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37 あなたに出会えて、幸せです





 この喜びをどう体現して良いのか分からない。目の奥が熱くなって、セルリアーナは思わず天を仰いだ。

 年季の入った図書室はまるで歴史だけを取り残している空間だ。


(凍て付く瞳を持ち、全てを氷塊にしてしまう冷酷な一族とも言われるのに……。カリュプス様は対等に扱って下さる)


 語られぬ真実が埋もれ、そして情報を得たいが故に集う虫が行き着く答えに愕然しつつ見出す何かを虎視眈々と待ち侘びている。嘘と真がある部屋だ。


 セルリアーナは愉悦を吐く息で漏らした。こんな幸福が訪れるなんてバグかと疑念を抱く前に、やって来た事実を受容したいくらいに感激していたからだ。


「ああ……嬉しいですわ。こんなに胸がいっぱいで、幸せで……。罰が当たるんじゃ無いかって、時々思うんです」


 カリュプスに出会ってからは、転生前の自分は孤独を極めていた。世渡り上手の姉と比較され生きて、心の拠り所はいつも別次元だった。空想内ならば誰にも迷惑はかからない。


 孤独を宿してようとも、決して微かな希望を諦め切れず抗う信念が。


 あのたった一秒で世界が変わってしまった。


 画面越しでも、彼の孤独や抱える絶望感も何もかもが手に取るように心へ浸透してしまい、気が付いたらゲームにのめり込んでいた。


(推しに出会って、私の運命は大きく変わったもの。退屈だった、日常が……)


 別に好きな攻略対象者もいない。彼に会う為だけに、全ルートをクリアして見届けたのだ。


 枯渇し切った自分が原作者の憤りや裏設定に出会ったのはブログで綴られた不満からで、それがきっかけでより視野が広がった。


 何も興味を持たず、結婚は? 子供は? と順風満帆に生きる世の中で言う勝ち組の姉を前にしてとも。


 この『光の先に続く真愛』があったから、詰まらない毎日が楽しかったのだ。


「でもそんな心配事は貴方とお話し出来るだけで、もう毎日楽しくて明るくて────」


「はあ? 俺と話すだけで? そんな大層なこと、してないぞ」


「だって、わたくしの人生は貴方を一目見た瞬間から一変致しました。勉強も魔力操作も、王族の隣に立つ者としての教育……義務でやっておりました」


 王子妃教育はそれは血反吐を吐くレベルのスパルタ教育だった。もう音を上げたいくらいに、峻厳(しゅんげん)で逃げ出したくなる程セルリアーナを徹底的に苦しめた。


「心の拠り所をあの人に求めていたのかもしれませんが、まやかしだと気付いたのです……ある日を境に」


(セルリアーナとして転生されて、一緒に過ごす時間が増えて。それはもう楽しくて楽しくて幸せで……)


「カリュプス様に出会えて、幸せなのです」


 すると、カリュプスは小さく微笑んだ。革手袋の指先が、頬を掠める。


「……お前がいると退屈しないのは確かだ」


 大きな鐘堂の音だ。次の授業が始まる十分前の予鈴が鳴り響く。

 確か模擬訓練だったはずだ。着替えや道具を準備しなければならない。


「授業がそろそろ始まりますので、名残惜しいですが……ご機嫌よう」


「────手を貸せ」


「へ?」


「足でも挫いたらどうするんだ」


 図書室の高い窓枠部分に腰掛けていたのだった。さっと降りたカリュプスが手を差し出す。


「優しいですのね」


「馬鹿野郎、怪我したら────」


 案の定、飛び降りに失敗した。カリュプスの胸元に飛び込む様な形で今度は、セルリアーナがダイブしてしまった。


(良いにおいいいいいいあああああ胸板厚みあるううううう生の推しだああああ)


「おい、しっかりしろ。貧血か?」


「……あのう。膝枕してくださったら……治るって、申し上げたらして下さいますか……?」


「冗談が言えるくらいだから、問題無さそうだな」


(ワンチャン膝枕あるかと思って当たって砕けたけれど、惜しかったわ……)


「どうせ惜しかったと思ってるんだろう。男の膝なんぞ固くて枕代わりにもなりゃしないのに」


「ちょーっと頭をこう、お膝の上に乗せられたら、わたくし動悸も回復するかなあって」


「何か企んでるようだが、どうせ碌なことだろう。その様子ならとっとと模擬訓練の支度でもしろ」


「心惜しいところ恐縮ですが……うう、今日はこれにて……」


 後ろ髪引かれる思いで、図書室を後にする。




 きらりと窓から差し込む太陽光でキラキラと映るアマリィシアが、やけに美しかった。






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