65 それならわたくし、潔く断罪されますので
嘘偽り無く、真実をありのままに言われる方が、よっぽど堪える。
耳を塞ぎたくなった。嫌だと首を横に振って、セルリアーナはカリュプスの真なる言葉を拒絶した。
「やめて、やめて……ッ! ラルシュ様が死ぬ未来なんか聞きたく無いわ……!」
『だから、新しいカリュプスが生まれるんだよ。次の第三十五代目がな』
恥辱の果てには、推しの死も待ち受けているなんて。
此処には救済が無いのだろうか、とセルリアーナは長い睫毛を震わせて、カリュプスの語り掛ける世の摂理を呆然と聞いた。
もしかしたら。カリュプスの継承者は短命では無いか、とか死を匂わせているだとか。有りがちな妄想を繰り広げ、夢小説を書き殴っていた自分を平手打ちしたくなった。
冷や水を浴びせられたのは、セルリアーナの方だった。
『死は生の道標。そうやってカリュプスは伝承していく。理に縛られているのは、最早呪いだ。俺様達は一心同体であるけれども、俺様だけが次の舞台に立たされる』
そうやってカリュプスを循環させ、王家は安泰となるのだろう。内部から外国まで幅広い諜報、不穏因子の監視、王家に連なる者へ値する暫定婚約者等の動向調査まで多岐に渡る。
認識阻害魔法で外貌は王家の血筋やカリュプス自身が認める存在以外は隠匿される。そしてある程度の汚れは、払拭して良いことが認可されている。
「カリュプス様は、別の肉体の器に継承される……のですね。闇の眷属は王家へ跪く存在で無ければならないから」
『大正解、それにこの器の代わりなんか沢山いる』
カリュプス曰く、闇の眷属は代々依代となる者が寿命や役割を終えると別の器に移住する。
新しいカリュプスが誕生すると、記憶を継承するが別の物であるようだ。
カリュプスだが以前のカリュプスで無い存在に成り果てるらしい。
セルリアーナが本来の道を逸脱すれば、強制力が働き掛けてラルシュは死ぬ運命を辿る。
つまり、セルリアーナが婚約破棄され断罪する道筋を外れると、別のカリュプスが誕生しラルシュは死ぬのだ。
(それは……私が死ぬ可能性をゼロに近付けば近付く程確実にラルシュ様は死へ向かうって、こと…………)
本来セルリアーナが掲げていた死を回避する為に、穏便な婚約破棄後の断罪は今この瞬間。衝撃的事実で跡形も無く崩れ落ちた。
『けどな、俺は結構気に入ってるから多少嫌なんだけど……。だからさあ断罪されてくんねえ? 死を回避する準備は鱈腹してるんだろう? お溢れくれたって────』
「いいわ、用意された舞台で断罪されようじゃありませんか」
どうせ断るんだろうなあお嬢さん、とカリュプスが呟いたが直ぐ様大きな口をあんぐりさせた。
『はやっ!? は?! 良いのかよ?! もしかしたらお嬢さんが巻き込まれ事故に遭うかもしんねーんだよ?!!!』
「元々そのつもりでしたので。わたくしの最終目標は死を回避する、そしてラルシュ様の幸せですから。その過程はどうだって良いのです」
要するに、辻褄を合わせながら二つの目標達成をすれば良いことだ。
セルリアーナの日頃の積み重ねは、こう言ったイレギュラーの為でもある。
ゲーム上、避けては通れぬイベントや「育成」「好感度●●以上」「ルートは学園から職員室を通り抜けて中庭まで行くことが必須」などの条件付きは手慣れている。
ラルシュが死ぬのは、実質セルリアーナの死に近い物に相当する。推しを亡くすのは、生き甲斐や幸福の喪失であるからだ。
『神のご都合に合わせてやるのも、皮肉なもんだよなあ。じゃねえとコイツの魂ごと、消すことなんて朝飯前なんだってさ』
「魂?」
『輪廻の輪から外れる。つまり、来世は存在しない』
カリュプスはそう言うと、ついでに付け加えた。
『な? 惚れた男の為に一芝居お願いな?』
惚れる。辞典では(恋愛対象として)心惹かれ夢中になる。恋い慕うこと。
頭の中で文字の羅列が出て来た。
セルリアーナは恋愛対象がラルシュだと指摘されて、思わず大きな声を出した。
茹蛸の様に顔を染め上げて、マゼンタカラーの髪も逆立ちそうだ。
(わ、わわわわ私が、ラルシュ様に、こ、恋してるって?!!! )
「ほ、ほほほほ惚れるって、わたくし、が?! ええ?! そんな烏滸がましいですわ推しに恋愛感情を抱くなど────」
『それにしても御主人サマがお熱になってる令嬢は初めて見たぜ』
「いやいやいやいやお熱だなんて、有り得ませんわ。ラルシュ様が、そんな、まさか…………」
『まじかあ相手にされてないなんて不憫だな。好きでも無い男の為に、身を挺して出来ることじゃあないっての!』
推しは日々の活力である。疲弊し切った精神的肉体的の癒しと、生きる希望。荒んだ世界が、推しが居るだけで世界は彩るのだ。
セルリアーナはラルシュの数々の言動を振り返る。笑い掛けてくれるし、不器用ながらも作ったお菓子も食べてくれる。
いつだって彼はセルリアーナの味方であり、心強い存在だった。
側に居ることが、段々と当たり前になっていた。セルリアーナは悪役令嬢として転生し、多くの危機的状況に遭遇した。
全てはマイカ・チャンベラが幸せになるシステム化で起こる、火種を一身に受けてきた。
セルリアーナの存在意義が、悪役として光魔法保持者の主人公マイカへ嫌がらせや執拗な虐めをする役割を振られている。
だからずっと恋とは無縁だと思っていた。生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、他者を気に掛ける余力が残っている筈ないと決め付けていたからだ。




