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5 攻略本にも載ってないなら、本人に聞けば良いじゃない?




 意外にも、特性を予備知識として読み込んでいた甲斐があった。


 彼はひっそりと日常に同化している。もう木の陰や壁にでもなったかのように、淡々と獲物を見詰め微動だにしない。転生前ではスナイパーに似ている。


 だから、勉強して海外の論文もドラマも塾講している。彼等の心意気も動作も全部頭に叩き込んでいるから、一番監視しやすくて仮に見付かっても逃走経路を確保しやすい動線を導き出すのは普通の令嬢なら不可能だろう。


 例の主人公マイカ・チャンベラは何故か欠席で、親密度の確認が今日は難しかった。そもそも何故欠席したのか、病欠なのかすら不明だ。


 それならば次の優先事項は推しに会うことである!


(何処にいるのかしら?! 髪一本だけでもこの目に映したいわ!!)


 会いたくて、一心不乱に走り出した。この機会を逃したら、彼はより深い闇に溶け込んで此方の奥手を使わざるを得なくなる。それは侯爵家も絡むので控えたい。


 気配を消すのが格段に上手い。呼吸も最小限で、びくともしない。木洩れ技の中で居るのに静けさが私を纏う。


 でも、声も出来たら聞きたい。顔は見れなくても。


 好奇心が勝つ。推しに会えて声だけでも聞けるのならば、博打を打たぬオタクはいないだろう?!


「それで、聞いているのかい? 君はまた、彼女をとても困らせたんだろう」


「……ええ、殿下。ただ、わたくしは彼女の振る舞いを貴族として────」


(あー話長いわ。そもそも主人公って、幾ら貴族と同じ学舎にいようと、礼節とかルールを学ぶ姿勢ゼロなのよね)


「それでも言い過ぎだ。泣いていたぞ、あんなか弱くて支えが必要な令嬢を……」


(現世なら間違い無く大学内で最も彼氏持ちに嫌われるランキングに食い込む気がする)


「令嬢? 彼女は平民出身者で、御令嬢ともあろうならば淑女教育も稚拙ですわよ? カーテシーも半端ですこと」


(まあゲーム上、王院学院で爵位云々関係無い校則だろうと、現実は暗黙の了解なのよね)


「君には失望している。貴族だの、庶民だのと一線引いて傲慢な態度を振る舞う」


(貴族の子息やら王族と接触するなら、多少の強引さは主人公補正無いと親密度上がらないしなあ)


「王族としてのお立場をお考え下さい、殿下────」


 捕まった。一番会いたく無い人間に。セルリアーナは背後から声を掛けられ、反射的に首を垂れた相手。


 謹慎処分が解かれた後、王立学院の無駄に長い中廊下で真っ先に婚約者である金髪碧眼のイケメンビューティー第二王子殿下に咎められるシーンだ。


 真っ直ぐに、手の焼ける暴虐令嬢を諌めるところも中々の見所なのだろう。


 そして私は気付いた。スチルで、見たことがある。


 王子殿下と不仲な所を淡々と観察している、第三者視点になる画面。当事者二人とは別の『』と他人の呟きが入る場面だ。


 画面上での視点からは、かなり遠いものの窓から標的を目視出来る位置。王立学院誕生から数々の卒業生を見送る創世の樹木から見ているだろう。


 あそこならば滅多に人も来ないし、何なら学院が樹木の健康管理を徹底しているので万年緑が生い茂っている。身を隠すにももってこいだ。


(と言うことは! 推しが確実に居る!!)


 推しの性格上、百戦錬磨の手練れであるから監視ならば射程距離外にいるだろう。まだ偵察しているはずだ。

 窓に顔を近付ける。頬をへばり付けてしまったが、一瞬でも視界に入るのならば窓枠が汚れようと、硝子が磨かれて無かろうが関係ない。


 おっと。自分は前世では近視が強くて眼鏡コンタクト必須だったが、今のハイパーチート美人令嬢なので視力は悪くはないはずである。


 しかしセルリアーナは淑女の嗜みとも言える、オペラや観劇鑑賞用に特注品で工房に作らせた秘密兵器があった。

 それはオペラ用の双眼鏡はアンティーク調で、ハンドルが伸縮性のあるセルリアーナが愛用していた物だ。


 胸元から忍ばせ、いつでも第二王子殿下の勇姿を捉える為に使っていたらしい。使用用途は、もう対象が別になったが。


(うーん、姿は眩ませてしまったようね……)


