66 好きな推し(ひと)の為なら魂くらい縛られたって安いものよ?
『おお……アンタ、最初見た時より人間らしいよ』
「わ、たくしが……ですか?」
『この世の中全員が敵だから誰も信用出来ないって、それこそ氷花の名前が独り歩きしていたから』
そこで救世主として颯爽と現れる攻略対象者、シンデレラストーリーを描いてプレイヤー達を楽しませた演習だった。
だから転生後のセルリアーナは必死だった。
「……あはは、まあそうですわね。わたくし、余裕無かったもの」
『みっともないとか言ってないからなあ? ただ、愛しい婚約者が他の女にポーッと見惚れちゃあどの時代の女でも発狂するわな』
「あら、その辺は寛容ですわね?」
『恋は理性も、身に付いた常識や品格すら歪ませる毒薬みたいなもんだろお?』
「毒薬、そうですね。随分とわたくしは、やらかしたわ」
『誰だって足は踏み外すさ、ほら階段と同じように』
「カリュプス様、慰めて下さってます?」
敵味方を把握し、虎視眈々と罵詈雑言を浴びながらも敵陣営の余力を削がなければならなかった。平民や目下の貴族家は見向きもせずにいた以前のセルリアーナとは決別し、徹底した戦略の元動いたのである。
今では少なからずも身の潔白を晴らしてくれるよう尽力する学友達も、家族もいる。
押し潰されそうだったセルリアーナには、監視者としてラルシュも主観的で無く公平な眼でいてくれたから。
『そりゃあ第三十四代目カリュプスの器を気に掛けて下さるお嬢さんですからあ?』
隣にいると動悸がしたり、顔が熱くなり一挙一動が気になる原因不明な現象は恋だったのだ。
セルリアーナは耳朶まで赤く染め上げて、恋心を自覚した。推しを応援するファンで無く、ラルシュを好きになっていたのだと。
(私……そうか、ラルシュ様が好き……なの、ね)
腑に落ちた恋心は、もう見て見ぬ振りはしてやれないようだ。
「損得勘定であっても、打算的であろうとも……嬉しかったです。色々とお話出来て」
『どういたしやして〜。ま! 秘密な、俺サマとのこの会話は』
「勿論。墓までお持ちします」
『所詮は俺様も、スパイス以下の役割。お嬢さんと同じく時計の針を狂わす遺物……』
カリュプスは瞬きを数回したが、空間遮断を解除せず暫く黙り込んだ。
どうしてか。緊張感からか、プレッシャーなのかは不明だが額から冷たい汗が一筋伝った。
眼の表面が冷たい空気を感じ取って、乾く。シパシパする、様な感覚だ。
(……あんなにお喋りだったカリュプス様が)
それはカリュプス自身が発する独特な魔力の流れが、セルリアーナの頬を撫でるからである。
『なあ……本当に信じて良いんだよな? 二言は無ぇとは思うが約束を反故するならば魂の縛りを────』
口火を切ったのは、やはりカリュプスだった。
まるで平穏をぶち壊すのは朝飯前だと言わんばかりな強い語気で、どうも珍しい。カリュプスは飄々と海月みたいな話口調が多いから、この切り出し方は「本気」だ。
セルリアーナが如何に魔力過多を起こす程のボルテージがあって、且つ特大魔法を使える氷魔法の担い手であろうと。
闇の眷属であり、今は滅亡して闇に葬られた古代魔法を操れる魔装と真っ向勝負は死に至るだけだ。それも、一秒足らずで。
(王家が敵に回すのは得策で無いと、飼い慣らす方向性を確立させた理由が分かる気がするわ。だって、カリュプス様の気まぐれで今、私は生かされているだけだから)
肌身に感じる殺意はなるべくオブラートに包もうとするカリュプスの配慮に敬意を表する。
カリュプスがセルリアーナを無碍に扱ったりは、この短い時間であるが一度も無い。
貴族令嬢として敬意は払われており、嘘偽りの無い受け答え。セルリアーナの暴虐を周知しているのに、咎めたり非難する発言は避けたからだ。
それがラルシュを生かす為の駒に過ぎないと、合理主義で算盤ずくが働いたとしても。
セルリアーナの答えは変わらないだろう。
「わたくしの魂を輪廻から外す呪縛を課すのでしたら、安い物です構いませんわ」
『安い? 有益な取引とは人間相手ならば思えないはずなのに? 理から弾かれ永久にただ彷徨う到達しない死を辿ることを意味するぞ?』
ギリシア語で行き詰まりや問題解決能力の欠如、とされる。手段無き死を前提としてまで持ち出す題名は、カリュプスの真髄を見せること。
(……なんだかんだ言って、カリュプス様ってラルシュ様のこと好きなんだから)
つまり、心臓部を晒すことである。
「これはわたくし達二人の盟約。カリュプス様はラルシュ様を生かしたい。わたくしは彼を死なせたく無い。ほら、意見合致しましたわ」
カリュプスが例え、セルリアーナへ何らかの呪いを発動させて魂を縛り付けようが代償はきっと払わなければならない。人を呪わば穴二つ、報いは必ず自分にも跳ね返ってくる。
「悪因悪果と、以前の世界ではそんな言葉がありました。カリュプス様にも代償をお支払いして頂きますことは存じ上げて?」
『闇の眷属である俺様すら脅迫するとは、面白いなあ』
「赤子の手を捻るくらい、わたくしを殺すのなんて簡単ですのにまだるっこしく紳士的な言い回しをされるので、わたくし、つい……?」
『見掛けによらず、抜け目の無いお嬢さんなこと』
「あら、ご主人様を想っての熱情に、わたくし感銘を受けたのですよ」
『ああもう! 分かったから!! 視に行こうぜ呑気にぐうぐう寝ている旦那様と、前のカリュプスの器が辿った軌跡を!! 覚悟は決めたなあ?!』




