34 マイカ・チャンベラの襲来
「わ、私のペンが無いの。あれはお母さんに貰った大事な物なのに……!」
移動教室から帰って来ると、およおよと大粒の涙を流してマイカは中心にいた。メイン攻略者である第二王子殿下アルベルノが肩を抱いて、あやしている。
クラス別に王立学院は分かれており、実はセルリアーナはマイカと同じクラスである。移動教室の授業がある場合は、人払いはしているものの施錠はされない。他の授業で、他生徒が利用する場合もあるからだ。
「────エスメラルディ侯爵令嬢、何か知らないか?」
(此処でまさかの名指しですか……)
「何か、とは?」
「彼女の母君から貰った大切なペンのことだ。オレンジの編み込まれたミサンガが付いている」
「それが何か?」
「だから、君は何処にあるか見当が付いているんじゃないか?」
唐突な言い掛かりだ。この後からやって来た人間にとっては既に不利な戦況が意図的に作り出されている。
適当に回避してやりたいところだが、平等性を謳う学舎だろうと第二王子殿下の問い掛けを無視するのは反逆罪で裁かれてもおかしくはない。
ここは少し様子を見る。周囲を観察して、綻びを見付けて叩く。強引に穴を抉じ開けてしまえば、簡単に崩壊するはずだ。
そもそもそんなに大事な大事な物ならば、肌身離さず持ち歩いていれば良いだろう。内心ツッコミを入れながら、扇子で口元を覆ってチラリと二人を一瞥をする。
観衆は集まっている。下手に出れば、マイカの思う壺だ。設定上の悪役令嬢だろうが、死に進んで近付く程、死にたがりでもない。
「どうしてわたくしが、その大事なペンとやらが何処にあるか知っていると?」
「散々この間も教科書を破ったり、気に入らねば氷の刃で大怪我を負わせる暴行を働いた疑惑が浮かんだ張本人だからだ」
「氷花の令嬢、その悪名が数々の令嬢達を薙ぎ払って行くだけの横暴さはある」
「その信憑性に欠ける悪噂は実に、悲しいことですわ。そもそも、その件はわたくしの無実が証明されたのですよ殿下」
「普段からその高慢で、弱者をストレスの捌け口にしたりと乱暴な振る舞いをしていたツケだろう?」
「ツケとは、具体的になんと?」
「マイカを噴水前の踊り場で突き飛ばした愚行に、使われていない倉庫へ閉じ込めたり! ロッカーの中に生ゴミを投入する等の数々の嫌がらせだ」
(生ゴミ投函は初めて知ったわ。そもそも私の言動一つ一つが王家に監視されているのも、知っての上での行動? 厚顔無恥にしては、殿下の品格を益々疑ってしまうわ)
「殿下、わたくしは一切関与しておりません」
(推しがどう王家へ報告しているかは知らないけれど、やっても無いことを捏造する様にも思えないわ。それに彼は何故か、マイカさんの世界中の男性を魅了するだけの愛くるしい見目には舌打ちするくらいだし……)
「そのいつだって私を見下ろす忌まわしいサファイアの目が、実に氷花の令嬢とは上手い揶揄をした者がいるな」
ガサゴソとセルリアーナの席を漁って、大物を獲った様にペンを堂々と脳味噌筋肉馬鹿デイヴィスが掲げるだけの演出は見事だった。
周囲は喧騒と化して、一方的に悪者に仕立て上げられる。
「ほら、やっぱり此処にあったぞ!」
(人様の机を漁って、野蛮な方ね。品性の欠片すら無いなんて……王国の未来は暗いわ、こんな忠臣とも呼べぬ愚弄者を侍らせてるのだから)
「やはりな。貴様はマイカを困らせて、私に振り向いて欲しいのかもしれぬが、私は貴様を映してなどやらない」
「私悲しいです、セルリアーナ様がこんなことをするなんて。ずっと仲良くしたいと思っていたのに」
「おい、何か言ったらどうだ?! 証拠も出て来たと言うのに、言い訳くらいしたらどうなんだ? ええ?!」
「そうだ。犯人は貴女だ、セルリアーナ・エスメラルディ」
「セルリアーナ様、今謝って誠意を見せて頂けたら、私達これからは仲良く────」
(はあ、直ぐに火に油注ぎたい人達が勝手騒いで。マイカさんはどんな手を使ってでも私を悪女に仕立て上げたいのね。それならこっちも出るところ、出るわよ?)
生粋の侯爵令嬢が、殿下のお気に入り光属性持ち女生徒を虐める絵面。嫉妬に狂う醜悪さを植え付けて、より孤立化させたいのだろう。
マイカのウルウルと真ん丸い目を潤ませて、殿下の袖口をちょいと掴む仕草も今では虫の居所が悪いのか器のセルリアーナが憤っているのか。魔力を制御する為の厳しい鍛錬を受けていて正解だ。
彼女の努力の結晶をもう無駄にはしない。




