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26 悪い女が退場するにはまだ早いわよ?





「あら、こんな所にいらっしゃるとは、セルリアーナ様」


「キャサリン様、ごきげんよう」


「此方宜しくて?」


 薔薇の香りがふわりと香る。キャサリンが優雅に扇子を広げて、にこりと小首を傾げた。渋々ノエラが席を立ち上がってスカートの裾を摘み、ぎこちなく挨拶をする。


 ただ傍観を決め込むシュリシュナータは鼻からズレた丸眼鏡を上に挙げただけだった。


「皆様に歓迎されて、嬉しいわあ。ご歓談中に水を差すのは心苦しいのですが……。さて、楽しいお茶会にどうしてお声掛けて下さらなかったのですか、セルリアーナ様」


「王子の心を溶かす、花売りの少女……如何でしたか?」


「あらもうご存知だとは! 流石は私のご友人だわ、セルリアーナ様。とってもロマンティックなお時間を過ごさせて頂きましたの」


「……それは良かったですね、バーン侯爵令嬢。演目内容は高貴なる御方と御観覧されるには、些か……それでしたら『百合の移ろい』は如何かと」


 百合の移ろいはオペラ歌劇団の中では、有名な演目だ。百合の花言葉は純粋、威厳、無垢。

 つまり威厳さは時間を遡ることも出来ず、次世代へ移ろいで行く「王家への不信感」を間接的に描いた作品だった。


 美しく華やかな白の百合とも呼ばれた公爵家の男が叶わぬ恋に落ち、転落していく姿を情熱的で儚さを描いた物だ。


 感嘆すら覚える、息をするのも忘れるくらい、終幕後の喪失感は凄まじいと言う。その熱狂的ファンが多い作品の裏側は正に謎ばかりだった。


(愛の序章とまで謳われる、有名な作品を前に陳腐で子供騙しの夢物語を比較されたら、彼も悲しむわね……)


 脚本や作曲を担当した者は一切表舞台から出ず、噂では時折独特なハーディー語の言い回しを使われることより、ハディス語話者であり、滅亡した小国出身者とも言われている。暗黙の了解だ。


 芸術作品において、生み出す能力や技術は人種を問わず、評価すると世間体は罷り通っているからだ。


(シュシュってば、この手の話題は地雷なのよね。分かるわ、政治とオペラと宗教が絡むならより慎重に発言なさらないと)


 バーン侯爵の現当主が崩落事故で急逝し、幼い弟に家督を譲るには若過ぎる為、親族の叔父が代わりに務めるが建て直しのために遠い辺境地の老年の貴族に嫁がされる羽目になるキャサリン。


 相手の評価を下げた方が手っ取り早いから、その後はセルリアーナが悪女として爆裂していた記憶がある。


「ふふ、お似合いですこと! 結婚パーティーは……あら、王都よりうんと遥か彼方こ遠い地ですこと。流石に次期王子妃の身ですから伺えるませんことを残念に思いますわ」


「愛嬌のあるご令嬢ですから、さぞかしとっても可愛がって下さりますわ! うんと歳の離れた貫禄ある包容力は貴女の凍った心も溶かして下さいますわよ?」


 色々な形で風潮する悪役令嬢筆頭格、セルリアーナが意地悪な顔でスチルを彩っていた。声高々にしてキャサリンを婚約者争奪レースから引き摺り下ろしたのだ。


「ふん、明日から私も王宮で王子妃教育を受けることが決まりましてよ。父と今夜御挨拶に国王陛下へ謁見するのです」


(……ん? ちょっと待って、今夜?)


