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47 さっさとテントにお戻りになられたら?




 エスメラルディ侯爵家が統治する領土で産出する名産品がオレンジだ。皮も湯船に浮かべるバスアイテムに加工して、王都をメインに流通する人気商品である。


 勿論、セルリアーナの前世の記憶で断罪後のスローライフを万全な体制で送りたかった。野望だ。


 戦争地帯に兵士として送り込まれるか、罪人として断頭台に行き着くのも絶対に避けたい。

 家族の生命や最期まで味方でいてくれた侍従達の存在、そして愛しき推しラルシュに血で手を汚したくはない。


 だが倫理の欠如、善意を盾にして他者を踏み躙る愚弄を誰も咎めないだろう。


 マイカ・チャンベラの異常性。


 システムの強制力と圧倒的な寵愛を一身に受けて、綺麗事を神の名を借りて貫くのはゲーム上納得行くが、プレイヤーで無くなったセルリアーナにとっては障害物以外にもならない。


 生存以前の、障壁にどう対抗するか試行錯誤するのに、主人公の前に立つとちっぽけな力に成り下がってしまう。今までの功績も、努力も全部掠め取られるのだ。


(それに加担する攻略対象者の、蜜に群がる蜂の様に主人公は無意識に他者を惹き寄せるから厄介なのよ)


 毒された彼等は永遠と生きる愛の奴隷だろう。


 ゾッとした。

 王家の婚姻政策が絡んだ政略を白紙に戻せるだけの、選ばれし稀代の光魔法。


 黙殺出来る全人類に愛を注がれる存在を、冷ややかな目でセルリアーナは視線を移した。

 指先がひんやりとする。怒りのコントロールをせねば。侯爵家令嬢の威厳と名誉が問われる。


 セルリアーナは爪先に感じ取った、冷気を押し殺した。


「エスメラルディ侯爵令嬢、まだ何かマイカに用があるのか? さあ、私のテントに来なさい。支度は済んであるから」


「あの、殿下…………」


 苛々が押し殺せなくて、ついセルリアーナは侮蔑を滲ませた氷の瞳で第二王子殿下アルベルノを射抜いた。侍らせているお気に入り女生徒の、公式な躾をしろと言わんばかりに。


 セルリアーナの名前を一度とも呼ばず、平民出身の愛しき一女生徒は親しげに甘ったるい声音で呼ぶのだから。


(はいはい白馬に乗った王子様の御登場ですね。暫定的だろうと婚約者を無碍にして、国益もそっちのけで自由恋愛する殿下は相変わらず、顔だけなのかしら)


 こんな屈辱を受けてまで、縋り倒すのは貴族令嬢としても恥である。みっともない姿を大衆に晒してでも、ゲーム内のセルリアーナは目を覚まして欲しいと訴え掛けていた。


 それこそ最期までエスメラルディ侯爵家に関わる全ての人間を破滅に追い込むまでに。


 だったら彼等の忠誠心や愛情を無碍にする行動は謹んで、とっとと第二王子殿下はマイカを正式に娶ってくれさえすれば一件落着なのだ。


 勿論、王家からの苦渋の選択で真愛を見付けたアルベルノの意見を尊重した体で適当に処理するのが、妥当な線である。


「それは密談でもわたくしの前で、するのはいかがなものかと? 何処かゆっくりと寛げる場所でされたら?」


(安易に殿下のテントはよ行けって、促してるのわからないかしら????)


「……それとも、公の場で非公式であるけれど公式な御言葉を賜れるのならばどうぞ」


 グッと喉仏が微動したので、アルベルノ殿下にはまだ決定的な発言は出来ないのだろう。

 それもそのはず、王家が六柱の一角を担う魔力量を誇った名家のエスメラルディを一時的な恋慕の迷いによって無碍にするには時期尚早。


 例え気持ちが双方共に冷え切っていたとしても、そう簡単に切り離せるほど政治的利用価値は低くはない。


 噂では近年、王家では魔力量の低迷が懸念されており婚姻政策において、魔力過多で王国のライフラインを支え確固たる防壁を二十四時間三百六十時間。

 休息無く展開し続けられるのはエスメラルディ侯爵家の功績があるのだ。


 ゲーム内では殆ど得られぬ情報だったが、嫌と言うほどに侯爵家の貢献度の高さ故に王家も一方的に婚約破棄は言い渡せぬ状況であった。


 だから此処でカリュプス、所謂王家御用達の監視者の出番である。

 ラルシュに王家叛逆を齎さぬ証拠とし、一挙一動を監視をさせることで体裁を保てる仕組みだ。


(何かあれば、その綻びを突いてオーバーに肉付けして新聞社に情報を流せば良いのだから……)


 失墜する侯爵家の名を鑑みれば、王族の婚約者としては名簿除外が妥当の処置。

 最悪は貴族籍を除名、没落させて国境近くでいざこざが絶えず害獣がわんさかいる死地へ送り出してやれば良い。


 名誉ある死すら王国が利用する形を作るストーリーはもう出来上がっているはずだ。

 シナリオはゲームで何度もエンドロールを見届けた側が、もう知っている。結末はそう易々と変えられぬことも。


 華麗なカーテシーを披露して、セルリアーナは背後から罵詈雑言が聞こえようと無視をした。とっとと二人きりになって愛を育めば良いのに。


 セルリアーナはポケットの中にある宝石を握り締めて、少し苛立った感情を鎮めようとした。







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