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72 もう後には引けないのならば、






「魘されていたぞ、セルリアーナ」


 あの紋様。回想途中、何度も記憶の断片から見えた家紋を思い出して、強い疲労感の中で出てしまった言葉が波乱を生んだ。


 涙の跡は誤魔化せない。カリュプスとの約束もあるから。セルリアーナの涙を何度も拭ってくれたのか、指先が濡れている。


 洞窟内で、水の音は妙に響く。湧水なのか、それとも鍾乳洞に続く場所なのかラルシュの透き通った低い声音はセルリアーナへ降りて行く。


「カリュプスに、干渉したな」


 ピク、と反応する。魔力残債がカリュプスと同調しているのか、纏わり付く黒々とした物に身体が鉛の様に重たい。


 そうか。この影響力が絶大であるからこそ、選ばれた丈夫な器がカリュプスにとって重要なのだろう。脆い器であれば直ぐに小さな衝撃でも簡単に壊れてしまうから。


「何故だ」


 冷たい声音だ。公爵家の出生を頑なに隠し通すのは、ラルシュの出自は頑なに本人が言いたがらぬ話題であることを承知の上で。

 避けては通れぬことを、後回しにするのは得策では無い。


「……刺客、を送られたと伺いました」


「余計なことをベラベラと。お喋りが過ぎる、と俺は警告したのに?」


 ベンブルク公爵家は二代公爵家に名を連ね、病弱を理由に社交界や外界に一切顔を出さぬ長子であるならば説明が付く。


 穢れや醜悪、人の死を運ぶ色と信仰心が根強い国民からは嫌悪され、象徴たる厄災の種子。普段は認識阻害魔法で目立つ髪色なので変えているのは、過去の追憶から根強い迫害もあるのだろう。


 ベンブルク公爵家当主が長年、後継者が授からず齷齪(あくせく)していたのは有名であった。それが時間の経過と共に次期当主は健康で人望のある次男が任命されたのは、記憶に新しい。


 カリュプスが見えるのも一つの判断材料となる、と記憶の断片を覗き込んだ時、言葉の端々に出て来たキーワードだ。


 ラルシュの認識阻害や隠密スキル、魔力残渣すら感知するのはセルリアーナが特殊なのだろうが、王家の血筋や王家に連なる者だけが唯一ラルシュの顔貌を見ることが出来る。


 それは王家の監視者として、また反逆を防止する楔であるのだろう。


(間違えた。でももう引くことはできないわ)


 セルリアーナは頑なに口を閉ざすラルシュから、直接生い立ちを尋ねれば良かった。


 どうせ「詰まらなくて有用性の無いツマミ以下の話題」と言って拒絶されるか、スルーされるかの二択であっただろうが。


 尋ねる、と言う選択肢が如何に大切か腑に落ちた。他者から己の過去を主観的な物言いで知るよりは、事実に基づく本人の口から語る行為が、どんなに大切な工程であるかを。


 セルリアーナは強く後悔した。カリュプスの善意を無碍にはしたくない気持ちと、ラルシュを尊重したい意思が矛盾を生み出さないことを願うしか無かった。


「────ベンブルク公爵家の方なら、説明が付きます」


「俺にそれを、答えて欲しいか?」


「……毒矢で負傷したまま、来られたと。正当なる血筋が真の後継者として立身させるには……、障害物を排除しようとする動きが活発となります」


「それで?」


「だから………………」


 堪え切れず、堰き止めていた感情が波になってセルリアーナの涙として落ちて行く。


 ベンブルク公爵家では、結局婚外子であるラルシュの立場は脆弱である。カリュプスの記憶上、公爵家の敷地を跨いだ二度目からは不遇な生活が待っていた。


 一代前の祖父の遺言が無ければ、ラルシュの存在意義すら消滅していただろう。唯一の救いはカリュプスの器であることが、危険は伴うが生活基盤は最低限確保出来たことだろうか。


 公爵家としては王家へ建前として生きる奴隷を献上出来る口実を、有用活用せねばと言う働きがあったはずだ。


「いつだって、わたくしは貴方様に助けて頂いているのに、何も出来ず心苦しいのです。六柱の中枢を担う家門として、後ろ盾になるくらい────」


 重ねて言葉を遮られた。

 ラルシュは、普段セルリアーナが饒舌に手作りパイを勧めようが、無詠唱における魔力出力軸の補正的介入論を熱弁しても、決して会話の端を折ることは無かった。


 しかし、ラルシュはセルリアーナを初めて、拒絶した。冷淡な口調であれば、良かったのに。


「お前を……巻き込みたく無いんだ、セルリアーナ」


「巻き込んでなど────」


「魔力残債を追っ掛けて、この辺で彷徨(うろつ)く刺客がいるのに?」


「────────ッ」


「今は認識阻害魔法で俺達を探知出来ないが、カリュプスの反応が無い。逃げるには好都合だが、生憎見付かれば魔装は出せない」


「わ、わたくしが戦えば…………っ」


「暫定的であろうと、グランドル王国第二王子殿下と婚約者エスメラルディ侯爵令嬢が、ベンブルク公爵家のお家事情に土足で踏み入るのは得策じゃあない」


 ベンブルク公爵家で後継が中々できず、苦肉の策で家令との間に出来た男妾の長男は、次男の誕生であっさり市井に追いやられた。


 カリュプスの継承者だと判明してからは連れ戻され、まあ俺は表向きには病弱で社交界にも現れない不出来な息子だと。






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