28 わたくし、欲深くなってしまいましたのよ
「なんとか、回避出来て良かった…………」
今更震えが止まらないなんて。ぎゅっと己の体を抱き締める。夜風に当たって、バルコニーで頭に冷や水をかけたくなるくらい、早く冷静になりたかった。
もしも知り合いの身内の不幸を目の当たりにしたら、それこそ転生前の知識を駆使して止められたのだろうと呵責の念に苛まれるだろう。
死を招く出来事があれば、尚更知っていて見て見ぬふりをすれば見殺したのと同じだ。
寝台から目が覚める度に思い出すだろう。自身が犯した罪を。
「はは、本当に此処ってフィクションじゃないのね……」
思い描いていた未来ばかりに気を取られて、大事なことが目の前にあるのに蔑ろになっている気がした。
ジャブンと追い焚きを忘れて、冷え切った湯船に片足が浸かった気分だ。
「どうしたんだい? 体が冷えてるじゃないか」
「御父様」
ジャケットを羽織らせてくれるのは父だ。二重人格なのでは、と思うくらいに家族に見せる顔と、外では全く異なる。冷酷でにこりとも笑わぬ氷の侯爵とも呼ばれる異名すら一人歩きをしている。
(セルリアーナが世界中から嫌われ者になっても、家族だけはずっと味方でいたのよね……)
母は因みに普段のふわふわ系な話し方だが、お茶会を牛耳り吹雪を巻き起こすだけの威圧感も持ち合わせる。
怒らせたらバックにいる父が地の果てまで追い掛け氷のモニュメントとして晒し上げにする等、実に敵に回したら面倒な一家だ。
「最近はずっと難しい顔をしたり、でも生き甲斐を見付けたような顔だったり、何かあったのかい?」
「いえ……、そんなことはございませんわ」
「……やっぱり、アルベルノ殿下のことで気を揉んでいるんだろう」
「それは…………」
「パパはね、セーナの幸せが一番だ。もしかして、気になる人がいるのかい?」
「え!? あ、いえ……その」
(カリュプス様の顔がチラついてしまった、推しに申し訳ない)
カアっと頬が熱くなって、思わず扇子で風を扇ぐ。
カリュプスは推しだ。冷遇された幼少期、そして貴族であるが家族としては認められぬ存在。
彼を取り巻く環境は、劣悪だ。王家の忠臣として、凡ゆる災厄や不穏因子を排除する暗躍者である。
(でも、あの時間がかけがえの無い物だと思うと、胸が締め付けられるのよ)
最近はセルリアーナの言動に顔を綻ばせたり、眉を顰めたりと様々な感情を見せてくれるようになった。
もっともっと、彼には世界は広いことを知ってもらいたいのだ。
「いや、もしもね。家の名誉だとか家名に傷付くだなんて大人が考えれば良いことを、気にしてくれていたとしたら、それは問題無いよ。その為に私達がいるのだから」
「……婚約者候補を、バーン侯爵家息女も可能性の一つとして視野にと提言したのは、エスメラルディ侯爵家の一員としては最善策では無かったと思います」
「セーナ……、あの市井出身の女生徒も何か関わっているんだね? 王宮内でもちょっとした話題になっていてね。随分と深い友愛を築き上げているんだろう」
「あの方は、もうわたくしを目に映しません。いえ……ずっと前から、最初からそうだったように」
仕方が無いことです。そう、目を伏せた。事実をどんなに装飾しても所詮は、王家と貴族家の婚姻政策をぶち壊した人間の行いが全て正しい世界である。
(数々のいちゃもんも、全部マイカさん絡みで退屈しない学院生活も若干嫌気が差してるし)
元より、笑い掛けられたことなんか無いし、いつだって嫌悪を帯びた目付きでセルリアーナを侮蔑し、マイカを溺愛している。
本物の愛と運命的な出会いをしてしまって、恋に落ちた二人を引き裂くのは王家としても史上稀に見る逸材「光属性」を見過ごす訳にもいかないのだ。
「ですが、これからもずっと嘘を貼り付けて生きるのは、少し疲れてしまったのです」
「君はずっと、殿下の隣に相応しい淑女になる為に努力を惜しまず、ずっと足を止めなかったね」
「侯爵令嬢として、そして暫定的ではありますが殿下の婚約者候補として当然のことですから……」
「でも休んだって、投げ出したっても良いことを、頭の片隅にでも置いといてほしい」
(ああ、セルリアーナはずっと家名の為にも頑張っていたのだろう)
エスメラルディ侯爵家の繁栄は、王族との婚姻でより確固たる結び付きが出来る。王家は膨大な魔力を誇る由緒正しい血筋を。
反対に、エスメラルディ侯爵家は王族へ嫁ぐ者を輩出した名誉や歴史を刻み、大きな盾を得る。貴族同士の婚姻政策は、こうして互いの利を膨らます為に成立するのだ。
だから、ライバルを増やす行為は愚策である。恩を売っても仇となって返ることは、特に貴族内では頻繁に出現する。
足元を見られれば、掬われて蹴落とされるシビアな世界。
そこにセルリアーナは立っているのだ。




