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42 合法的なおもてなし〜推しと至福のティータイム




 推しのカリュプスを招待するにも、まだ王子妃教育後で締め上げられたコルセットと豪奢な蜂蜜色のドレスだったので難を逃れた。


 推しと対面するならば、それなりに身なりを整えねば失礼である。

 グランドル王国を統べる国王陛下の王妃との茶会よりも、念入りに準備したいのがオタク心だ。


 理解し難い心理であろうが、染み付いたオタク魂はちょっとやそっとのことでは塗り替えることは難しい。


(待って待て待て待てセルリアーナ、ガチで有り得ないことだと思うが、まさか一%のレア演出とかじゃあ無いよなあ????)


 バルコニーに通ずる窓の施錠を解除すると、カリュプスは革手袋越しに息を吐いた。


(うああああああリアル訪問マジ激アツなんですけど夢じゃあないいいいいあああ)


 夜風はかなり冷え込むようだ。早く体を温めてやらないと。


「夜分に悪いな」


 セルリアーナは前世の記憶通りに紅茶をティーポッドからカップへ注いだ。


 まだ温かい。湯気がふんわりと茶葉の良質で高級な柔らかな香りが漂う。

 王宮で扱う茶葉はどの銘柄を扱っているのだろうと、耽る暇はない。


(アウアウああああああああああ温かい紅茶お飲み下さいませあああああ)


「カリュプス様、どうぞ」


 にこりと微笑む。脳内では大暴れモードであるが、令嬢たるもの顔は崩さず、笑顔は絶やさずだ。


「ありがとう」


(……ん? 今私普通に紅茶淹れてしまったな……?)


 しまった。貴族令嬢が茶を淹れるなんて有り得ない。


 前世のOLであった普通を、悪役令嬢へ転生してしまって常識がまだ時折、無意識のうちに出てしまう。貴族ならば、侍女を呼んで淹れてもらうのが一般常識なのに。


「王宮に出る一級品の茶葉は、やはり香りや味も舌触りも良いな」


「あ、あの、どうして、ああまずご足労」


「本人公認の監視者が来たって言うのに、尋常じゃない焦りもないな」


「それは十四日二十時間三十三分ぶりにお姿を拝見できたら、天にも昇る気持ちになりますわ」


「通常運転で結構」


「あ、これ王宮御用達のお茶菓子です、ぜひ」


 特段気にする素振りもなく、セルリアーナが淹れた紅茶を飲む彼にドキドキが止まらなくて一挙一動を目に焼き付けたくて瞬きをするのを忘れてしまう。


 革手袋は外したくないのか、そのままであったが全てが美しい。認識阻害魔法で、髪を変えることもせず黒曜石の様な双眸や髪の艶やかさを隠そうともしないのが、もうツボだった。


 野良猫が徐々に懐いている。ファンサを一万回送り続け、漸く気紛れに振り向いてウインクされるくらいの衝動。それに似ている。


「ほら」


「へ?」


「こう言うのは、分け合うものなんだろう?」


 華奢な銀色のフォークで、ムース状のベリーケーキを半分にすると、皿に取り分けてカリュプスは差し出して来た。

 テーブルクロスの繊細な刺繍に視線を落とし、それからケーキを泳ぐ瞳で見た。夢では無い。


(マジ死ぬううううううああああああああああああああ)


 感極まる場面で思わず吐血しそうだったが、流石は侯爵令嬢の器だ。全く此方の激しい動揺にも怖気付かぬ屈強な精神力である。


「隈凄いな、寝れていないのか」


「その、最近は色々と政務も侯爵家の責務として諸々、時間が足りないくらいでして。人気者は辛いですわね」


 推しに嘘を吐くほど、セルリアーナは出来上がっていない。どんな状況下であろうとも、絶対に真実を隠蔽したりはせず有りのままに着色して物事を紡ぐ。


 それが処世術であり、貴族令嬢たる毅然たる姿勢である。


「褒美とか、何か欲しいものはないか」


「えっ」


「日頃誰からも褒められないのに、お前は良く……努力して、王国の上に立つ人間として国民の鑑になろうとしているのに」


 突然、カリュプスが爆弾を落としてきた。

 褒美なんて沢山欲しい。金とか金とか金とか推しへ注げるだけの時間と資産と時間である。


 あとはどんな災難が降り掛かろうと振り払えるだけの圧倒的な力を要求する。

 大事なことなので、何度も考えたが、要するに金と時間と権力が欲しかった。喉から手が出るほどに。


(推しが、非公式で公式な本によれば不遇な状況であることには変わりないのだから)


 それが手に入れば、推しがこんなにも愛も知らず不遇な生活環境を強いられずに、もっと温かみのある幸福で溢れる毎日を過ごせるはずだ。


「俺がやれることなんて、たかがしれているが」


「いえ、何もございませんわ。ただカリュプス様が健康で幸福であることを願っております」


 心からしてそう願う。エスメラルディ侯爵家で匿えるのであれば、とっくにそうしている。


 だが、バックには侯爵家とは雲泥の差がある王家の存在が今になってチラつく。セルリアーナからしたら、正直邪魔者以外無かった。

 普通の幸福への道を阻害しているのは、紛れも無くグランドル王国である主君だったからだ。


(許さないわ、推しの幸せを遮る人は私が徹底的に潰してみせる)








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