63 自由になる選択肢は誰にも奪えない
「だって、わたくしのことを愛さぬ浮気者とは無理です」
「婚約を破棄するのか? グランドル王国王位継承権第二位、アルベルノ・キャルスラータ殿下と……?」
「そのつもりではありますが……」
「お前の両親は良いと? そもそも王家との婚姻は簡単には破棄出来ないぞ。王族を敵に回すと言うのは即ち、貴族社会での弾かれ者と烙印を押されることだ」
驚愕を隠せず、彼はそれでも淡々とセルリアーナへ監視者として一定の距離を保持したまま質問を繰り出した。
王家との婚姻政策に終止符を侯爵家側が打つのは妥当では無いことも。
そう示唆した上で、両親は愛のない結婚はクソ喰らえだと娘の我儘を受諾してくれたのだ。
(ラルシュ様が心配している)
愛されている。今のセルリアーナは、家族の愛情を一身に受けて学友達との縁にも恵まれた。
マイカにアルベルノ殿下を明け渡して、とっとと隠居生活を送る方が利口だった。そんなことは分かっている、どうせ後で露呈することだから。
ただ、監視者だろうとラルシュにはどうしても自分の口から切り出したかったのだ。
「わたくしの代わりは幾らでもおりますし、バーン侯爵家はマイカさんが正妃に選ばれようと、側妃の席を譲るのなら喜んで座るそうです」
「お前はそれで解放される、と」
そう。穏便に婚約破棄をして、辺境の領地へ療養を目的としつつ魔力供給をしながら安息スローライフを過ごす。これが当初の目的だった。
そもそもマイカに用意された世界で、太刀打ち出来る状況下でも無い。負け戦をするくらいならば、試合に負けても勝負に勝てれば一件落着である事案だ。
「一番穏便に済みつつも、王国へ損害を与えぬよう予め道を用意するのも、わたくしの務めでもありますから」
「あんなに…………人目を憚らず好きだの愛してるだの、盲愛していた男を見限れるのか?」
「目が醒めたのです。それに、ラルシュ様を幸せにするという野望がありますので……」
「俺の話題は程の良い風除けにしか聞こえないが」
「あら? わたくしの愛情がまだ伝わってらっしゃらないのは、もっと丹念込めて注がねばなりませんわね」
「だから、変わり種の捨て犬を拾って愛着が偶々湧いたんだろう?」
「監視者たる者、私情を挟まず仕事の妨げになるならば無辜の民だろうと死すら傍観しろ────でしたっけ」
「愛も情も、全てを救わない。誰も、そこに消え行く生命の灯火が転がっていようと」
「でもこうして、貴方は来てくれた。それだけで、わたくしは良いのです。だって、わたくしの身を案じて下さる人がいたという事実は消えませんから」
幸いにも例の一件があってからはキャサリン・バーンは、既に手中にあった。推薦人として手を挙げたエスメラルディ侯爵家とは友好関係で、切り札の一手だ。
そんな手回しをラルシュは遠巻きでどう感じたか。王家のお抱え監視者は一切の感情移入を遮断し、冷血に仕事を熟し淡々と客観的報告をするだろう。
普通ならば主観的情報が前に出るのに、この類の人材は己の感情や意見とは別の次元に生きているのだから。
ラルシュに限ってでは無いものの、彼がカリュプスならば尚更感情移入なんてちっぽけな下らない物に左右されない。そう教育されているのだ。
「それに…………婚約破棄したら貰い手もおりませんし、領地でゆっくり────」
「器量も度胸もある美しい女性なんだ、引くて数多だろう」
「いませんよ。貴族社会では高慢卑劣と名高い氷花ですわよ?! それに王都じゃどうせ悪名が出回っておりますし、細々と仕事するかと思いますが……」
ラルシュがふうんと鼻を鳴らして、それからセルリアーナに囁いた。
「それじゃあ俺が手を取るから、安心して婚約破棄しろ。掻っ攫ってやる」
本当に? と尋ねると再度ラルシュは「本当だ」と短く答えた。冗談でも、セルリアーナは嬉しかった。その選択肢を否定せず感受してくれたのだろう。
「婚約破棄はどうせバカ王子の卒業パーティーで行われ、わたくしはあることないこと言われて断罪されるんですの。下手したら衛兵に捕縛されて、人生滅茶苦茶に────」
「断罪? そもそも貴族令嬢を罪が確定していない中で捕縛をして名誉を傷付けるなんて、かなり大事だが」
「なるのです。わたくしの声なんていつだって……届きませんから。ラルシュ様が会場に颯爽と現れてくださったら、心強いですけれど。エスコートすらわたくしは受けられませんので、孤立無縁状態ですから」
「随分と先のことが手に取るようにわかるんだな? 預言者か」
ラルシュは訝しげた。けれどもセルリアーナの現実に乏しい話を茶化すことはしなかった。預言者は随分前に世界から滅亡したはずだ。
ただ、ゲーム内のことをちょっとばかし知る元ユーザーで、悪役令嬢セルリアーナへ転生したとは言い難い事項である。
だが、ラルシュならばきっともしかしたら。そう言う馬鹿げた神の気紛れを「ようこそ地獄へ」と皮肉混じりに言ってくれるだろう。なんて、思ってしまう。
「運命はマイカさんがコントロール出来るんですよ。恋する乙女の無限パワーです」
「良く分からないな。あんな男なら誰にでも媚び諂って懐に入り込んで、甘い汁吸う泥棒猫を良しとするのが理解に苦しむ」
「若い殿方はあの天真爛漫で可愛らしい風貌がお好きなのですよ。ああ、ラルシュ様は苦手なジャンルの方でしたっけ……」
「見る目が無いな」
「それは言えてます」
「エスコートしてやりたい気持ちは山々だが、公式な場に参加するのが難しくてな」
そりゃあ王家のお抱え監視者を、卒業パーティーに参列させるのはお門違いだ。




