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30 義務的な仕事中でも、推しが側に居るから誇れる





「邸宅に帰って来られて、早速ですが……」


「はいはい、分かってるわ。今晩は泡風呂をお願いね」


「畏まりました、お嬢様」


 王立学院は全寮制である。けれども、侯爵家の一員として責務を果たさなければならない。


 それは魔力供給だ。エスメラルディ家は膨大な魔力を常に生産し、時には体内に留めて置けぬ魔力の放出が上手くいかない場合、魔力過多の症状が出現してしまう。


 魔力はこのゲーム内では財源にもなり、侵略戦争が無い現代では魔力を持って戦うことも少ない。


 国境警備壁に特別な障壁を設置し、魔力を流し込むことで結界の様な役割も、膨大な魔力を資源として利用し循環させることが可能なのだ。


 その為、六柱と呼ばれる魔力供給の手助け、そして循環させる装置の様な物を管理し、人々の生活を支えている。


 故にエネルギー確保をする責務が、エスメラルディ家にあるのだ。


「神出鬼没のカリュプス様でも、流石に侯爵家には来れないわよね……」


 害獣から王都を守る結界とも言える柱が建造されたのは国家秘密となっている。


 秘匿される理由は国民がパニックを起こさぬ為であり、天災からもある程度守れる強度を持ち合わせているのが、魔力の壮大なる本質なのだろう。


(エスメラルディ家は由緒正しい魔力持ちの後継者が必ず産まれる。そして、国をひっくり返すことが可能な魔力量と権力を持ち合わせている……皮肉なことにね)


 魔力は何処から起源として、どうして人間に宿るのか未だ解明されておらず、数々の研究者が息を巻いてこの研究に没頭している。


 魔力数値を測定する機械も存在せぬ、けれども人間に別のエネルギーとして人為を超えた力を使えるのは神の身技なのだろうか。


 謎は深まるばかりで、セルリアーナはふうと呼吸を整えて、柱の前にある玉の前に座った。

 魔力を送り込める特殊な円球で、最初見た時は水晶にも似ていると思った。


(此処に来ると、なんか……不思議なのよね。セルリアーナが抱いていた感情が、鮮明に流れ込んで来る)


 幼い頃のセルリアーナはこの玉に話し掛けては魔力を送ると美しいライトブルーの色を共鳴してか彩ってくれるので、気に入っていた。


 だが、これは侯爵家の義務として座らされていると知ると、嫌な気分にさせた。強制される責務は、唯の重荷になったからだ。


 セルリアーナは常日頃この玉に普段の不平不満をぶつけていた。婚約者の第二王子殿下が心酔する平民風情の女が憎いだの。


 罵詈雑言を並べては、もう殺してやりたいとすら本音を溢すくらい限界だったらしい。


(セルリアーナは普通の、恋をした一人の女性だった。やり方は間違えたかもしれないけれど、彼女を全面的に嫌いになんかなれないわ)


 何故ゲームで語られていない悪役令嬢の心情を手に取るように分かるのかと言えば、転生時に彼女の記憶や感情を全て受け継がれてしまったからだ。


 どんなに努力しても振り向いてもらえず、評価を下げることに躍起になり権力までも行使して全部使い果たそうとまで、追い詰められていた。


 セルリアーナは、最早壊れる一歩手前だったのだ。


(彼女が思い描いた幸せとは少し違うかもしれないけれど、セルリアーナの為にも幸せにならなければ)


 だから器が壊れてしまう前に、別の人間の魂を無理矢理捩じ込んだのだろう。神が気紛れにやったことなんて、全く範疇にないがセルリアーナは幸せになるべき女性だということは間違いない。


 何故ならば、努力を惜しまず好きな人の為に一生懸命切磋琢磨して、向けられる侮蔑や狡猾な大人達の視線の中でも高嶺の花で在り続けた。


 政務を放棄せず、ただ純粋に好きな人に愛されたかった哀れな女性だった。


 セルリアーナが今までやって来た数々の悪逆非道の言動は否定しないが、生きて来た軌跡までは肯定してやらねば報われないだろう。


 セルリアーナが、自分自身の味方でいてやらねば、と。


 王立学院内では、セルリアーナが悪女だの意地悪をされたとマイカの取り巻きである男性生徒達が風潮するが、生憎事実無根である。


 教科書が破られた、ロッカーに生ゴミや泥で汚された、人気が付かぬ倉庫に閉じ込められた等、数々の謀略をさもセルリアーナが仕掛けたと装うが徒労に終わるだろう。


 それもそのはず、セルリアーナには監視が常にいる。カリュプスの存在は、謂わば無実を証明する大きなものだった。


(悪役には悪役の戦い方がまたあるのよ?)


 そして友人達もまた、セルリアーナの目撃情報や時間と場所を正確に書き留めて記録してくれている。互いの無実を晴らすには、確かな時間背景や複数の証言が有効なのだから。


 難癖をつけるレパントリーもそろそろ尽きる頃だろう。


「はあ、夜は底冷えするのよね。上着を持って来るべきだったわ……」


 天井は吹き抜けとなっているのは、風通しを良くする為と、魔力の混雑を防ぐ為に回路を空けておく利点を活用しているからだ。


 ぶるりと身震いをして、セルリアーナは冷たい表面に再度手を(かざ)そうとすると。


 軽くノック音の様な物が聞こえて、上を向くと月の光に照らされた何かがいた。


「え? 嘘ッ?!」


(カリュプス様がどうして此処に?!)


 慌てて、吹き抜けの窓口まで行くと鍵は防犯上固定されており三重ロックがされている為セルリアーナは開けられなかった。


(……なにか、言ってるのかしら?)


 彼は口の動きで、何か言っている。ガラス越しで掌が当てられる。セルリアーナにもそうする様にジェスチャーされて、慌てて手を当てると。


「辛気臭い顔して、拾い食いでもしたか?」


 そう魔力の波紋で伝わってくるのだ。


 今日はもう彼の顔を見れないだろうと思っていたが、まさか本人から会いに来てくれたとは!


 自惚れても良いだろうか。推しが態々家に来てくれたなんて。


 セルリアーナは幸福の味を噛み締めた。






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