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39 ベンブルク公爵家の次期当主 ※カリュプス視点






 こうしてベンブルク公爵家に連れ戻され、覆い隠す銃口(カリュプス)として生きる道だけが残った。死ぬまでこの体が普通の生活を許してはくれないらしい。


 安い蒸留酒の匂いを嗅ぐ度に、忌々しい記憶が蘇って虫の居所が悪い。特に今日は、最悪だ。


「ラルシュ兄さん、帰ってらしたのですか」


「……定期報告の為に立ち寄っただけだ」


「どうしてそう他人行儀……いえ」


「なにか?」


「お疲れのようですね、今お茶を淹れるよう────」


「結構」


 定期報告で立ち寄った公爵家の豪奢な邸宅は、その名を呼ばれたラルシュ・ベンブルクには不釣り合いだった。


 整った顔立ちであるが、身なりは貴族とはかけ離れた質の悪い汚れが目立たぬ通気性の良い外套(がいとう)。そして質素な服装は誰が見ても、物乞いか賎民だと思うだろう。


 カリュプスと言う通り名は、謂わば使役する影である。ラルシュの右腕へ図々しく居座っている。

 その媒体は古い文献にも殆ど載っておらず、けれども資格のある者へ媒体が移動し、世代を超えて今も尚存在する異形。


 本来の性質故に、他人からはラルシュの存在や顔を認識阻害したり、魔力残渣が殆ど残らず気配を消すことが出来るスキルも使える。


 他人を誘惑したり、瞬間移動をするといったことは出来ぬが、不吉を象徴する生物の視覚的情報の共有や隠密行動に特化した能力は展開することが可能だ。


 三十四代目のカリュプスを使役する者として、ラルシュはこうしてベンブルク家の人間であることは、非公式に近い公式的に認可されていた。


(兄と呼ぶにもお粗末なものだな……)


 このベンブルク公爵家の次期当主である義弟は、生粋な貴族の血筋を引く正当な人間だ。


 ラルシュとは違って、随分と家族愛に囲まれ純粋に育ったからか。こうして声を掛けてくる。正直迷惑だったが、無碍には出来ない。


 一応、ベンブルクの名の下で王家に出入りしている暗躍者であり、汚れ仕事を担っている手前、強く出られないのだ。


(俺がベンブルクの名をお溢れで貰えたのは、第三十四代目カリュプスを無視出来ないからだろう)


 ベンブルク公爵家。金と権力、強欲。


 女当主は実母だが、あの女は欲に忠実である。男漁りが趣味なので、今頃何処かの若い男性を搾り取っているだろう。


(見た目は女に寄生するクソ野郎だった父親似で、流れる血はカリュプスが認めたベンブルクの血か。何とも滑稽な話だ)


 異父兄弟である義弟が慕うが、正直迷惑な話だった。

 ラルシュは好かれる様な要素は一つも無い。下手したら後継者争いの火種になる、卑しい存在なのに。


「ですが……母上は、今不在ですし」


「お言葉だが、家督の譲渡で些か縺れていらっしゃるのに、余裕しゃあしゃあですか」


「僕は……本当は兄上が相応しいと」


「……馬鹿なことを。下賤な血を引く、あの女の戯れで産まれた子供が家督を? 冗談じゃあない」


「やめて下さい。自分を蔑む物言いは、兄上であろうと許し難いです」


「高貴な御方は、心も清らかで夢見も良く羨ましい限りだなあ」


「ラルシュ兄さん!」


 ラルシュは出生が特殊だ。種は違えど、産みの母親が育児放棄した挙句、二人は身の着のまま真冬の外に放り出され。

 正当な血筋との間で受精が確定した瞬間に放り出すくらいの、利己的な女が聞いたら怒り狂うだろう。


(あの女に似なかっただけ良かったよ。義弟があの女と瓜二つだったら、カリュプスが間違い無く撃ち抜いていたかもしれない)


 それこそ義弟に悪いことを吹き込んだとか、勘繰られて面倒事に発展する。


 カリュプスは己が認めた存在しかその身を表さない。姿形は普段から認識阻害魔法で、有耶無耶になっており、ラルシュは器に過ぎないのだ。


 ただカリュプスが第三十四代目として認めたことで存在意義が発生している。簡単でお粗末な話だ。


「それは兄上が……、お祖父様急逝後に此方に引き取られたのが関係を?」


「この出来損ないが、顔も知らぬ老人を殺して命を吸い取った。だからこれが宿っているんでしょう?」


 右腕に集まる、赤黒いカリュプスは命を欲している。生きた贄を出来るだけ吸い取って、糧にしたいと叫んでいるのだ。


(覆い隠す銃・カリュプスはそんな生半可な物じゃない。生きた獣だ)


 弾丸として撃ち抜く形状に変貌させているが、実際このカリュプスが望む形態は纏う剣である。一体型に右腕に円状に形成して、相手を貫く実感を求めているのだ。


 だから、暗躍者と言われる。


『おい、この小僧の贓物(ぞうぶつ)撒き散らして良いのか?』


「……やめろ。俺の義弟だ」


『昔っから、ぜーんぜんっ変わらず、イケすかねえ野郎だ。善人ぶってる、お綺麗な心を真っ黒に染めてやりたいぜ』


「……ラルシュ兄さん?」


 覆い隠す銃・カリュプスの本性は、悪魔気質な血を啜る獣である。血を啜る獣を宿すのが歴代の暗躍者である証だ。


 その存在意義で、ベンブルク公爵家の敷居を跨げている。王家のお抱え暗躍者は、それなりに過去の偉業もあってかある程度のことは目を瞑ってくれる。


 多少のやり過ぎた制裁も掃除すら、人を寄越して無かったことにする。毒牙は常に側に置いておきたいらしい。


 義弟はカリュプスを認知出来ない。魔力を持たずに生まれたからだ。別に貴族社会に魔力持ちが優位では無いとは言い切れぬが、無い方が生きやすいだろう。


 無駄な争いを一つでも避けられるし、こうやって魔力を探知する野獣に目を付けられる理由が無くなるからだ。




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