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3 メリバエンド回避せねば、推しに会えん。それは死んでも拒否する、オタクの名に賭けて





 表情筋が死んでいるのは、推しが目の前に出て来た瞬間に暴走しない為である。セルリアーナは普段から特訓しているのだ。


 こんな前世は残念オタク喪女が転生して良い器では無いのは頭では分かっていた。

 しかし、セルリアーナの生死も絡んでおり、事態は深刻であるのも事実だ。


「王宮お抱えの、汚れ仕事をさせていると噂される一族」


 それが現・セルリアーナ(中身は別人)の推しである、覆い隠す銃口(カリュプス)だ。


 一瞬しか出て来ない、暗殺や誰もがやりたがらない仕事を請け負うとされるのは、王族が千年以上前に締結した契約の名の元で縛られている。


 名前も年齢や素性も明かさず、社交界には勿論顔を知る者は王族や一握りの人間しかいない。

 何故こんなマイナー情報をオタクが入手し、現侯爵令嬢が胸の内に抱えているかと言うと。


 これは転生前の社畜だった自分の記憶から成り立つ物である。


 作者が自腹で出版した、伝説の限定製作裏側暴露本のお陰だ。勿論オークションで競り落とした。作者は製作会社とトラブルになって、第二版をポシャったと愚痴っていた。原作と製作サイドが決別するのは良くあることだ。


 だから明かされぬ真実を闇に葬るなんて、それはあってはならぬことである。でも良く製作者側が許したな?と思ったけれど、欲しい情報には正当な報酬を支払い、得る。大事。


 前世でまだOLをしていた頃は原作が諸刃の剣ばりに捨て身で対抗しようと、自費出版した限定千部発行。痛恨の再販無し。入手する為に会社のトイレで便秘だからと嘘付いて籠って。


 王族に謀反を働かないように、予め血の契約を施された一族だ。忠誠を生涯誓う代わりに、公爵家の爵位を与えられるくらいである。


 そうして生活費差っ引いた全額注ぎ込んで、得たのだ。愛しの推しの個人情報を合法的に入手出来るなら、安いものである。

 そんな制作秘話や簡単な説明をじっくりと舐めるように画面を見ていた。転生前の自分である。


(ヒロインちゃんが一歩でもメリバエンドやノーマルエンドを迎えたら、間違い無くお目にかかることのない相手……と)


 主人公であるマイカ・チャンベラ(スタンダードネーム)は、ある一定の好感度を得なかった場合はメリーバッドエンド(ゆるさん)、若しくは誰とも結ばれないノーマルエンド(ゆるさん)となる。


 このエンドを迎えた場合は勿論推しは御役御免なので登場しない。髪一本すら。推しと接点の「せ」すら擦りすら無く、エンディングを迎えるのだ。


 いや、駄目だろう。それは。


 推しが存在する異世界転生したのならば、オタクとして推しをこの目に焼き付けなければ死んでも死にきれない。


(ぐううううううそれはいけなくね?? いかんわ、いかん、マジ遺憾である)


 ましてや今では悪役令嬢だ。死ぬ確率が高いので、推しと同じ空気を吸えるのは短いかもしれない。


 そもそも公式ではどの攻略対象者と信頼度を育み恋愛に突入しようと、分岐点はあるものの悪役令嬢セルリアーナへ第二王子殿下が公の場で婚約破棄を言い渡す断罪ルートが組み込まれている。


 そこでどの攻略対象者と親密度が高いか、選択肢によってエンディングが変わるのだ。


 つまりメリーバッドエンドもしくはノーマルエンドさえ選ばせなければ推しと強制的に会えるはずである。


 だが、あわよくば御顔を拝見してから殺されたい。死ぬ運命ならばそんな淡い願望を抱いても罰は当たるまい。

 大体の転生者の小説や漫画で登場する主人公は、紙に書き出したりして整理する傾向があるが。


 この生まれ落ちて三十年、オタクを貫き通した猛者だ。頭の中に欲しい情報は入っている。確実に。


 それに紙に書いて万が一、侍女や敵意を持つ人間に見られたり、他の転生者がいれば尚更不利になる。

 安全に長く推しを見るには、それ相応に基盤を作って、且つ慎重に計画を練らなければならない。


(絶対にこのゲームに参加するのならば、一眼でも目ん玉の中に入れても痛くないし最早ご褒美である彼を見ねば)


 ガッツポーズをまた高々と挙げる。

 そう、私は悪役令嬢セルリアーナ・エスメラルディだ。


 不可能を可能に出来るだけの財力に家柄、能力がこの手にある。

 諦めねば推しと会える、はずだ。どんな手を使ってでも。


 オタクは負けぬ戦いだろうと推しがそこにいれば決して諦めない。強靭なる精神を持ったオタクならば。


「あー攻略対象者の名前なんだったかまず思い出さなければ……怠い作業ね」


 気が付いたことだが、セルリアーナと前世喪女OL遠藤芹の魂は上手く共存し交わっているようだ。神の気紛れなのか、転生者に対する温情なのかは不明だがどちらにせよ好都合である。


 事の顛末が理解出来た状態で、ゲームを何度もやり込んだシナリオを把握しているのは、言い換えればセルリアーナが最悪の結末を回避出来る可能性を保持しているのは強みなのだ。


 セルリアーナを形成する記憶が上手く馴染んでくれたのは、有り難かった。


 大抵は記憶喪失だの魂の結び付きが不安定だとか自力でどうこう出来る範疇外の領域の問題は今のところ無いからだ。


 手足は動くし、不思議とセルリアーナが努力した結晶ともなる氷魔法のスキルも展開出来そうである。器が覚えているのだ。


「試しに……冷たい物でも飲みたい気分だから」


 指先に集中する。一点にキンキンに冷えた角氷を作るイメージをして、具現化させる。

 指の腹が熱くなるのを感じると、パッと光り輝いた。体の真ん中がほんのり温かいから上手く出来たようだ。


「おおお、流石はセルリアーナね、自家発電機ならぬ、製氷機かしら?」


 氷の結晶が指先の上にある。魔力操作も、上手く出来ることが分かったのはアドバンテージも大きい。

 これならば製氷機要らずで、大量生産したらシャーベット状にして、夏場は貴族達に流行しているアイスの派生で販売し収入源は確保出来そうだ。


 エスメラルディ侯爵家が万が一没落したり、グランドル王国から追放された場合でも、生き存える一縷の光が見えた気がした。

 まだ追放や没落は、このゲーム内では可愛いペナルティーレベルで、本当のバッドエンドは死以外無いのだ。


「シャーベットとかは工夫すればいけそうね。まあそれは追々、商標登録して悠々自適に生活出来る地盤作りにでもしましょうか」


 今一番危惧しているのは、エスメラルディ侯爵家が弑虐罪で断頭台に上がることだ。これだけは最低限避けたい。


 両親や兄弟達の親族諸共、王家に背いた弑虐罪で斬首されるのは真っ平だ。ゾッとする。

 スチルではフレームアウトして首がゴロンと転がっているような描写で、悪役は全員処罰されたのだったと綴られていただけで。


 プレイヤー側の頃は楽しくスチルを集め回ってゲームをクリアしていたかもしれないが、当事者として転生すれば話の次元は異なる。


 生きるか死ぬかは、セルリアーナ次第なのだ。


 推しに会えると浮かれていた反面、ドッと別のプレッシャーがのし掛かる。命の重みだ。セルリアーナの一挙一動で、家族全員の命も関わる。


 急に悪役令嬢セルリアーナとして死が間近だと現実味を帯びると、腹の虫は空気が読めずぎゅうと鳴った。


「……空腹には勝てないわね。さて食事を頂こうかしら。腹が減っては戦はできぬと言うし」


 考えていても、結果を覆すには主人公マイカにまず誰かと親密度をあげてもらわねば始まらない。


 邸宅で謹慎ももう直ぐ明ける。登校したらまず一番に確認しなければならない。それまでに体調は万全でいよう。


(これからの行動は慎重になりつつ、推しを探さないと)


 ガツガツと出された食事に手を付ける。まずは体力を付けるべきだ。


「マイカちゃんがまず現状誰とくっつきそうなのも把握しつつ、穏便に婚約破棄とか出来ないかしら?」


 主人公マイカの動向は王宮学院で誰と親密なのか、現状把握しなければならない。

 穏便に婚約破棄をするにも、王家とのガチガチの政略結婚が背後にあるので、何としてでもマイカの有用性やら聖母性を引き出してアピールせねば。


 エスメラルディ侯爵家を突っ撥ねても欲しい要素は光属性持ちで、裏表無い清純で健気な女性像。

 恋愛シュミレーションゲーム派生ならば、様々な男性と仲睦まじくしてようが、補正機能で目を瞑ってくれるだろう。


 普通ならば婚約者のいる男性と腕を組んだり二人きりになるなど以ての外だから。


 主人公だからこそ、許される絶対領域なのである。


 断罪イベント突入後、絶対推しと会えるルートを主人公が選ばなければ悪役令嬢を謳歌するなんて到底難しい。


 嫌われ・当て馬役として用意されたポストは、当たり前だが風当たりは悪く侯爵邸を一歩出れば別世界だ。

 散々、氷魔法を自由自在に操り敵認定した令嬢を成敗してきたセルリアーナの味方は家族以外いないだろう。


 幸いなことに、身内は「このエスメラルディ侯爵家を愚弄した行いをした連中が悪い」の一点張りで、確かに婚約者に纏わり付く令嬢に苛立ちを覚えるのは無理もないが。


 ただ、限度という物があるし、セルリアーナは王国内でも指折りの魔力量とスキルの持ち主である。


 魔法属性は人々に付与されているが、実際はランプを灯すことや、庭の水遣り程度のレベルがスタンダードなゲーム世界観で、セルリアーナは異質。


 つまり、叛逆の疑惑があれば徹底的にエスメラルディ侯爵家は武力行使をされるだろう。


「まずは無害までは難しいから、意識改革を試みて取り巻く環境を変えなければ……」


 仮に穏便な婚約破棄が出来たとしても、取り巻き令嬢達によるイビリ工作や風評悪さで、不利な状況下で裁かれる羽目になる。


 適当に理由を付けて優秀で清純無垢な百年に一人の逸材、光魔法持ちの令嬢への暴行罪。そして名誉毀損から跳躍して、王家を謀略し、国家転覆を目的とした内乱罪まででっち上げられる。悪夢だ。


 その後、王家お抱えの暗躍者によって悪役は断罪されるのが一番最悪なシナリオだった。親族諸共、歴史に悪名を轟かせ刻むので滅茶苦茶である。


(セルリアーナの体になったけれど、国家陥れるなんてホラーな展開誰も望んでないわよ)


(あー推しに会いたい。この不安なんか簡単に吹き飛ぶくらい恋しいわ)




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