「商談が長引き、ギリギリのスケジュールになったのは商人の誉なのか……忙しい身ですから父も」


 商談で移動中の事故が起きるのは薄々気付いていたが、キャサリンに問い詰めるとペルシャ領を通過すると言うのだ。

 バーン侯爵家の商人達は大事な商談と荷物の搬入中、崖の崩落に巻き込まれ多くの死傷者と損害を被るのだ。


 もしかしたら第二言語のハディス語で懸命に止めたが、彼等は半信半疑で通過してしまった悲劇が起こったのかもしれない。


 ガタンと血相を変えたセルリアーナは立ち上がった。


「い、今直ぐ早馬を出して下さい! 伝令じゃ間に合いません!!」


「ど、どうかなさいましたか? セルリアーナ様、あのこれは……一体何事で?」


「ノエラ様!! 今季のペルシャ領で増水傾向にあったと報告が挙がってらしたのですよね?!」


「あ、ああ……そうです。な、まさか?! 今日は特に駄目なんだ! 先日の豪雨で川が増水してるわ、一昨日から小岩が上から転がっていて何時崩落してもおかしくない状況だから!!」


(察しが良くて話が早いわ。一刻も早く救助要請しなければ!!)


 天候が変わりやすいペルシャ領は、最悪なことに現在出水期と言って川が増水しやすい季節に当たる。その為、土砂災害を引き起こす可能性が高くなるのだ。


 つまり懸念していた崖崩れが起こるのは、最早時間の問題であろう。


「そんなことくらいではバーン侯爵家は、大事な商談を────」


「キャサリン様、わたくしからも」


「────え?」


「人命がかかっております。突然のことで、信憑性も何もかも不透明だと思うのは分かります。けれど、勘違いでしたらその時は謝罪致しますから、救助要請をお出し下さい」


 狼狽するキャサリンに再度真剣な眼差しで訴え掛ける。彼女は真摯に向き合ってくれるはずだ。身内の安否を左右する危険な状況が差し迫っているならば。


「天候は晴れの予報だったのに、そんな……、貴女が嘘を吐いている様には思えませんから……」


 しどろもどろして、思わずキャサリンはテーブルに手を付いた。ショックのあまりなのか、軽い眩暈で倒れそうだ。


 すると、ノエラがキャサリンを力強く抱き留めた。険悪な両者なのに、今は人命が優先すべきだからだろうか。


 いや、ノエラは正義感に溢れた強い貴族令嬢だ。損得勘定では無い。


 彼女を次期家督に認めてやれば良いのにと、セルリアーナは心の内で呟く。こんなにも他者の為に動ける、洗練された清い魂を持つ彼女が納める領土の発展をこの目で見てみたい。


(それが叶うならば……。いずれにしても私が死ななければ、だけれど……)


 女性が男性を差し置いて前に立つのを好まないのは承知の上だが、こう言った勇猛果敢でカリスマ性を持つ女性が社会進出をしても良いと思うのだ。


「今からなら間に合う、早退するって言っておいて! あたしが馬を引いた方が早い!」


 ジャケットを脱いで、侍女へテキパキと指示を出して害獣駆除や騎士候補生が使う馬を一頭連れて来ると、飛び乗った。紳士顔負けなくらい、それは華麗な乗馬技術だ。


 セルリアーナは身元を証明出来る物や常備していたポーションを慌ててノエラに渡し、念の為エスメラルディ侯爵家からも応援を寄越すことを伝える。


 颯爽と手綱を握り締めたノエラは心配するなって! と笑って見せた。


「そ、それが本当ならば……御父様は」


「大丈夫、絶対間に合うからあんたは伝者を送ってくれ」


「ペルシャ侯爵令嬢!」


「お気を付けて」


「ペルシャ侯爵家の女は頑丈と早さが取り柄なのよ!」


 ノエラの周囲に数人の護衛が早々に到着したのか、少人数で行ってしまった。制服のスカートをものともせずに、馬へ跨った彼女は騎士道精神すら感じ取れる。


(やっぱりノエラは素敵な貴族令嬢ね。彼女が望むならば、私は貴女の後ろ盾にだってなるわ。だから無事に皆んな帰って来て……)






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