表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/104

6 スチルから導き出した物理的距離、愛故に






「みーつけたー」


 駄目だ。感情が爆発しそう。オタク独特の喉を競り上がった吃り具合の異音が出そうで。グフっと言いそうになったのを堪える。


 気配を消された、一見何も無いようにみ見えるが、重度オタクの目は誤魔化せない。推しの微かな気配や第六感が発動して匂いが示す。


(私の推し、見たい。せめて死ぬ前に目に焼き付けて)


 はあはあと鼻息が荒くなりそうなところを冷静に保てるのも貴族令嬢として、淑女教育が骨の髄まで染み付いているお陰だ。

 セルリアーナの努力は無駄にしない。このオタクの名に賭けて。


「涼まれていらっしゃるのなら王立学院でも一度は耳にしているでしょう。わたくしの悪名は」


 反応は無し。返答は無いのならば別の手を打つ。


 ならば、木でも揺らすか。いや、意外に非力なのでどうしようかなと考える。


 セルリアーナは氷魔法使いであり、先日氷を具現化させることに成功したはずだ。魔力操作が思った以上に器が覚えていたことを思い出して、早速掌に集中する。


 具現化を応用して、反射する氷の鏡があれば合法的に向こうを観察し姿を捉えられるのかと下心満載で、イメージする。

 小さな鏡を氷で作ることに成功すると、外套(がいとう)が見える。


(あああああああ可愛い。漆黒の瞳は画面とは変わらず美しい)


 すると、ものの一秒でバリンッと音を立てて粉々に氷は砕け散った。


 知らぬ間に銃口を眉間に突き付けられており、死を覚悟した。普通の人間ならば。

 そう、この冷酷で人間味の無い命令ならば誰でも殺められる非情さを持つ推しが、心底愛おしい。


「……お前は何者だ」


(ん?????? 待て今なんと??????)


「刺客にしては声が透き通りすぎる」


(一言、あれ二言聞けました────────鼓膜稼働してるわよね??)


 低く艶のある大人の声音だ。耳が溶けるであろう、どんな美しい歌声ですら凌駕する推しの声。




 ファ────────ッッ!!!!




 思考回路がぐちゃぐちゃになる。文字列で言うならば二十七文字喋った気がしたが、聴力機能しているのか疑いたくなった。


(うそうそうそうそ、公式では台詞一つ無く、返事の代わりの息遣い程度しか無かったのに!)


 失神しそうなのに、侯爵家令嬢ならぬ仮面貼り付けて対応出来るのセルリアーナは凄い、仕事している。


「……答えろ。お前は何者だ」


 悶絶して、意識消失は駄目だ。

 せっかくファーストコンタクトを果たせたのならば、ゲーム内で聞けなかった本人からの御言葉を頂戴したい。


 そもそも、こんな各スチル一秒しか登場しない名前だけ出る暗躍者に対して、熱を入れる私もおかしいだろう。


 本来ならばメインキャラクターに思い耽って、二次創作をしてヒーロー×ヒロイン(主人公・名前初期)とかで、同人誌を描けば良かった。


 普及活動をするには、自分には才能が無かった。そして猛烈に電撃を打たれたキャラクターは彼等では無かったのが敗因かもしれない。


(これは幾ら払えば良いの? え? 嘘でしょう? フルボイス付きなんて……贅沢過ぎる)


 一秒だけ登場し、声優さんも付かず単なるメリーバッドエンドや断罪ルートへの装飾を彩ったり、処刑や暗殺シーンでは簡潔に処理を担う彼が。


 あの真っ黒な瞳がちらりと外套から覗いて、視線で射殺せてしまう程の眼力。

 その魅力を語るには三日三晩、侯爵邸で休息無くても時間が足りなかった。


 トータル十秒未満のスチルを全部集める為に、全キャラクターに加えて分岐ルートまでトライアンドエラー繰り返しながらしたのである。


「あら、光栄と申し上げたいところですが。わたくしが名乗る前に、貴方様のお名前を頂戴したいわ」


「名乗る必要が?」


「だって貴方が先に仰ったのですもの」


 名前、知りたい。名前呼びチャンス搭載。貪欲に攻める。

 推しの通名、覆い隠す銃口(カリュプス)では無く本名を。出来ればフルネームでお願いしますと心の中で叫ぶ。


 この機会を逃したら、次御身を捕まえられるのはいつか不透明だ。ならば、チャンスが現れれば当たって砕ける。


 貴族会では高貴なる地位ほど、下位の者から名乗らせる。話すのも先であるが、推しは悠然とした低音でセルリアーナを圧倒させる。それが侯爵家よりも上の立場だと、肌で感じる。


 ぶわりと風が靡く。外套が大きく舞い上がり、木漏れ日の中から人の姿が視認出来た。


「あれ? どうして御髪が…………」


 公式では黒かったのに。ふわふわとブラウンの猫っ毛がセルリアーナの目に飛び込んだ。


(髪が……ブラウンだったなんて、目の錯覚?)


 ばちりと目が合うと、殺意が籠った視線を浴びても怯まなかった。この一コンマでも目に焼き付けねば次会える日は永遠に訪れないかもしれない。


 彼を視界に捉えた瞬間、残像の様に揺れて動いて見えた。風が強くてゴミでも入ったのか。



 目を細めると、もう彼はいなかった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