33.5 父親はカリュプスと対面する② ※侯爵家当主視点
親馬鹿とは存在するのか。貴族は子供は出世の道具や駒にしか見えない奴等ばかりなのに、とでも言いたげな表情でジッと黒目が逸らさない。
「我々二人にしか、カリュプス様を認識出来ないのはやはり……」
「王族に近しい人間であり、カリュプスが貴殿等を視ているからだ」
「それは私達は視られている────と」
「……分かってる、彼等は餌じゃあない。分かっているだろう? 腹の足しにもなりやしないから」
(今、私達を餌だ、と……聞こえ、た気が……)
そう、小声だが右腕に話し掛けているように見えて、足の先から頭のてっぺんまでが冷たさに帯びた。
(もしかして私達が知らぬ何かを、この秘匿される彼は────)
危険だ。このひとは。
ガンガンと頭の中で警告音が鳴り響く。生命線を絶たれると、本能が叫ぶ。
血が湧き立ち、魔法を展開しなければと。息が張り詰めた時。
「危害は加えない」
指先に無意識な魔力を感知して、カリュプスを前に生理的反応をしてしまったことを恥じた。
「それは約束する。俺だって歴史をひっくり返すのは、興味が無いんだ侯爵家当主よ」
その機微すら悟られているとは。此方が殺意に近い恐怖を覚えて、感覚が交戦的になるのに対して第三十四代目のカリュプスは物怖じしない。
寧ろ、敵意は無いと敢えて主張する動作が逆に怖かった。
「けれども、どうして貴方様は我々に御姿を見せて下さったのですか? 歴代のカリュプス様は滅多に交流は疎か王族の者以外とは口を閉ざしてらっしゃって」
「そこまで俺が答える義理は無い。だろう? 質問は俺だけだ。理解したか?」
王家が絡んでいる。目を付けられているのは、良い意味と悪い意味両方を兼ね揃えている。だから嫌だったのだ。王族に召し上げるなんてことは。
「いや、一つだけ答えてやる。ジジイの遺言だった。ただ、それだけだ」
第三十三代目のカリュプスは老年の男性だった。漆黒に何本もの白髪が混じり、髭を生やした風貌で、言葉は一つも交わしたことは無い。
王家が絡むことは、即ち碌でも無いことだけは分かる。
(ああ、だから愛娘を王族の婚約者なんかにさせたくなかったんだ!)
大事な娘ならば、好きな相手と結婚して欲しい。
貴族ならば困難な道のりであるが、ある程度は叶えてやりたい。せめて生涯を添い遂げる伴侶くらい、と。
「……どうか娘の命は」
「何故?」
「親心です……。王族に危害など、ましてや王家を転覆させ玉座を簒奪する愚者には成り下がらぬ。この第三十三代目当主の名に賭けて、約束しましょう」
「そんな形には見えない物を、俺が信用しろと?」
「エスメラルディ家を隈なく御覧頂いても良いです。王家の威信を失墜させるなんて言語道断」
「俺は忠告をしに来たまでだ。それに、カリュプスが常に見張っていると言うことは、裏を返せば証明にもなるだろう」
愛娘を渡されると、一瞬で姿を眩まされた。あっという間の出来事だった。
妻が駆け寄って愛おしそうに、父親の苦悶など知らずに眠っているのを見ながら頬を指先でツンツンしている。可愛い愛娘はカリュプスに見初められてしまったのだろうか。
いや、歴代のカリュプスの婚姻や子孫を残していた、なんて判例は聞いたことはない。ましてや存在自体がほぼ秘匿で噂でしか聞かぬ、雲の上の者をどう捉えるべきか。苦悩した。
第二王子殿下との婚約すら、もう一族が乗り出して王家へ直談判し婚約破棄をしようかと思っているのに。
ここで、王家のお抱え暗躍者が姿を現すなんて! 前代未聞だ!!!!!!
「カリュプス様って御若い方だったわねえ!」
「……歴代のカリュプス様は御姿は疎か、お声を拝聴した者もいない。ましてや常に冷血非道で王家の手足となり、影の暗躍者とも謳われる」
「それはうちの娘が美人で可愛くて才能溢れる子だからよ、目に止まったんだわ! それにしてもとっても綺麗な御髪! ご覧になったでしょうパパ!」
「……君は、怖く無かったのかい?」
「どうして?」
「黒は不吉を齎す色だ、ましてや……負を撒き散らすと謳われる王家が放った弾丸は、冥闇より覗いているのだから」
キラキラと妻の琥珀色の瞳が輝いている。
「だって綺麗だったんだもの。私の娘があんだけ執着してるんだから、親としてはねえ、応援したいじゃない?」
「ママのそういうところに私は強く惹かれたんだなああああああ」
「あなた、変なところ優柔不断になるし保身に走ってみたり、グジャグジャ考えてグジュってるけど、でも本質的に優しい人じゃないと悩んだりしないのよ? だからパパと結婚するって直ぐ決めっちゃったーえへ」
「はは、私もだよママ」
「……ねえ、先代のカリュプス様ってどんな方だったの?」
「私も当主になった頃、一度だけ三十三代目のカリュプス様を拝見したが……彼はまるで────亡霊みたいだった」
「でもでもぉ、カリュプス様が見守って下さってるって、私は捉えたんだけどパパ! あら健気な殿方じゃないーって、あれ?」
「ママ…………君の楽観的なところにいつも私は救われるなあ……はは」
「だってね、王都で大人気を誇る有名デザイナーの初代遺作、アマリィスの氷砂糖の持ち主って……まさかねえ?」
「────は? 今、なんて?」
「禍作だって言われたけれど、持ち主を選び咲き続ける特殊加工の髪飾りなのよ? ロマンチックだわあ。市場にも出回らず、噂でしか耳に挟まなかった偉業の氷砂糖が!! ついこの間! 相応しい持ち主へ渡ったって」
「ま、まさか、そんな……はは、まさかカリュプス様が……」
「まあ噂好きの淑女の仮説ですわよパパ」
「う、うう……君が言うと信憑性が高まるから……やめてくれ…………」
発見した侍女からはハンカチが額に載っており、それが刺繍無い真っ白であったことを教えてくれた。疲労で気を失ったと片付けてくれたのは有り難かったが。




