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29 推しを語るには愛が重い





「さあ、今夜はゆっくり休むと良い……と言いたいところだが」


「侯爵家の務めを果たす日ですもの、仕方ありませんわ」


「私が今夜は代わろうか?」


「そう言って、数日前もわたくしに内緒で魔力を送り続けたじゃありませんか。幾ら体内に魔力が満ち溢れても、消耗し続ければ枯渇状態にでもなれば命の危険もあるのですよ」


「まだ嫁入り前の大事な愛娘には荷が重すぎるじゃないか!」


「わたくしが八歳の頃から、王命で敷かれた責務ですし。それに、御父様達と共にこの王国のライフラインを支えるパイプ役の一員となれたのも、多くの方々に認められたって思ったら嬉しかったのですよ?」


「流石は私達の自慢の愛娘だ。まあ、文句言う貴族家は片っ端から黙って頂いたけれどね」


 頬をかきながら、悪びれも無く言うのでエスメラルディ侯爵家当主の威厳も凄まじいなと改めて思った。


(足だけ凍らせてシャーベットの様に粒子状にしてやるぞって言いかねないわ……)


 帰りの馬車で、揺られながら数日前までの出来事を振り返る。


 熟自身の利己的な部分を恥じた。ゲームのシステム上、攻略知識が備わったまま負け戦をしていようが、今を生きる人間が目の前にいる。


「御父様、わたくしは正しい行いをしているか、未だに分からないことがあります」


「そうかな? どうしてそう思うんだい?」


「友人の為と振る舞っておいて、己の利を考えたり……。時々自分が、あの異名と同じ人間に成り果てそうで、怖くなるのです」


「大いに迷ったって良いと思うけれど。悩み(もが)き苦しんだ先に見出した答えって、どんな結果でも受け止められるものだから」


 ガタン、と揺れが大きくなる。バランスを崩して手摺りにしがみ付こうとすると、父が長い腕で引き寄せた。懐かしい香りだ。本来のセルリアーナの記憶が喚び起こしてくれる。


 感情がこんがらがって、癇癪を起こそうが泣き咽んでも頭ごなしに叱責せず、まず父は腕の中に招いてくれる。


 温かい抱擁と安心感に満ち溢れて、次第に落ち着きを取り戻して、考えが纏まる。吐露する頃にはすっかり機嫌も治っているのだ。


(守りたいものがどんどん多くなって、それなのに無相応な願いばかり増えて、私ってなんて罪深いのかしら)


 愛している父は、ゲーム内では愛娘を守ろうと王家へ弑逆の大罪の片棒を担ぐこととなる。そうして最悪のシナリオで、エスメラルディ一族は滅亡する一途を辿るのだ。


「欲深い人間になってしまいました。教会で懺悔するにも、心の内に留めるにはあまりにも不適格で」


「それは良いことだよ、無欲な人間よりよっぽど正常だと思うけれど?」


「し、幸せになって欲しいと思うひとが、いるのです」


 堰き止めていた不安を、喉からやっと迫り上げた。掠れた声で、不安感が無意識に父のコートをぎゅっと掴んでしまった。


「何かしてあげたくても、何も出来ません」


 すると、父は髪を優しく撫でてくれた。宥めるように。


 子供の頃と同じように、ずっと変わらずこうして愛情を注いでくれる唯一無二の拠り所は、痛い程強い安堵を実感させられるのだ。


「もう何か君はその人に与えていると思うよ。じゃなきゃ、君の言葉に耳を傾けないだろうし、焦げたクッキー食べないだろうから」


「う…………っ、御父様は何でもお見通しなのね」


「そりゃあ娘のことですからなあ」


「御母様も御存じなのね」


「だってママが先に気付いたんだから。女性はこう言う機微に敏感なのは、本当に吃驚するよ」


「ああああ恥ずかしい…………っ」


「それで、どんな子なんだい? ちょっとだけ教えてくれないか」


「え、えええ…………普段スンッてしているけれど、笑った顔がとっても素敵なの。失敗したクッキーも全部嫌な顔一つせず食べてくれるし、紳士的な振る舞いとか、なんだよそれって言いながらくだらない話題でも無視せず聞いてくれる……」


「そ、その子はもしや…………男性、なの、かい……?」


「え? ええ、そうですわ。わたくしが学院内で、誤解を招いた生徒とのトラブルが起こった時も助けてくれたのよ」


「や、やさし……優しいひとなんだね……?」


「もちろん! もうずっと見ていられるくらい美しくて気高くて、不器用な優しさとかもうギャップが……悔しそうに眉間に皺寄せて不快感を示すお顔だけで味付けなしの蒸かし芋百個は頂けるわ」


「せ、セーナ…………?」


 推しを語るには二十四時間では足りない。永遠にセルリアーナが掻い摘んでカリュプスの情報を避けながら、オタク独特の口調で喋り続けた。


 暫くすると、反応が見られない。いつもだったら、頷いたりしてくれるのにと見上げたら。


「お、御父様…………っ?!!!!!!」


 頭上で泡を口から吹き出して失神しかけている父にギョッとして、セルリアーナは必死で覚醒させようとパニックになりながら両肩を掴んで揺さぶった。





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