33 父親はカリュプスと対面する① ※侯爵家当主視点
「……覆い隠す銃口と……本当にそう名乗ったの、だな?」
「は、この侵入者がそう……」
早足に向かうと、そこには娘であるセルリアーナを抱き抱える一人の男性が居た。
(ま、まさか……そんな、馬鹿な)
その禍々しい雰囲気を纏い、薄汚れた外套を身に纏った人間は記憶の中には彼しか該当しない。
「公の場では無いが、こうしてお目に掛かることになるとは」
「しかし…………」
「皆の者、席を外してくれないか。彼は私の知人だ」
「────仰せのままに」
人気が無くなると、先程までは無言を貫いていた男性は漸く口を開いた。
「三十三代目が世話になったな」
外套を外す男性に敵意は全く無かった。寧ろ、それを主張する為だろう。
きっと当主やエスメラルディの血族には認識阻害魔法は通用しないからと思っているからだろうか。
ブラウンの髪が、一気に毛先から真っ黒に染まり、本来の髪色に戻る。
黒。グランドル王国では、不吉な前兆を運ぶとされる色合いだ。特に黒髪黒目は専ら、忌避される。
猫っ毛が外気に靡いて、その美貌がより怖いくらい惹き立つ。
(ああ、彼が……三十四代目、の)
ごくりと生唾を飲んだ。その口振りからして三十四代目が誕生したことを。
覆い隠す銃口。王家が抱える暗躍者。
それ以上の情報は一切遮断されており、王族に連なる者や選ばれ人間にしか姿を認識出来ぬ、人為を超越した存在である。
「新たな者が世襲をした……とは、伺っておりません……で、したが」
「その件はいずれ話す機会があるだろう。貴殿の大事な令嬢が風邪を引いてしまう」
「……貴方様がいらっしゃる、と言うことは」
「そうだ、貴殿が想像していることが起こっている。俺は仕事をするだけだ、カリュプスはその為に在る」
カリュプスを名乗る者は、本来ある名前で無く受け継いだ覆い隠す銃口を引き継ぐ。
故に、過去も人格も俗世すら捨て去り王家の影の忠臣として仕えるらしい。
それはエスメラルディ侯爵家が、第二王子殿下の婚約者となった暁に明かされた秘話である。
最も、半信半疑であったが第三十四代目が実在するとは。
「うーん、カリュプス……さま」
大事な愛娘が涎を垂らして、彼の名前を寝言で溢して我に返った。
(セーナ……どうして、彼の名を……)
「娘がどうして貴方様と面識が……」
「監視対象と接触したことが、王族への冒涜の起因でもなるか?」
「滅相も…………」
「冗談だ。一食の恩義……とは、少し違うか。なあに、エスメラルディ侯爵が心配する様なことは無い。どちらかと言えば、彼女には俺の方が手を焼かされている」
「は?! うちの娘が何か…………」
もう何が何だか頭が追い付かず混乱している。
(もしかして、幸せにしたい人って……まさか、な)
すると、彼女がやって来た。今夜も数分前まで一緒にワインを嗜んでいたが美しい。カーテーシーも完璧だ。
「エスメラルディ侯爵夫人、夜分に失礼した」
「あのお、お噂は予々」
「見ての通り外傷は無いから、安心してくれ」
「もしかしてセーナちゃんがお熱になってる殿方って、貴方様では?」
「は? はあ?!!! ぐ、ゲホ、ご……ほ、っ」
妻の弾丸攻撃に、咽込んだらカリュプスは態とらしく肩を竦めて見せた。
「引っ掻き回されているのは、俺だぞ?」
「あらあやっぱり! そうだと思いましたっ!」
「だ、第三十四代目カリュプス様を……」
「休憩時間になれば、掻き消した魔力残渣でも嗅ぎ付けてか向こうからやって来る。仕事にならないな」
「さ、さす、流石は我が娘……。やることが突拍子も無くて、エスメラルディ侯爵の血を引く者だ」
魔力残渣を追跡するのは至難の業だ。暗殺や隠密を得意とする人間が習得している場合は、より不可能に近くなる。
それだけ、痕跡を残さぬプロであるのだ。
だから愛娘が慕う相手への執着の色濃さに圧巻してしまって言葉を失った。第二王子殿下では無い、誰かに向ける感情はあったのだと。
(あのカリュプス様の魔力残渣を追うなんて、前代未聞だ。そんな叡智を超越したこの世に存在知り得ぬことを、うちの娘が!?)




