40 正当なる血筋 ※カリュプス視点
「言わせないでくれ。お前が相応しいと、この俺が言っているんだ」
「ですが────」
「なんなら、お望みならば命令してくれれば良い。次期家督として、カリュプスへ汚れ仕事を命令すれば良いのに。それこそいくじなしだ」
「飼い殺されたままで……良いのですか、兄上の人生は!」
「それを決めるのは俺の自由だ。ああ、サイラファース・ベンブルク公爵とでも言おうか?」
「……僕は貴方に幸せになってほしいのです……どうかそれだけはご理解下さい」
「────気が変わる前に命令をしてくれれば、遂行してみせるよベンブルク公爵家の繁栄と共に」
人の目が気になる。長々と応接間にでも通されれば良かったが、生憎義弟と仲良く茶を飲むなんて有り得ない。さっさと報告を済ませて帰らなければ。
(ああ、やっぱり騒がしくなってきたな)
侍従達が集まって来た。当主の正式な息子を心配そうに見詰めている。人望が厚く、次期当主に相応しい人材で凛々しい眉に体躯の良さは社交界でも目立つ。
(カリュプスはあまり、気に入っていないみたいだが……あいつは別だな。血が滾らないから)
王家以外の人間で、唯一俺の顔を見破るのはこの義弟と。あの女だけだ。
反吐が出る。産みの母親は高みの見物で、汚物を見るかのように実の息子を睨み付ける。
優しい言葉を知ることも、腕に抱かれる記憶すらないまま市井に放り出されたからか。
こうして公爵家に戻って来ても、女性に対する嫌悪感は拭えない。
なのに、あの女は不思議と嫌じゃない。
巻き髪をやめた理由は「貴族令嬢として誇張したかった」と吐露して、恥ずかしげにマゼンタカラーの長い髪で顔を隠した。誤魔化すのが非常に長けている。
凍てつく氷花と謳われる令嬢が、無防備に本当の顔を晒すから。掻き乱される心は仕事に支障をきたす。
こんな感情はとっくに捨て去ったのに、殺し切れないのは何故だ。
(いっそ、王命でとっとと処理を遂行しろと言われれば、なんてな……)
それはなんだか、もやもやと胸の内を焦がすから苛立ちがどうも最近纏わりつく。
報酬金の使い道が無くて、適当にプールさせていたが、仕事先で偶然手を貸した老婆が「あれは気にならないかい?」と指を差した先に。
硝子で覆われたある一点物の髪飾りに目を奪われた。あの女が嫌う瞳は、美しいのに。
(カリュプスが認める人間で、王家や親族以外は初めてだな……)
それと同等に強い輝きを放ち、高慢にも持ち主を選ぶ様な光を感じた。老婆から何気無く命を拾ってくれた報酬として渡された髪飾り。
アマリィシアの氷砂糖と言うらしい。気紛れにあの女の柔らかい髪へ着けてやったら頬を染めて、照れ臭そうに「幸せだ」と言うもんだから。
此方も忘れかけていた感情の波に、移ったようだ。顔が仄かに熱くなって、思わず掌の皮膚を抓って冷静さを取り戻した。
「種違いの兄とは言え、あまり俺と親睦を深めるのは良策ではないかと」
「……兄上」
「失礼、これから王宮へ取り次ぎがあるので。お身体にはご自愛下さい、次期当主」
「どうして話を聞いてくれないのですか……っ! 僕はずっと、兄上と話したかった。なのに」
「下賤の血は、公爵家を滅ぼす材料となる。分かるだろう、賢いお前なら」
「ラルシュ兄さん……ッ、そんな風に御自身を卑下なさるのはおやめ下さい!!」
「ジジイが死ぬ前に、俺の体を覆っていた黒は侵蝕して厄災を引き起こす色に、命を刈り取る為に特化したカリュプス。はは、認識阻害が効かない相手なのは厄介だ、顔を覚えられてしまう」
「兄上!!!!」
「この場には相応しくない、不吉を齎す黒を誰もが受け入れると本気で思っているのか?」
「────貴方を、此処の者達は歓迎しております。どうか、時々はお元気な姿を見せに、せめていらして下さい」
返事をせずに、外套の裾を翻して公爵邸を後にした。カリュプスがぐだぐたと愚痴を溢すが、無視し続ける。
(ああ、煩わしいことばかりなのに、どうして……)
どうしてあの女の声がちらつくんだろう。
サイラファースは真っ直ぐで、良い義弟だ。
正直なところ変な令嬢に引っ掛かって欲しくはない。何なら婚前契約を念入りにして、厳重なる身辺調査を突破した貴族令嬢が好ましい。
後継者としてラルシュの名前が必然的に挙がるのは分かっていたが、由緒正しい血筋の義弟がこうだから困惑するのだ。
グランドル王国の汚れ仕事を請け負う人間が、公爵家の当主を名乗るなど言語道断。
適材適所と言う言葉があるように、上に立つ者としての教育を一身に受けた義弟が領地を運営すれば良い。
その方が誰もが幸福になる。血塗られた手で治めるよりは、領民達だって心の安寧を得られるだろうから。
「替え玉に価値を見出すのは……俺の方もだ、セルリアーナ……」




