遇な身でありながら直向きに己を磨き上げている彼女を蔑んでいるのはお前達だろう!!」
教員は一生徒であろうと、王族であるアルベルノの前では立つ瀬が無かった。
ベレヌス神は転生前のセルリアーナの記憶によると、グランドル王国の唯一神であり王国全土に信仰が広まっている宗教だ。
勿論セルリアーナはそんなベレヌス神なんて、興味は無かったが知識の一環として留めていた。それがこんな時に役立つとは。
まるで吐瀉物をそのまま浴びたような、不快感を帯びる。セルリアーナの心底に湧き立つ不穏な魔力とは、こうやって生産されたのだろう。
(大丈夫、制御してみせる。私なら出来る……、高慢卑劣の悪役令嬢と照明を当てられるだけの悪女じゃないって、証明して見せるわ…………)
「光を担う敬虔なる我が子羊よ、その身に宿し大地を照らす海原の先までも行く燦光と共に歩まん」
(悪女なのに根は殿下の隣に相応しくある為に勉強していたのは、決して無駄じゃ無かったわ)
こう言った石碑に刻印される教典は全千五百章以上あるので、それを一字一句古代語で覚えている本家セルリアーナは努力家だ。
「だから、何ですかそれ。私は光魔法を使えるし、別に困っていません。治癒する力だってあるんだから祈りだとか義務だとかそんなこじ付けは御免です!!」
「神力は祈りと共に降りて来る、聖なる力です。祈祷もせず光魔法の礎となった、聖職者の声を遮断させたのは一体どなたでしょうか」
チラリと権力に平伏した教員であり信者を、セルリアーナは謝罪の機会を与えた。
マイカが教会の指標たるベレヌス神を信仰せず、鍛錬を疎かにしグランドル王国との盟約を反故にしたことは周知されたようだ。
ざわざわ、と大衆の耳が偏り始めてセルリアーナは膝を付いた教員が立ち上がるのを待っていた。体を起こして、凛然とする目に戻ったのを確認してから、彼女は深々と膝を曲げて美しい所作でこう言った。
「────私共、教員の指導不足や浅慮から生まれた教育の稚拙さ含め、正当な振る舞いが行えず申し訳御座いません」
「先生。わたくしは、先生達が毅然とした態度で礼節を持って、彼女に神徳を養うことを促していたのは存じ上げております」
「ですが、公正であらねばならぬ我々王立学院の教員が、このようなことを招いてしまい……」
それは馬鹿殿下が反逆罪に仕立て上げると、揶揄したも同然な威圧的態度が原因である。しかも唯一神を侮蔑になりかねぬ発言を垂れ流しした、アルベルノにも非がある。
誰もマイカの失言を撤回しない。静寂とは似つかわぬざわめきが、耳障りで仕方が無い。パチパチと火花が散っては消えてが、視界にずっと点滅している。
氷の様に冷たい瞳は醜い物ばかり今は映っていて、セルリアーナは局面をひっくり返したいとも思ってはいない。
ただ、今は悲しみの味を変えたい。それだけだった。
ラルシュは今どうしているのだろうか。怪我を負ってはいないだろうか、解毒はもう出来たのかとそればかり思考を巡らせている。
正規ヒロインだからと言って、大勢の命を危険に晒して、挙げ句の果てにセルリアーナを突き飛ばし。
害獣達の群れに置き去りにしたマイカの方が、間接的に邪魔者を殺そうとしたのではないか。