 魔力が膨大な者は必然的に身体的能力も高いのが功を奏している。ありがとう悪役令嬢をチート級にした作者。推しを一秒でも長く目に焼き付けられる合法的手段をお与えになって。


 肉眼で推しを見たい。その一心で張り付く。きらりと光った気がしたが、顔までは確認出来ない。


 しかし気配は感じ取れたはずだ。


 推しが生存している。それだけで今日は白米三杯おかわり出来る気分だ。


 ゲーム内なので、米ではなくパンが食卓に並ぶが。中世チックな描写が多いので、元日本人女性としては米が恋しい。

 推しの為ならば永遠に白飯食べられなくても、文句は溢さない。オタクに二言は無いのだ。


「う──────ん、あそこにいそうなのに……」


 態々射程距離に入ったのに、何もアクションを起こさない。窓に張り付いて血眼になって探しているのに、枝からぶら下がる葉っぱ一枚揺らめかない。


 もしかして、彼は明かされぬ隠密行動を補助するスキルが施されているのだろうか?


 推しの知らぬ、可能性に一歩近付いた気がして、下唇を噛み締めて必死に耐える。今直ぐにでもソーラン節を踊りたい気分なのに。


 貴族令嬢は常に毅然とした淑女を保たねばならないなんて。推しばかり追いかけ回した罰か?


「変な行動を取らないで頂きたい。貴族令嬢にあるまじき行為だ。その…………、不審な動きは」


(煩いわねまだいたの? 早く探しに行きたいのに)


「あら失礼、殿下。わたくし、馬術の稽古よりも大事な一生に一度のイベントへ赴かなければなりませんので。ごきげんよう」


 彼は公式ゲームでの王道ルートで、主人公と大恋愛をするシンデレラストーリーを飾る攻略対象者だ。最初から好感度が程々にあり、選択肢さえ間違わねばハッピーエンドの王子妃へ到達出来る。自分から見れば、初見ユーザーに施した甘言だ。


 このアルベルノ第二王子は、セルリアーナがゾッコンで、殿下に近付こうとする令嬢は全て抹消の対象になる。数々の嫌がらせに、侯爵家で使える手段をフル回転させて主人公を潰しにかかる。


 けれども、全部失敗に終わる。

 セルリアーナは愛故に失う。全てを。


 狂ったように振り向かぬ許嫁であるアルベルノを、初恋の呪縛から逃れられない。下手したら塵扱いをしていた。


 それもそのはず、扇子から魔力を込めて氷柱を作り出して、ぶち撒けていたぐらいなので、以前のセルリアーナの粗暴は撤回出来ないから諦めた。


 そうしてセルリアーナは殿下の愛を得られないのであれば国を氷漬けにして転覆させようとする陰謀罪を立件され、断罪されてしまう。


 しかも、最悪のシナリオでは斬首台に上がるのだ。侯爵令嬢だぞ? はあ? 単なる恋の病に何を? と今なら苦言を呈したい。


(だから私は推し以外興味ありましぇ────ん残念だろ!! 主人公ちゃんよ!!)


「な、君は私の稽古を見に来なかった日は一日たりとも無かったのに、王族よりも優先すべき何かがあったのか……?」


「はい! それはそれはとーっても一大事なことがございますのよ。殿下のご配慮痛み入ります」


(嫌味には嫌味返しだヴァ────カ!!)


(へのへのもへじの殿下より、推しの! 顔! 見たい! んだよ!!)


 セルリアーナが振り向きもしない婚約者を追っ掛け回して王子殿下の馬術稽古やら、剣術指南での鍛錬のスケジュールを熟知して張ってたのはどうやら御存じらしい。


 けれども今は推しの動向や、吐いた二酸化炭素の割合とかの方が死んでも知りたいのだ。


「では! お日柄も良く〜ッ、ご機嫌よう!」


 見事にスカートの裾を摘んで美麗なカーテシーをして、颯爽と退散した。その姿を凝視する、珍味が落ちているくらいの形相。





 好きでもない男に時間を割くぐらいなら、目の保養を眺めていたいのだ。







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