56 こんなはずじゃなかったのよ断じて、信じて
(な、何が……起こったの?)
なんとマイカはセルリアーナを突き飛ばし、置き去りにして逃亡したのだ。足がぐぎ、と挫いて身動きが取れない。
立ち上がらなければ。そうセルリアーナは群れをなして今にも襲い掛かろうとじりじり距離を狭める害獣を前に。体重で負荷を掛けずにゆっくりと立ち上がろうとした。
ビリッと電流の様な痛みが足首に走って、セルリアーナは歯を食いしばりながら何とか踏ん張る。
「こんな展開じゃ、なかったのに!!」
そう叫んで逃げ出したマイカは、セルリアーナを時間稼ぎにした。
つまり足首を捻挫したセルリアーナは、走って逃げる選択肢を強制的に奪われたことになる。
そのマイカが足音を盛大に立てて逃走したことで、害獣達は雄叫びを上げてセルリアーナへ突進をして来た。
チュートリアルでマイカは傷付いた生徒達を癒しながら光魔法の特性を活かした戦闘を行う。
もし仮にピンチに陥ろうが、アルベルノ殿下や好感度の高いキャラクターが助太刀してくれるので、死ぬことはまず無い。
しかしそれはあくまでもヒロイン・マイカの話だ。悪役令嬢セルリアーナは暴挙を振るいながらも、この凶暴化した害獣達を見事に制圧する。
────それがシナリオ通りであれば。
「チュートリアル無視じゃないいいいいいいっ!!!!」
セルリアーナなら出来る、勝てる、はずだけれど。ゲームとリアルでは全く状況は異なる。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
この選択肢や、一瞬の迷いで命を落とす可能性がある緊迫感。セルリアーナは最大出力で、氷の刃を炸裂させた。
挫いた足では攻撃を避けるのも、毎度命懸けだ。防壁を作って、余力を溜める。
「大いなる大地へ問いかけよう。我が源より流れる力を神の名の下に献上し、其の眼を醒ましたまえ────」
跪いて地面に掌を置き、特大魔法・氷血の鉄槌を繰り出す。
大気中の水分を氷結させ、無限に氷の雨を降らせる為、避難誘導を完了させたのは大きい。
ゲーム内では半径数十メートル級の範囲内にいる害獣へのダメージを与えられる威力らしい。
まさかセルリアーナに転生してから、自らの手で特大魔法をお見舞いする日が来るとは。感慨深い。
「な、なんとか……?」
辺りは殲滅されたのか、串刺しになった害獣達と倒木の数々。
強大な魔法をエスメラルディ侯爵邸宅内の練武場で放った時より、遥かに出力量最大にしたからか一帯は壊滅状態である。
「やっ…………た?」
強力な魔法を使う際は、疲労感が一気に襲う。連発は避けたいところだ。
これだけ倒したのだから、レベルアップが発生すればモチベーションも上がるが。目に見えた成果は無い。
それでも危機を回避出来たことは、セルリアーナにとっても歓喜に満ちた瞬間だった。
「倒した一人で! いえええええいいいいあ…………あ?」
気配も、足音すら聞こえなかった。燦然と照り輝く中で影が伸びている。
それも、大きな黒い物が。セルリアーナをすっぽりと隠すくらいの、巨大な生物は背後に既にいた。
「────へ?」
こんな怪物、ゲームにはいない。
禍々しいオーラを放ち、害獣とはかけ離れた化け物。目玉が一つ、ぎょろ、と捉える。
冷酷な殺気がセルリアーナを突如として襲撃した。
分厚く醜悪な舌先が地面にしゃがみ込んだセルリアーナの頬を舐め取って味見する。ぱかりと大きな口が空いて、全てを悟った。
図鑑にひっそりいた、この化け物は古代獣だ。どうしてこんな場所に? 復活したのか?
頭の中でぐるぐると幻の原種である、古代獣の出現に混乱していると。
「あ────」
死ぬ。そう、これはゲームではない。
急所に入れば、本当に死ぬ。ゲーム世界ではリセットボタンが生じるだろう。
何度もやり直しが出来るし、ゲーム内でセーブすれば再復活なんて何百回でも可能だ。
(でも、ここは……私にとって、現実なのよ…………)
そして骨までバリバリと食い殺されても死ぬのだ。
死にたくないと一瞬頭に過った。強欲になったのか、推しの笑顔を増やしたいだの幸せにしたいだの、大層な目標やら野望抱えてしまった。
ただ見られただけでよかったのに。推しのふと見せる、悲愴感や迷子の様な表情をもうさせたくない。
白磁の様な美しいセルリアーナの肌は一層、血色をより悪くさせた。
「いや、いやよ……わたくしは、まだ何も成し遂げていないわ。絶対に死んでやるものですか……」




