31 不器用な優しさと床ドン
「き、今日は探しに行けず、申し訳御座いませんでした」
「いつも探し当てられているから、てっきり退屈凌ぎの玩具には飽きてしまったのかと思ってな」
「違いますわ! わたくし、本日はご学友の方達とお茶会や情報共有を────」
「元小国ハーディ一族の族長を娶ったペルシャ伯爵家、公爵家の傀儡と揶揄される脆弱なるティモラスビーテ侯爵家、それに商人の成り上がりバーン侯爵家と厄介者を集めてどんなサロンを開催させたんだ?」
(仲良くしていた、では通じない?)
「棘がある言い方……なのは、思い違いでしょうか」
「そんな訳無いだろうが。何惚けてんだよ?」
顔をガラス越しでも近付けたら、分かるくらい目が真っ黒だ。黒目が真ん丸く、セルリアーナを絶望の淵に落とすことも造作も無い鋭い視線。ごくりと生唾を飲んだ。
「俺はな、面倒事が起こったら怠いから忠告してやってんだよお人好し令嬢が。態々、この監視者である俺が今までのお前の善意ある行いに敬意を払って、こうして優しく諭してやっている意味、ご理解頂けるか?」
(カリュプス様が敢えて嫌な言い方をしている時は、あまり私が良い状況下でないことだろう)
「お言葉、ですが……彼女達はわたくしの大事な大事なご学友ですのよ? 手を差し伸べて何が不自然で?」
貴族同士の繋がりは、複雑だ。貴族家としてのより大きな繁栄、領土の発展には他家との交流もそれなりに必要である。
(それにエスメラルディ家は唯でさえ王国転覆なんて疑惑がかけられるくらい、有力者揃いで目を付けられてるのだから)
皆が良い人間では無く、利己的で別の思惑を抱き失墜を目論んで近付く者もいる。足を掬わせ、陥れるのなんて貴族社会では日常的なのだ。
「ああ、本当に分かっていないなお前は。それが一体どう政権が左右するか分かっていての行動だと」
「分かっております。わたくしは、有力貴族家内だろうと、無力でちっぽけな存在であることも。ただ一つ理解しているのは、大事な人達がすべき悲しみを背負わなくても良いのなら、全力で阻止します」
「お前……はいつもそうやって……………」
こつ、と額が当たる。彼の悲壮さが伝わる。セルリアーナは額を硝子越に当てた。
監視者が付くことは、裏を返せば調査対象である。危険因子を持ち合わせてないか、秩序と正義を兼ね揃えた高潔な精神の有無、王族の伴侶として相応しいか。常に天秤に掛けられている。
そして、何か問題があれば迅速に処理しろと王命が出ているだろう。
(不器用な優しさも、カリュプス様の魅力の一つね)
「心配だったからこうして、リスクを背負ってまで侯爵邸に赴いて下さったのですね。御免なさいカリュプス様」
正面切って訪ねても良いが、伝報も出してないのに夜分訪ねたらどうかとか考えてくれたのだろう。
今回の仲違いを修復した件は、貴族家の結束を強めたことになる。有力貴族が手を取り合ったことで、何らかの柵がまた別の場所で生み出されたのは避けられぬ事案だ。
カリュプスは不利な動きをするセルリアーナを気遣って、敢えて語気を強めたのだ。推しの優しさがじんわりと胸元に広がって満たされて行く。
「それに、度重なる助言に窮地を救われたバーン侯爵家、更には犬猿の仲でしたペルシャ伯爵の間に入って双方に良好な商業取引を成立させた功績……」
「誰も出来ぬ偉業を成し遂げてやったから黙認しろと?」
「長年の布石に終止符を打てたことに比較したら、結論は自ずと出ます。わたくしって、ああなんて罪深い悪女なのでしょう……?」
「はは、流石は王家直々に注視するエスメラルディの血筋だな」
押し問答に負けた、とカリュプスは微笑した。
(やっと笑ってくれたわ……)
ギシギシと軋む音が次第に大きくなる。
そう言えば、そろそろ修繕で手を加えなければと家令から見積書を父が受け取っていたような。
「あの、そこは錆び付いてらっしゃるから────」
「は?」
バリンと枠が劣化していたのか、ヒビが入り降って来た。重さに耐えられなかったのか、上から天使ならぬ推しが降って来た。ヒロイン顔負けの。
(ま、まるで空から美しい黒の羽根を持つ天使様が……私の前に…………)
目を見開いて落下する推しを、受け止める自信はある。セルリアーナはカッと目を広げて足を肩幅まで開けて支持基底面を意識する。
(受け止めねば!!!! この身は推しを守る為にある!!!!)
体重を支える面積を指し、支持基底面は広いほど、身体の重心が低いほど安定する原理を利用する。
それ故に多少の衝撃にも耐えられる安定した手法だ。重心がブレずに車椅子移乗や介助の基本とされるものである。
「…………もっと早く、劣化していると言え。そもそも防犯意識が足りないぞ、これだから貴族様は変なところ気が抜けてやがる」
カリュプスが華麗に体を捻って、直撃を免れなかった。頭を打つところだったが、支えてくれたお陰で怪我も両者共に無い。
しかし、セルリアーナに覆い被さる様な体勢でカリュプスはいた。つまり乙女ゲームで良く見られるシュチュエーション、床ドン状態である。
「大丈夫か? 全く、外れるなら最初から伝えろよ」
「ええ、わたくしはだいじょ────」
(うあああああああああああああああああああああああああああああ近いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいしかも合法的床ドンンンンンンンんn)
「重かったか……ん?」
近い。やっぱり良い香りがする。外套がまるで花嫁のベールの様に見えるのも目の錯覚なのかもしれない。
奇声を発しながら、あわあわと慌てふためく。こんな悪役令嬢に素敵な御褒美を与えてくれたラッキースケベ(?)ならぬイベントよ。感謝しかないと歓喜の涙を思わず流した。
「うあああわああ、あ、ああ……あ、あ」
「おい、しっかりしろ、頭打ったのか?」
「カリュプス様の御尊顔が間近に、眺め、られるなんて」
「見飽きているだろうが、こんな案山子と同じ顔なんざ」
ガバ、と起き上がってセルリアーナは双眸をカッと獲物を捉えた眼力でカリュプスを真っ直ぐ見詰めた。逃さないと言わんばかりに両手を取って、彼の言葉を正面から否定した。
「ちーがーいーまーすー!! そのブラックダイアモンドの輝きすら燻む美しさや造形、鼻梁の高さや堀の深さに薄く口付けを引き寄せられる桃色の唇に滑らかな大自然の最上級なる陶器肌!!!!」
「ま、待て────おい、お前…………」
「そして孤高なる精神の頂点を極められた達観された思考や頭脳明晰さが滲む品性! どんなに値が付く高級美術品を凌駕するカリュプス様を至近距離で拝見するなど至高の極みなのです……!!!!」
「は…………?」
オタク独特な早口と捲し立てる口調に、こてんとカリュプスは小首を傾げた。
(か、かわ、かわいいいいい爆裂……これが推しの破壊力…………ッ)
こうしてセルリアーナは至近距離の相貌が破壊力があり、呆気なく気絶した。相変わらず自然の香りがして、もう色々と駄目だった。




