4.5 エスメラルディ侯爵家邸内での出来事
※※**※*※※
「ちょっとちょっと……、セーナちゃん奇声発してない? 打ち所悪くて人格まで変わっちゃったのかなママ心配」
「確かにセーナの様子が……。うちの邸宅近くに駐在してもらってる先生は、頭部外傷による人格変化が起こってもおかしくない……と」
「脳の障害がもし起こったら?!」
「大丈夫だよ、僕達の娘はそんな柔な子じゃないさ。このエスメラルディを誇る優秀で美しく努力家な自慢の娘。どんなことが起ころうと、絶対に僕が守る」
「パパ……ッ」
セルリアーナの両親は苦悩していた。
彼女と幼少期、王宮へ謁見を許された際に出会わせてしまったからだ。
セルリアーナは一目で第二王子殿下に心を奪われ、そして国王陛下はそんな子供達を政略結婚へ引き摺り出すのも抜かりなかった。
エスメラルディ侯爵家。代々、魔力保持者数が減少傾向にある王国でも突飛として膨大な魔力を持つ血筋が生まれる侯爵家内でも筆頭格。
他国侵略や争いの火種を撲滅し、隣国と和平条約を締結してからは一貫として戦争は此処百年以上起こっていない。
故に、魔法を扱える人間が戦闘に立たなくても良い平和な輝かしい時代がそこにあった。
王国では生活資源として体内エネルギーとして放出することが可能な魔力を元に、多くの国民達の生活を支えている。
特に全身に抱え切れぬ程に生産されてしまう魔力過多を引き起こす魔力過多中毒症を防ぐと言う体裁を前に、魔力を送りグランドル王国内の電気や様々な公共機関を動かすエネルギーの源を王国に五つの柱が聳え立て、作ったのだった。
エスメラルディ侯爵家はその内の一番資源エネルギー代謝が多い支柱を代々担っている。
これはグランドル王国としても、絶大なる信頼関係の上に成立しているものであり、同時に反旗を翻されたら面倒な血族と確固たる繋がりが早急に欲しかった。
だからこその、第二王子との婚姻が早々に幼少期から殆ど確約していたのも理由の一つに挙げられるだろう。
「……それに、王宮直下に勤務する経歴を持つ宮廷医師だったセーブル医師の目は間違いないだろう。家族である僕達が彼女のことを信じてあげなくてどうするんだい」
「そうね。エスメラルディ侯爵家の息女は、苦境にも打ち勝てるだけの魔力と才覚があるのよ」
「僕達よりも膨大な魔力を持っているから、幼なった彼女にこんな宿命を背負わせてしまったのは、親として申し訳無かったな」
「だから私はね、あの子が幸せになる結婚をして欲しいわ。例え王家との政略結婚を蹴ってでも……そう願うのは侯爵家を背負う者として失格かしら」
「そんなことはないさ。僕達だって恋愛結婚だったし」
「……私はね、あの子には必ず幸せになってもらいたいの」
「せめて同じとまではいかなくとも、殿下の御心がセーナへ少しでも向いてくれればなあ……或いは……」
「……そうね」
セーブル医師によれば、脳震盪に頭部外傷が原因で数日意識混濁していたものの、幸いにも後遺症は無いだろうとの見解だった。
確かに、セルリアーナは起き抜けは酷く冷や汗をかいて卒倒しそうな程に顔色が悪かった。
名前を呼ぶと「セーナ?」と一瞬訝しげに首を傾げる様子で、直ぐにハッと我に返って途端に顔を俯かせた。あんな表情は両親である二人ですら、あまり見掛けたことは無かった。
親馬鹿と言われれば終わりだが、彼女は気丈に振る舞っているが本来は優しく繊細で、傷付きやすい心を持つ娘である。
留学している兄には欠かさず手紙を出す家族愛に溢れ、好きになった第二王子殿下を彼此十年は想っている。
好かれようと必死に、王子妃教育を一日も休まず熟し、魔力操作の訓練も行う努力家だ。
誰にも弱音を吐かず、見せず、ただ毅然と貴族令嬢として、エスメラルディ侯爵家令嬢であり……。
そして────、第二王子殿下の婚約者として王家の人間の隣に立つ者と言う重責を背負っているのだ。
だからこそ、彼女には幸せになって欲しいのである。例えどんな結果であろうと。