35 推しの御前で粗相は御法度、これ常識ですわよ?
「疑わしきは罰せよ────。そう、グランドル王国第二王子殿下はその様な思想をお持ちだと、仰るのでしょうか」
毅然としたセルリアーナはひどく、落ち着きを払っていた。冷静さが勝つと、途端に頭の中は怒りに彷彿した熱量が一気に冷える。するとどうだろう。
相手を論破するだけの、知識や機転は彼女がどれだけ血反吐を吐いてでも王家へ嫁ぐべく身に付けた仮面が突如現れて来たのだ。
(お灸を据えねばならないのね、この年上の私に)
すう、と吐き出された言葉は上の者を正す、臣下としての言葉だった。
「はあ?! セルリアーナ!! 今直ぐ撤回しろ!!!!」
「いえ、わたくしはこれでも殿下の婚約者候補として名が上がる侯爵家の者。上に立つ者が誤った道を歩むのなら、それを正してやるのも忠臣の役目では? 貴方達は何をしてらっしゃるの?」
「貴様…………っ」
「第二王子殿下へ仕える、未来の忠臣達は何処で油売ってなさるのかしら」
攻略者二人を咎めなかれば、エスメラルディ侯爵家の一員としても恥をかく。
しんと先程の賑やかさは打って帰って、静寂に包まれた。誰も反論をせず、静観している。これが答えだ。
何もセルリアーナは間違えていない。彼等の、事を荒立てては、子供の玩具取り合いを仕組んだ真似事にいつまでも付き合ってはいられないのだから。
「────グランドル王国に祝福と栄光を。さて、わたくしはこれにて失礼致します」
「おい、話は終わってないぞ!」
「いいえ、もう終わりました。移動教室後、わたくしの席を物色したり出来る時間は僅かに生まれ、誰でも仕込める隙があった。事実ですね?」
(さあ畳み掛けましょう。このゲームが始まる前から既に勝負はついていた、彼等の負け戦に)
ゴニョゴニョと口籠もる臣下もどきの二人は、此処で脱落らしい。マイカは鋭い視線を浴びせてくるが、貴族と王家の話に首を突っ込んで良い相手でも無い。
「それじゃあ仕組んだってことになります! そんな酷いことする人達じゃないのは、私が一番知ってます!!」
「酷いことを何方かがしたのは、公然たる事実では? 貴女、先程から論点がズレてますわよ」
だから徹底的に叩いてやる。ゲーム内のセルリアーナは嫉妬で目の前が真っ赤に染まっていたな、と思い出した。目の奥がぐわぐわと歪んで熱いのか冷たいのか、分からないくらい我を忘れていた。
けれども、今此処で主人公のヒロインと対峙しているのは、元ゲームプレイヤーである。
「それ、は……っ」
「分かりました。では犯人探しを徹底的にするのがお好きならば、全員の調書を第三者委員会を交えて取りましょう」
「第三者委員会だと?!」
「グランドル王国が庇護する光属性の持ち主様の私物が紛失したとなれば、これは即ち王国への中傷行為に値すると……」
「飛躍し過ぎないか……? たかが、ペンの一本無くなっただけなのに」
(騒ぎ立てた側が、怖気付くなんて格好悪いわね。本当にどうしようもないわこの人達は)
「たかが? 疑わしき者を軽はずみに罰を与えるように合理的では? 事を大きくしたがったのはそちらでしょう?」
「そんなっ、私はただ────」
すると、ガラガラと華麗に登場した証人の一人がタイミング良く偶然訪れた。二つに結いた髪と、薔薇の香りがする侯爵令嬢と言えば、彼女しかいない。
「セルリアーナ様? 先程は職員室まで一緒に来て頂いて、期末テストの範囲を教えて下さり、助かりましたわ」
「キャサリン様、とんでもございませんわ」
「いえいえ! 欠席中の板書の写しを取って下さって、課題も間に合いましたのよ」
(キャサリン様は本当に私が、来て欲しい時に見計らって下さるわ。今度とびっきり美味しいストロベリーの紅茶を贈らないと)
「ご覧なさい。わたくしはキャサリン様と職員室におりました。この教室から徒歩七分と別棟近くにある職員室へ。さて、この広大な敷地を予鈴前にどう瞬間移動出来たと仰るのでしょうか」
「まさか転移魔法なんて、この世界で使える者は誰一人といない禁術でも使えぬ限り、不可能なのです」
「禁書は王宮専属の司書官が厳重に管理しておりますので……簡単にはアクセスするのは難しい、ですし」
援護射撃も好調。何故かキャサリンにくっついていた、シュリシュナータも提言してくれたのは大きい。
後ろに一歩下がった殿下の、狼狽する様子を確認したら一目瞭然だろう。勝負は済んだ。
取り巻きの青褪めた具合から、マイカも背後に隠れている。
これ以上の詮索も、追求をして王家へより反感を買ったり、推しの仕事を増やすのは得策ではない。
なんたって、監視者として報告義務があるカリュプスにまた厄介事を吹っ掛けられたな、とせせら笑われると居た堪れない気もする。
(まあそんなカリュプス様を見るのも、推し側としては喜びですけれど!!)
さて、此処でゲーム通りにぶつけてみようか。
マイカに立ちはだかる、悪役令嬢として。
散々やられて、それで終わる程、転生した中身別人の社畜は優しくはない。
「お妃候補のいざこざに、他人様が口出しは無用ですわよ?」




