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71 この世に、たった一人の友








「死ね、死んでくれれば良かったのに! この穀潰しめ、お前なんか生まなきゃ良かったわ!!」


 ああ、この子供か。次のカリュプスを継承する者は。


 死んだ目をした、ガリガリに痩せた子供の体内に入る。居心地は頗る悪い。当時のカリュプスは真新しい選定された器がどんな環境下で生き延びたか、記憶を読み取った。


 浸透する、澱んだ感情や不遇な生い立ちは闇の眷属たる従属者にとって、最高の温床でもあるはずなのに。


 久し振りに生々しい人の身に触れたな、とカリュプスは嫌悪するくらいに後悔したらしい。


『泣いてるのか?』


 頰を流れる物が、涙だとはセルリアーナは気が付かなかった。無意識のうちに、淑女教育や王子妃教育で培った物は彼を前にすると忽ち崩れ落ちる。


 カリュプスが尋ねると、セルリアーナはただ悲観した。


「どうして……」


『同情か?』


「……た、だ……ひたすら、悲しい」


 はらはらとセルリアーナは眦から涙が雫となり頬を濡らす。。率直な本音がルージュが薄れた唇から溢れ落ちた。


 同情なんか稚拙な言葉で片付けてはならぬものではなかった。ラルシュの過去は壮絶で、子供が当たり前に受けねばならぬ親への愛情や温かさを全て、得られぬ環境が。


 セルリアーナは心が痛くて痛くて、張り裂けそうだった。心臓の鼓動がバクバクと、ストレスで波打っている。


『あれが?』


「違います。歴代の器の方達、そしてカリュプス様も」


『俺も? どうしてだい?過ちを犯した元凶にも憐れんでくれるんか?』


「どんな理由があろうとも、人の尊厳を踏み躙ってはなりません」


『体罰で顔や全身傷だらけの醜女の賎民から罵倒されても、同じことを言えるか? 生まれる前から決まっていた道筋だろうと?』


「なりません!!」


 セルリアーナは大きな声で、反論した。

 人間は誕生したその瞬間から、両親や他者から愛情を受ける権利がある。何人足りとも尊厳や人格を踏み躙られてはならない。


 出自や人種が異なろうとも、決して他者を侵害して良いことにはならないのだ。貴族社会においては圧倒的権力主義であるが、セルリアーナの根本は異なる。


(だって、こんなのあんまりよ。闇の眷属とか厄災の象徴だとか! なによ、私だってこんな感情要らなかった、知りたく無かったわ!)


 本当は前世で、挫けそうな時に誰かに手を差し伸べられたかったこと。

 家族の温かみや、学校で友人達と楽しい時間を過ごしたかったこと。

 そして誰かの幸福を純心に願える、優しい人間でありたかったこと。


(だけど、今は弱く膝を抱えて助けてもらうのを待つだけの、受け身である人生じゃない……)


 侯爵家の悪役令嬢として転生したセルリアーナは、全てを根底から覆すだけの力があるのだ。人生を転換させるのは、恐怖や不安が募る。


 けれどもセルリアーナの世界を変えた相手が、どんな過去を背負っていても考えは変わらない。忌避されし厄災の象徴たる黒を宿す髪色や、王家の監視者で掃除屋に汚れ仕事役だなんて言われようと。


 ラルシュがこの世に誕生し、命を繋いでくれたことが、セルリアーナの生きる糧ともなっている。


「……生きていて、よかった」


『は?』


「この世に誕生したことに感謝されぬ生命は、一つもありません」


『塵漁って、市民権も持ってない子供を卑しいと思わないのかあ?』


「手足が何処か欠損しても、髪が黒く忌避される厄災の象徴だろうと、耳が聞こえなく障害を持っていようとも。誰一人、尊厳や自由を奪い権利を剥奪してはならないのです」


『聖人君主でもなりたいおつもりか?』


「違います。ですが、この世には差別や偏見が根強く他者に植え付けられた習慣も人格はそうそう変えることは難しいです」


『どの時代にも強欲な人間ほど、憎まれたり他者の幸福を食い潰し蹴落とす奴等が美味い思いしてるぞ?』


「けれども、だからと言って諦めて罷り通る理由にはなりません」


『人間の倫理だとかそんな堅苦しいのは知らんけど、珍しく他者を重んじる奴がいるってのは不思議だな』


 カリュプスが、ラルシュは器だろうが生命の危機や苦難を辛うじて乗り越えられるよう尽力したのは事実だろう。本人は否定するだろう。


 だが、親の恩寵無しに生き永らえたのは、カリュプスの恩恵もある。


 あの怨嗟の最中、カリュプスだけが寄り添っていた。どんな逆境にも闇の眷属でありながら、ラルシュと言う一人の人間を平等に扱ってくれたのである。


「カリュプス様、ラルシュ様をずっと守って下さって、ありがとう」


『はあ? なんで俺様に御礼なんざ────』


「ラルシュ様の一番近いご友人として、わたくしが御礼を言いたかっただけなのです」


『何こそばゆいこと言ってんのよお。俺様はな、器が簡単に野垂れ死ぬのは摂理に反してるからで……』


「わたくしに今できることは、貴方様が幼き彼の心を壊されぬように……」


 カリュプス自身に他者を労わる感情や心理があるとは限らない。利己主義で、闇の眷属ならば他人の命すら甘い汁を吸い取れるだけ搾取して捨て去る。


 弱い器から強い者へ乗り移るのは、カリュプスならば出来たはずである。









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